マーサーは1945年に設立された、世界130カ国で組織改革や人事制度構築、資産運用などに関するコンサルティングを行っている大手コンサルティングファームです。同社でコンサルティングを担当している諸橋峰雄さん、河本裕也さんと、マーケティングを担当しているヘレラ純代さんにお薦めの本を聞きました。前編では、マーサーの特徴や求める人材像に加えて、諸橋さんが推す3冊を紹介します。

組織・人事に強いコンサル会社

日経BOOKプラス編集部(以下、──) マーサーは世界中で組織改革や人事制度構築などに関するコンサルティングを行っていますね。まずは、みなさんの担当業務の内容を教えていただけますか。

マーサー ジャパン シニアプリンシパル 諸橋峰雄さん(以下、諸橋) 私は組織変革エクセレンスユニットを統括しています。こちらはM&A(合併・買収)、組織開発、人事機能変革・デジタル戦略、人材戦略・アナリティクスという、4つの専門機能を持ったチームを集めたユニットです。私はユニットのマネジメントだけではなく、コンサルティング、新しいソリューションの開発にも携わっています。

マーサー ジャパン プリンシパル 河本裕也さん(以下、河本) 私は役員報酬・コーポレートガバナンス領域のプラクティスリーダーを務めています。私のチームでは主に、役員報酬、役員指名、コーポレートガバナンスという3つの領域でコンサルティングを行っています。

マーシュ(旧マーシュ・マクレナン)ジャパン マーケティング&コミュニケーションズリーダー ヘレラ純代さん(以下、ヘレラ) 私はマーケティングと広報のリーダーをしています。以前はマーサーのマーケティングを担当していましたが、数年前からマーサーとマーシュを合わせたグループ全体のマーケティングと広報を担当しています。傘下に4つの事業体を持つ当グループは、2026年1月からブランド名を「マーシュ」に統一しました。

左から諸橋峰雄さん、ヘレラ純代さん、河本裕也さん
左から諸橋峰雄さん、ヘレラ純代さん、河本裕也さん
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諸橋峰雄(もろはし・みねお)
マーサー ジャパン シニアプリンシパル、組織変革エクセレンスユニット統括
コンピュータサイエンス領域での研究者からキャリアをスタート。戦略系・企業再生系コンサルティング会社などを経験後、組織人事領域に転身。組織変革コンサルティング会社の共同創業者兼パートナー、HR TechスタートアップCOO(最高執行責任者)を歴任後、Google日本法人の新規営業チームマネジメントに従事。2023年から現職。ビジネス・ブレークスルー大学経営学部客員教授。慶應義塾大学博士(工学)。
河本裕也(かわもと・ゆうや)
マーサー ジャパン プリンシパル、役員報酬・コーポレートガバナンスプラクティスリーダー
東京大学教育学部卒業。リクルート、コーン・フェリー・ヘイグループを経て現職。リクルートでは、人事部にて新卒採用を担当。その後、コーン・フェリー・ヘイグループとマーサーにて、幅広い業界に対し、役員報酬、役員指名、コーポレートガバナンス、組織設計、グローバル人事制度構築、タレントマネジメントなど多数のコンサルティングプロジェクトを実施。マーサーではプラクティスリーダーとして、指名・報酬委員会アドバイザリーを中心に活動。
ヘレラ純代(へれら・すみよ)
マーシュ ジャパン マーケティング&コミュニケーションズリーダー
外資系航空会社のマーケティングリーダー、同子会社社長、デジタルセールスリーダーなどを経験後、2018年にマーサー ジャパンに入社。現在、マーシュ ジャパングループで、人材、インベストメント、リスクマネジメント分野のマーケティングと広報を統括。ICF(国際コーチング連盟)アソシエイトコーチ、Gallup CliftonStrengths認定コーチの資格を持つ。

グループ全体ではどのような人材を必要としていますか。

ヘレラ 3人とも立場が異なるのでそれぞれ答えが違うかもしれませんが、私が自分のチームに採用したいのは“Go the extra mile”の姿勢がある人。つまり、仕事の少し先を見据えて期待される以上のものを目指して自発的に動ける人ですね。きちんと自分の意見が言えて、高い目標にチャレンジしようという意気込みのある人がチームに欲しいです。やはり、いいリーダーを育てることは組織にとって重要で、会社の成長にもつながります。

諸橋 私たちがコンサルティングサービスを提供する領域は、組織作りや人事制度で、人事部や経営層などの方が相手です。ロジックで伝える地頭の良さは当然必要ですが、同じ言葉を伝えるにしても伝え方や表現、立ち居振る舞い、共感力も重要です。突き詰めると「人間力」になると思います。

河本 マーサーの仕事は、人と組織というテーマの特性上、極めて文脈依存的であり唯一の絶対解を出せることがなかなかありません。数学のように「これが正解」「この数字しかない」とオプティマル(最適)な解が出ることは稀です。一方、ランダム(適当)な解では、経営者や従業員が納得しない。オプティマルでもランダムでもない解といえばヒューリスティック(完全に正しいとは限らないが、ある程度正解に近い)な解ということになりますが、それをお客様と対話しながら腹落ちする形にするセンスメイキング(意味づけ)が大事です。それをやりたい人と一緒に仕事をしたいですね。

諸橋 マーサーの特長はいわば「伴走するコンサルタント」。すぐに答えを出すのではなく、お客様の横にいて議論しながら、徐々に解決に向かっていくのが得意な集団です。

河本 他のコンサルティング会社からマーサーに来た人からは、よく「マーサーってすごく穏やかですね」と言われます。

諸橋 草食系コンサルですね(笑)。

「スキル習得に1万時間」よりも知識の幅

では、みなさんのお薦めの本について教えてください。

諸橋 では、私から紹介します。まずは『 RANGE(レンジ) 知識の「幅」が最強の武器になる 』(デイビッド・エプスタイン著/東方雅美訳/日経BP)。この本はサブタイトルにあるように、知識の幅(レンジ)について書かれています。これまで専門性やスキルを身に付けようとすると「1万時間の勉強が必要」「早いうちから特定分野でコツコツと努力を重ね、エキスパートになっていく」というキャリアの考え方が主流だったように思います。しかし、この本ではさまざまな経験をして、知識の幅を身に付けようと説いています。実はこの考え方は僕自身の20代からの生き方にかなり近く、共感を覚えました。

『RANGE(レンジ) 知識の「幅」が最強の武器になる』(デイビッド・エプスタイン著)。画像クリックでAmazonページへ
『RANGE(レンジ) 知識の「幅」が最強の武器になる』(デイビッド・エプスタイン著)。画像クリックでAmazonページへ

 本書にはタイガー・ウッズとロジャー・フェデラーがどのようにして一流プレーヤーになったのかという例が出てきます。ウッズは幼少期からずっとゴルフを練習し続けて、プロになりました。それに対してフェデラーは約10種類のスポーツをして、最終的にテニスに専念し始めたのは10代半ば。おそらく多くの人にとってウッズのようなキャリアの築き方は難しく、いろんなことを経験する中からできることを見つけていくほうが現実的ですよね。

 そのためには「サンプリング期間」が大事です。例えば、日本の中学生が部活に入ると3年間ずっと、長い人では高校、大学と10年ぐらい1つの競技を続けますよね。しかし、あれこれ試してみたほうが実は最終的なインパクトは大きくなるそうです。

 そして、「適合の質」も重要です。よくグリット(やり抜く力)が大事だと言われますが、グリットがある人は必ずしも1つのことをやり続けるわけではないと。合わないと思ったらスッと方向転換をして、次のことをやる。この本ではゴッホがさまざまな仕事を経験したあと、30代になってから画家として活動し始めた例が書かれています。

 私も自分を振り返ってみると、楽器演奏やスポーツを10種類以上、経験してきました。いろいろと試すうちに「これは自分に向いているな」と分かりますし、仕事でもピボットしながら自分の適性を見つけてきたように思います。

「楽器演奏やスポーツを10種類以上、経験してきました」と話す諸橋さん
「楽器演奏やスポーツを10種類以上、経験してきました」と話す諸橋さん
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「メンタルフレキシビリティ」が重要

仕事ではどのようなキャリアを築いてきたのですか。

諸橋 20代から9社ぐらい経験しています。コンピュータサイエンス領域の研究者からスタートし、30代で戦略系のコンサルタント、40代で事業会社のマネジメントをやり、今に至ります。2年半前まではGoogleにいて、そのときの経験を書いたのが『 Googleで学んだ 圧倒的成果を出し続けるマネジャーの最優先事項 』(中谷公三、諸橋峰雄、水野ジュンイチロ著/ディスカヴァー・トゥエンティワン)です。

『Googleで学んだ 圧倒的成果を出し続けるマネジャーの最優先事項』(中谷公三、諸橋峰雄、水野ジュンイチロ著)。画像クリックでAmazonページへ
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 Googleでは、検索やYouTubeなどのGoogle広告の新規営業チームにおり、日本国内と一時、韓国地域を統括していました。Googleに入社した理由の1つは、「外から見るとすごい会社を実際に中で体験したい」と思ったからです。入社してから5年程度スキルを吸収して、それを何らかの形で社会に還元したいと考えていたので、この本を出せて良かったです。

 Googleのマネジャーは深い専門性というよりは、さまざまな知識やスキルを総合格闘技的に使う能力が求められて、まさに「レンジ」だと感じました。ただ、僕はレンジを大変重要だと思うのですが、広いけど浅くなってしまう課題があります。当然、それぞれの知識は専門家には及びません。さまざまな人とどう対話するかを考えたときに役立ったのが『 THINK AGAIN 発想を変える、思い込みを手放す 』(アダム・グラント著/楠木建監訳/三笠書房)でした。

『THINK AGAIN 発想を変える、思い込みを手放す』(アダム・グラント著)。画像クリックでAmazonページへ
『THINK AGAIN 発想を変える、思い込みを手放す』(アダム・グラント著)。画像クリックでAmazonページへ

 この本では凝り固まった考えを「オールドシンキング」と呼び、「メンタルフレキシビリティ(思考柔軟性)」が大事だと書かれています。

 今の社会は情報が爆発的に増え、AI(人工知能)などのテクノロジーが進化し、政治情勢も大きく変わっていく中で、これまでの知識や考え方が通用しなくなってきています。考え方をアップデートする際には「科学者モード」が必要で、自分の知っていることを疑い、知らないことを深掘りする。いろんな人と議論をしながら、誤っていたらきちんと修正し、さまざまな意見を取り入れるべきだと書かれています。

 キャリアに対しても「○○になりたい」という固定観念にとらわれず、「何をしたいか」という価値観を大事にすべきだとアドバイスしています。「THINK AGAIN」するにはどう考えるべきか、さまざまな面から言語化されている一冊です。

文/三浦香代子 写真/品田裕美

「超専門化」よりも、知識の「幅(レンジ)」のある人が成功する

世の中の大半の領域は、状況が刻一刻と変わり予測不能な出来事が起きる「不親切な学習環境」にある。そこでは、「超専門化」した人よりも、多くの分野に精通し知識と経験の「幅(レンジ)」のある人のほうが成功しやすい。最新研究で読み解く不確実性の高い現代で成功する方法。

デイビッド・エプスタイン著/東方雅美訳/日経BP/2090円(税込み)