インドネシアで巨大通販サイトを運営するトコペディア。登録店舗数は600万で、インドネシアのアマゾン、アリババといわれる。トコペディアにはソフトバンクグループが出資し、創業者のウィリアム・タヌウィジャヤは漫画「ワンピース」を愛読するなど日本との縁も深い会社だ。その成長の軌跡と実力を、日経プレミアシリーズ『
東南アジア スタートアップ大躍進の秘密
』から抜粋・再構成して解説する。
(注)敬称略。為替レートは2022年2月末時点。
「負け犬」が巨大ネット通販に
連載 第2回 では、インドネシアのゴジェックが巨大スタートアップになる軌跡を創業者、ナディム・マカリムの発言などとともに見てきた。ナディムは日本経済新聞のインタビューで「負け犬」からスタートしたと話したが、インドネシアにはもう1人、「負け犬」からの挑戦で成功をつかんだ男がいる。
ネット通販大手、トコペディアの創業者兼CEOのウィリアム・タヌウィジャヤだ。時は2009年。インドネシアでインターネットを使う人がまだほとんどいなかった時代に、トコペディアはジャカルタで静かにその産声を上げた。
「トコペディア(Tokopedia)」――インドネシア語で店舗を意味する「Toko(トコ)」に事典を意味する「Pedia(ペディア)」を付けた――は、いわば、ネットを使ったインドネシアの店舗の百科事典だ。どこに住んでいようと、モノを自由に売り買いできる。ネットでたくさん店を集めて、そんな「当たり前」をネットで実現するためのサービスを彼は考え出した。インドネシア版のアマゾン・ドット・コム、アリババ集団と言える会社だ。
トコペディアに登録する店の数はなんと600万に達する。日本でアマゾンに出店する中小規模の事業者の40倍近い数字だ。ジャカルタやスラバヤ、メダンなどの大都市だけでなく、ティア2、3と呼ばれるような中小規模の都市にも事業者は広がっている。
「ワンピース」のようにこぎ出す
トコペディアは10年超の歴史の中で、比較的初期から日本との関係が深い会社だった。ソフトバンクグループとの関係は後述するが、2011年にサイバーエージェント系のベンチャーキャピタル(VC)から資金を調達し、2012年にはネットプライスドットコム(現BEENOS)からも出資を受けた。
企業文化の面でも日本の影響を受けた会社だ。創業者のウィリアム・タヌウィジャヤは日本の漫画が好きで、「ワンピース」(集英社)のインドネシア語版を愛読していた。トコペディアの従業員を「Nakama(仲間)」と呼ぶのはワンピースの影響だ。ウィリアムは、「トコペディアは(主人公の)ルフィから学んでいて、ワンピースが哲学になっている」と断言する。
2009年に会社を立ち上げたとき、資金だけでなく、人材の確保でも苦労した。インドネシアで労働人口の1割程度しかいない大卒の人材は、外資系企業や財閥など大手企業に進みたがり、立ち上がったばかりのネット通販会社など見向きもされなかった。ある大学生向けの求人説明会ではウィリアム自らがブースに立ったが、1人の応募もなかったという。
そのときにふと「ワンピース」を思い出したという。「ルフィが海賊王になりたいと言ったら、村の全員が笑った。でも、彼は小さなボートでこぎ出した。そう、トコペディアもワンピースの海賊のようなものなのだ」。2009年にたった1人でこぎ出した会社は、10年後には3000人を超えるナカマを集める大企業に成長した。現在ではジャカルタ中心部の48階建ての高層ビルを「トコぺディア・タワー」と改称し、より多くのナカマをひきつけている。
ちなみに、ウィリアムの密かな夢は、ワンピースの作者、尾田栄一郎と会うことだ。「私の人生を変えた漫画をどう作り上げたのか聞いてみたい」。東南アジアの、いや、世界の有力スタートアップを作り上げた彼の夢がかなう日もそう遠くはないのではないだろうか。
孫正義から出資を取り付ける
日本との関係が浅くないトコペディアだが、2014年10月、ウィリアムはソフトバンクグループの総帥、孫正義に東京で直接会い、出資を取り付けた。
このソフトバンクの出資には伏線があった。2013年にウィリアムは、中国アリババ集団を創業したジャック・マーらと孫に面会し、事業について説明する機会を得た。短時間の面会で彼は、トコぺディアの具体的な事業の説明ではなく、インターネットを使って実現したい夢、インターネットが自分にくれたチャンスについて語った。
ソフトバンクから出資を受けるメリットは資金面だけではない。ソフトバンクを通じて、ジャック・マーら世界の有力スタートアップ経営者の知己を得た。その後、アリババもトコペディアに出資する。
ウィリアムは孫に心酔し、新型コロナウイルスの感染拡大で、インドネシアと日本との渡航が難しくなる前までは、頻繁に孫正義を訪ねた。彼は、「孫さん(彼は「さん」付けでこう呼ぶ)は本当のビジョナリーだ」と称揚する。そして、孫の経営哲学も受け継いで、トコペディアは成長に向けて再始動した。
徹底したオープン戦略
ネット通販というサービスは、他社との差別化が難しい業種でもある。そんな中でトコペディアが急成長できた要因を考えてみたい。
同社がとった特徴的な戦略は徹底したオープン戦略だ。例えば、決済サービスではクレジットカードや銀行送金、電子マネー、現金着払いなど、豊富なオプションを用意した。インドネシアのような国では、クレジットカードや銀行口座を持っていない人も多く、各種電子マネーや現金での支払いをできるようにして、利用者の裾野を広げた。
配送も同様だ。少し高めだが、ゴジェックやグラブを活用した即日配送に加えて、宅配業者を使った通常配送、速達など、複数の選択肢を用意した。
品ぞろえの面では、業者のプラットフォーム利用に対して原則無料とすることで、多くの業者に出品を促した。そうすることで、ありとあらゆる商品がトコペディアのプラットフォーム上に集まり、インドネシアのネット通販の世界で他社に先行した。そして、類似の商品が多く集まれば、そこに競争が生まれ、価格も抑えられる。消費者から見れば、トコペディアで買い物をした方が得だというイメージがついた。
消費者の支持を集めて多くの利用者が集まるようになると、今度はトコペディアで独占販売する商品を用意し、利用を伸ばす。例えば、中国製のスマートフォン「OPPO」は一時期、トコペディアでの先行販売や限定販売を行っていた。
ゴジェックとの合併、GoToの誕生
2021年5月、ゴジェックとトコペディアは経営統合を発表した。ゴジェック(Gojek)とトコペディア(Tokopedia)から冒頭の2文字ずつをとった「GoTo(ゴートゥー)グループ」という持ち株会社の下に、事業会社としてのゴジェックとトコペディア、それに金融サービス部門GoToフィナンシャルがぶら下がる形だ。非上場企業の企業評価額でインドネシア1位だったゴジェックと、同2位だったトコペディアが合併し、インドネシアに巨大IT企業が誕生した。
発表では、新会社の企業評価額は180億ドル(約2兆700億円)で、インドネシアで過去最大規模の企業統合になる。2020年の総取引額は約220億ドル(約2兆5300億円)に達した。これはインドネシアの国内総生産(GDP)の約2%に相当する。
時価総額3兆円で株式上場
GoToは2022年3月15日、インドネシア証券取引所に上場すると発表した。新株を発行し、同社株式の4.35%を公開する。売り出し価格は1株当たり316~346ルピア。調達金額は最大18兆ルピア(約1440億円)となり、時価総額は約3兆円となる。
最終的に売り出し価格は1株当たり338ルピアに設定され、4月11日、インドネシア証券取引所で取引が始まった。取引初日は一時、売り出し価格より21%高い1株412ルピアまで値を上げ、終値は13%高い382ルピアだった。
3月15日に公開された目論見書によると、GoToの2020年の連結売上高は8兆4159億ルピア(約670億円)、包括損失は16兆6216億ルピア(約1330億円)だった。一足先に上場した同業のグラブの業績開示などから類推して業界関係者が大方予想していた通りではあるが、売上高の2倍近い赤字が出ている厳しい状況が明らかになった。この数字を見れば、ゴジェックが2019年に不採算と見られた事業の縮小に動いた(連載 第2回 参照)のもうなずける。
起業から10年超で名実ともにインドネシア最大級の価値を持つ企業に成長したGoTo。目先の利益よりも成長を重視した経営を続けてきたが、今後は上場企業として、四半期ごとに業績を開示する義務が生じる。成長と収益化とのバランスをいかに取るか、その答えはまだ見えていない。GoToにとって上場は1つの通過点に過ぎず、彼らの航海はまだ始まったばかりだ。
『 東南アジア スタートアップ大躍進の秘密 』
東南アジアで有望なスタートアップが続々誕生している。特にグラブ、シー、GoTo(ゴジェックとトコペディアが統合)の3強は巨大で、世界中の大企業やファンドが出資や提携を求めて殺到。現地駐在経験が豊富な日経新聞記者が、大躍進の秘密を解き明かす。
中野貴司、鈴木淳著/日本経済新聞出版/990円(税込み)