三菱総合研究所はグループ企業とともに、シンクタンク・コンサルティングサービスとITサービスをワンストップで提供する大手です。同社では2016年から「MRI読書会」を継続的に開催しているといいます。読書会の運営に携わってきた同社ビジネスコンサルティング本部の山越理央さん、金融BAコンサルティング本部の山田晋弘さんに話を聞きました。後編は、読書会で取り上げて特に印象に残っている本を5冊紹介します。
何のためにパーパスやビジョンを策定するのか
日経BOOKプラス編集部(以下、──) 前回は「MRI読書会」が誕生した経緯や運営方法について聞きました。今回は読書会で実際に取り上げた本のうち、特に印象に残っているものについて教えてください。
三菱総合研究所 ビジネスコンサルティング本部 山越理央さん(以下、山越) 1冊目は前回も触れた『 パーパス経営 30年先の視点から現在を捉える 』(名和高司著/東洋経済新報社)です。こちらは2021年に出版された本で、前年のダボス会議ではセールスフォース・ドットコムのマーク・ベニオフCEO(最高経営責任者)が「我々の知っている資本主義は死んだ」と発言して話題になった時期でした。
我々もコンサルティング部門で企業のビジョン策定の支援をしていると、「そもそもなぜビジョンをつくるんだろう」「最近はビジョンだけでなく、パーパスも重要なのでは?」と議論になることがあり、この分野に関する問題意識を持っていました。そこで一度、パーパス経営について学ぼうということで、こちらの本を選びました。
パーパス経営に関する本はたくさんありますが、こちらの本を選んだ理由は?
山越 一番の理由は体系的にまとまっているからです。先のダボス会議の発言があり、パーパス経営に関するハウツー本がいろいろと出ていましたが、本書は歴史的な流れを踏まえ、パーパスを日本企業が昔から大切にしてきた「志」と定義して、非常に深く考察されています。MRI読書会の書籍を選定する際には、「本質を押さえた内容であるか」を重視していましたね。
経済産業省と特許庁は、2018年に「ブランディングやイノベーションに資する『デザインの力』を企業経営の中心に据えて、企業の競争力や共創力の向上を図る」として「『デザイン経営』宣言」を発表しました。当社はデザイン経営宣言前の政策形成を支援していましたが、この「ブランディング」や「イノベーション」の起点であり、方向性を指し示すものが「パーパス」であり「ビジョン」です。読書会でのインプットは、デザイン経営のアップデートにも生かせる知となっていると感じています。
三菱総合研究所 ビジネスコンサルティング本部 経営戦略コンサルティンググループ 特命リーダー 兼 DESIGN×CREATIVE TEAM リーダー
三菱総合研究所 金融BAコンサルティング本部 ビジネスアナリティクス・ITコンサルティンググループ
読書会が仕事にも生きたのですね。次に、2冊目の本を教えてください。
三菱総合研究所 金融BAコンサルティング本部 山田晋弘さん(以下、山田) 『 沈黙の春 』(レイチェル・カーソン著/青樹簗一訳/新潮文庫)です。こちらは3年ほど前の読書会で取り上げました。時期としてはESG(環境・社会・企業統治)投資が話題になっていた頃で、社内でもエネルギー、サステナビリティーといった社会課題に関わる人が増えていました。この本の原著は1962年の刊行ですが、化学物質による公害を追及した先駆的な内容で、ベストセラーとなりました。環境問題を考えるときに必ず出てくる、いわば古典なので、「原点に返って読んでみよう」と。
60年以上前の本ですが、今、どのようなことが学べるのでしょうか。
山田 そうですね。今読んでも古くはないですし、「環境問題の知識」と「環境問題に取り組む姿勢」という2つの学びがありました。
この本が書かれた当時は、インターネットの情報がなく、気になった社会課題に対して、現地に足を運び、自分の目で見て、起きていることを事実として捉えた上で、抽象化していく必要があったと思います。本当に何か問題を解決するときには、それぐらい腰を据えて取り組まなくてはいけない。だからこそ、「春になっても鳥の鳴き声が聞こえない」という違和感を読者が実感でき、問題意識が広まったのだと思います。
三菱総研も古くからある問題から最近発生した問題まで幅広く社会課題を取り扱っているので、人づてに話を聞くだけではなく、自分自身で現場に行って情報収集をして、解決方法を模索していく姿勢は参考になりました。
演歌は「日本の心」なのか
3冊目は何でしょうか。
山田 『 創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 』(輪島裕介著/光文社新書)です。こちらの本では「演歌」にスポットを当てています。
演歌というと、伝統芸能のように日本に古くからあるものと思いがちですが、実は現在の意味での演歌が成立したのは1960年代後半と比較的最近です。言葉としての「演歌」は1880年代後半に現れた古いものですが、明治・大正期の演歌は一種の語り芸で、今の演歌とは別物でした。明治時代に風刺的なものとして現れ、昭和の初期に衰退しています。それほど歴史がないにもかかわらず、「日本の心」を象徴するものとして捉えられている、というのが意外でした。
この本はビジネス書ではありませんが、なぜこのような分野の本を読書会で取り上げたのでしょうか。
きっかけは、この本を読書会のメンバーが推薦してくれたことです。その説明が面白かったので取り上げました。
コンサルティングの場で、書面で何かを伝えるときに文章に余計な要素を入れると趣旨がぼやけてしまいますが、対面のコンサルティングでは、身ぶり、手ぶり、アイコンタクトといった、直感的な意思疎通の要素も大事です。そうした感性を育むには、非ビジネスの文芸的な部分が参考になるので、読書会ではこうした作品も取り上げています。
続いて4冊目を教えてください。
山田 『 ジェネシス・マシン 合成生物学が開く人類第2の創世記 』(エイミー・ウェブ、アンドリュー・ヘッセル著/関谷冬華訳/日経ナショナル ジオグラフィック)です。この本はキャリア採用で三菱総研に入社した人が紹介してくれました。学生時代から生物学を専攻し、食品加工に携わっていたそうです。
合成生物学は、コンピューター上でDNA配列をプログラミングし、さまざまな新しい機能を持った生物を生み出すことができる技術です。この本では、「合成生物学によって生まれながらに優秀な人間をつくれる」という、技術的には可能であろうけれども、道義的な観点で意見が分かれるテーマについて、問題提起をしています。
合成生物学にはメリット、デメリットの両面があります。生まれながらに優秀な人間がつくれるようになると、格差が拡大して社会の分断が進むのではないか。不老不死の人間が誕生したら、社会構造はどのように変わるのか。こうした問題を考えると、合成生物学の進化を手放しで喜んでいいものではないでしょう。
読書会で知見が広がる
では、5冊目の本を紹介してください。
山田 『 サブスク会計学 持続的な成長への理論と実践 』(藤原大豊、青木章通著/中央経済社)です。この本の著者の1人、藤原大豊さんは三菱総研の社員で、「趣味が仕事」と公言している人です。専門は経済学や会計学で、専修大学の講師も務めています。ふだん学生に教えているだけあって、小難しい話を分かりやすく、面白く伝えるのが上手な人です。
そんな藤原さんが、新型コロナウイルス禍以降、NetflixやAmazon Primeといったサブスクリプション・サービスが普及した状況を受けて、どうやってそれらのサービスがマネタイズしているのか、会計の視点から掘り下げています。これからサブスクに参入したい企業にとっては、目標とすべき指標なども分かるので役に立つ内容です。
読書会のメンバーでは、サブスクは若手ほど使っていて、関心が高いテーマなので結構、人が集まりました。そこで藤原さんがLTV(顧客生涯価値)、MRR(月次経常収益)、ARR(年間経常収益)といった専門用語をかみ砕いて説明してくれたので、とても好評でした。ちなみに、会計士が読む会計の専門誌でも「分かりやすくまとめられている本」と高く評価されています。藤原さんの人となりも感じられ、取り上げてよかった1冊です。
最後に、改めて読書会の効果について教えてください。
山田 読書会では、今まで知らなかった分野に触れ、他部署の人とも交流でき、知見が広がります。自分自身も発信することによって、単純に本を読むだけではなく、理解が深まります。自分の付加価値も高まると感じています。
山越 ビジネス書でも小説でも、そのとき自分の頭の中にある仕事や課題と結び付けながら読みますよね。そこで得た気づきや学びで人生全体が豊かになっていると感じます。
さらに読書会に参加することによって、自分だけの見方ではなく、いろんなメンバーの「こういう解釈もできるよね」という意見を聞くことができ、1冊の本に対する見方が広がるのもいいですね。「この人はこんなことに関心があるんだ」と知れるのも楽しいものです。
取材・文/三浦香代子





