東南アジア各国でオンラインゲームや通販サイト、金融事業を展開するシー。創業からわずか10年余りで、一時は時価総額が23兆円に達した。競争相手の多い分野で急成長を遂げた要因は何なのか? 大ヒットゲーム「フリーファイア」を生み出した秘訣や通販サイト「ショッピー」が成功した背景を、日経プレミアシリーズ『 東南アジア スタートアップ大躍進の秘密 』から抜粋・再構成してお届けする。
(注)敬称略。為替レートは2022年2月末時点。

時価総額23兆円の「アジアン・ドリーム」

 今回取り上げるシーは、米中の巨大企業になぞらえて、「東南アジアのアマゾン」とも「東南アジアの騰訊控股(テンセント)」とも呼ばれる急成長企業だ。

 シーの源流は租税回避地(タックスヘイブン)として知られるケイマン諸島に2009年5月8日に設立されたガレナ・インタラクティブ・ホールディングという持ち株会社だ。現会長兼グループ最高経営責任者(CEO)のフォレスト・リーらが創業し、本社をシンガポールに置く。創業から8年後の2017年4月に東南アジア(Southeast Asia)にちなんでSea(シー)に社名を変更。その半年後の同年10月にニューヨーク証券取引所に上場し、2021年10月には時価総額が一時、2000億ドル(約23兆円)にまで膨れ上がった。

 今や進出地域は現社名の由来となった東南アジアだけでなく、中南米、欧州にまで広がる。中国で生まれ、米国の著名大学院で経営学修士号(MBA)を取得し、今はシンガポール国籍を取得するフォレスト・リーは、アメリカン・ドリームならぬ「アジアン・ドリーム」を体現した存在で、その人生とシーの成長はアジア経済のダイナミズムを象徴する。

シーの創業者、フォレスト・リー(写真:筆者撮影)
シーの創業者、フォレスト・リー(写真:筆者撮影)
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なぜ事業を拡大できたのか

 ありふれたスタートアップの1つに過ぎなかったシーが、創業から10年余りで東南アジア最大の時価総額を持つ企業に成長できたのはなぜか。アマゾンやテンセントに擬せられるシーの特色はどこにあるのか。新たな国・地域や事業に進出しても発表せず、記者やアナリスト泣かせで知られるこの企業の強さを解明するため、ここではゲーム、ネット通販の主要な2事業の特徴を取り上げる。

 ゲーム事業はシーが創業後、最初に手掛けた事業だ。当初は人気ゲームの版権を買い付けて配信するプラットフォームが中心だった。実績の乏しい新興のゲーム配信プラットフォームが、事業を拡大する上で大きかったのが、中国のネット大手でゲームを主力事業の1つとするテンセントとの親密な関係だ。

 創業者のフォレスト・リーによると、まだ社員数が20人にも満たない創業期にシンガポール経済開発庁(EDB)から紹介され、それがテンセントによる出資につながった。テンセントは2019年1月時点で、シーの株式の33.4%を保有する筆頭株主だった。その後、複数回の増資やテンセント自身による持ち分の売却で出資比率は低下傾向にあるが、2022年3月末時点でも大株主としての地位を維持している。テンセントの人気ゲームを東南アジアで優先的に配信できたことが、初期の顧客獲得に大きく寄与した。

 ただ、テンセントの後ろ盾を得たことは、シーの躍進の理由の1つに過ぎない。シーの優れた点は、ライセンス契約を交わした世界の人気ゲームを、各国のゲーム利用者の嗜好に合わせて現地化するノウハウにある。開発企業に代わってゲームを現地の言語に訳し、各国の規制に合わせて内容を改変するほか、各国独自のコンテンツも加えて、利用者が受け入れやすい内容のゲームを配信する。さらに、ゲーム対戦競技「eスポーツ」の大会も各国で開き、中核となるファンの育成とゲーム人口の裾野の拡大を図っている。

最初の自社開発ゲームが大ヒット

 世界人口の1割弱、7億人が利用配信プラットフォームとしての評価を高めたシーの次の転機となったのが、2017年に発売した自社開発ゲーム「フリーファイア」だ。50人のプレーヤーが生き残りをかけて戦うバトルロワイヤルというジャンルに属するこのオンラインゲームは、シーにとって最初の、そして2022年3月時点でも唯一の自社開発商品だ。発売から5年が経過しても、世界で最もダウンロードされるゲームの1つであり続けている「お化けゲーム」だ。

 これまで1本のゲームも世に問うてこなかったシーがいきなり最初のゲームで成功したのは、配信プラットフォームの運営で得た知見や洞察を基に、東南アジア市場の特性に合った仕様を施したからだ。

 まず、通信環境が悪い地域や安価なスマートフォン(スマホ)しか持たない新興国の若者でもスムーズに楽しめるように、背景などにリアリティーを出しつつ、画像の作り込みはそこそこにしてデータ量を抑えた。また、これまでのバトルロワイヤルゲームの多くは1回の対戦が終わるのに20~30分かかったが、東南アジアのゲーマーの多くは隙間時間にゲームをしていると分析し、10~15分で完結するようにした。

 各国の有名人をゲームのキャラクターに登用するなどして、現地化も進めた。例えば、インドネシアでは一時期、利用者の半分以上が現地の人気俳優、ジョー・タスリムのキャラクターを使ってフリーファイアを楽しんだ。フリーファイアは南米やインドでも人気ゲームになったが、新興国の若者の特性を知り尽くしていることがシーの大きな強みになっている。

シーが自社開発して大ヒットした「フリーファイア」(写真:シー提供)
シーが自社開発して大ヒットした「フリーファイア」(写真:シー提供)
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後発のネット通販が成功した4つの要因

 2つ目の主力事業であるネット通販事業「ショッピー」をシーが立ち上げたのは、ゲーム事業が軌道に乗った後の2015年6月から7月にかけてだ。インドネシア、ベトナム、タイ、フィリピン、マレーシア、シンガポールの東南アジア主要6カ国と台湾でほぼ同時にショッピーを開始したが、当時、東南アジアのネット通販業界は、後に中国のアリババ集団傘下に入るラザダなどの有力企業が大きなシェアを持っていた。

 新興のネットゲーム企業だったシーが成功すると考えていた人は少なかったが、各国で毎年、着実にシェアを拡大。マレーシアの情報収集サイト、アイプライスによると、参入から5年後の2020年7~9月期には月間の平均訪問者数が東南アジア主要6カ国すべてで首位になった。2019年以降に進出した中南米地域なども含めた注文受け付けの総件数は、2021年10~12月期には20億件に達した。前年同期比で90%増のペースで伸びており、事業開始から6年がたった時点でも高成長を維持している。

 後発だったショッピーが成功した主な要因は4つある。まず、スマホの利用者が使いやすいネット通販サイトをいち早く構築したことだ。創業者のフォレスト・リーは、「ショッピーを始めた2015年当時は東南アジアでスマホの浸透率が上昇し始めた頃だった。我々は当時から携帯電話経由の注文がいずれ主流になると考え、スマホ向けのサイトデザインに注力した」と語る。当初はパソコン向けのサイトを持っていなかったほどだった。

 東南アジアのネット通販に革新を持ち込んだのは、サイトのデザインだけではない。2つ目の要因として、当時主流だった自社で在庫を抱えて商品を販売する方式ではなく、各国の中小事業者がショッピーに出店するマーケットプレイスのモデルを採用したことがある。当時は目新しい形式だった。

シーが運営する「ショッピー」は後発だが成功した(写真:Sergei Elagin/shutterstock.com)
シーが運営する「ショッピー」は後発だが成功した(写真:Sergei Elagin/shutterstock.com)
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 3つ目の要因として、集中する分野を定めるカテゴリーマネジメントに長けていることがある。当初注力したのはファッションや美容・健康関連商品だった。これらの分野は携帯電話や電気製品などに比べ単価が低く、流通総額(GMV)が稼げないことから、当時は多くの総合ネット通販業者が軽視しがちだった。一方で、単価が低い分、若年層の利用者が集まりやすい利点がある。

 最後の4つ目は、ネット通販が東南アジアより先に浸透した中国の大手のマーケティング手法を学び、取り入れたことだ。中国のアリババ集団などネット通販大手が11月11日の「独身の日」にちなんで実施する大規模セールを模倣しているのはその代表例だ。

株価下落が問う経営陣の真価

 新型コロナウイルスの感染拡大で、世界的に巣ごもり消費が増えた追い風を受け、シーは2021年まで急成長を続けてきた。時価総額も爆発的とも言える伸びを達成した。しかし、2022年に入って世界のハイテク株の下落が顕著になり、東南アジアのテック株の代表格であるシーの時価総額も3月には一時、500億ドル(約5兆7500億円)程度と、ピークの2021年10月の4分の1に落ち込んだ。

 かつて赤字が続いていた米アマゾンはテクノロジーや物流施設整備などに資金を投じ、未来の利益のための赤字という意味合いが大きかった。一方、シーのネット通販の赤字は、シェア拡大のための安売り戦略や広告宣伝費の重さが招いている面が大きい。

 シーの最終赤字額は2021年12月期に過去最大の20億ドル(約2300億円)にまで膨らみ、安定した収益を稼いできたゲーム事業も、2021年後半になって利用者の伸びの鈍化が見られるようになった。シーの経営陣は成長と収益性の両面に目配りしなければならなくなっている。

 米ブルームバーグ通信によると、株価の低下が続いた2022年3月、フォレスト・リーは従業員に次のようなメールを送った。「株価の下落で、あなたはシーの将来を心配しているかもしれません。しかし、恐れる必要はありません。これは長期の潜在的な成長を実現するために耐えなければならない一時的な痛みなのです」

 東南アジアを代表するスタートアップに成長し、投資家の期待と圧力が一段と強まる中で、リーの経営手腕の真価が問われている。

日経プレミアシリーズ
東南アジア スタートアップ大躍進の秘密
急成長企業が東南アジアで続々誕生!

東南アジアで有望なスタートアップが続々誕生している。特にグラブ、シー、GoTo(ゴジェックとトコペディアが統合)の3強は巨大で、世界中の大企業やファンドが出資や提携を求めて殺到。現地駐在経験が豊富な日経新聞記者が、大躍進の秘密を解き明かす。

中野貴司、鈴木淳著/日本経済新聞出版/990円(税込み)