「たくさん試して、うまくいったものを残す」方法で成長した3Mなど、時代を超えて輝く企業には「仕組み」があるといいます。ベストセラー『 ビジョナリー・カンパニー 時代を超える生存の原則 』(ジム・コリンズ、ジェリー・ポラス著/山岡洋一訳/日経BP)を、ボストン コンサルティング グループ(BCG)の森健太郎さんが読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔マネジメント編〕 』から抜粋してお届け。
輝き続けるための「仕組み」
「一度成功したからといって、それを続けていてはならない。周囲の状況は常に変化しているからだ」。世界最大の小売りチェーン、米ウォルマート創業者のサム・ウォルトンはこんな言葉を残しています。
このような覚悟は、時代を超えて輝き続けるビジョナリー・カンパニーに共通するものです。しかし、覚悟だけでは企業は変わりません。コリンズは組織としての具体的な「仕組み」を重要視し、三つ挙げます。
一つめは、日本企業のお家芸とされた「不断の改善」です。ここでまず注意すべきなのは、ビジョナリー・カンパニーの多くが残りの二つの仕組みも同時に取り入れていることです。
二つめは、「たくさん試して、うまくいったものを残す」方法です。粘着メモ「ポスト・イット」で有名な米スリーエム(3M)が代表例です。技術者が勤務時間の一部を自分で選んだテーマや創意工夫に使える「15%ルール」や、売上高に占める新製品比率で高い目標を掲げるなど、多くの挑戦を可能にする仕掛けを織り込んでいます。
三つめが「社運を賭けた大胆な目標」です。米ボーイングが好例でしょう。経営陣は「不可能に近い」と思われるような大きな課題を技術部門に与え、自らも不退転の決意で経営資源を投入する。その結果、技術部門は奮起して、画期的な新型機「747」を開発しました。

ソニーも唯一の日本企業として登場します。「我々は恐れを知らなかったので、大胆なことができた」。創業者の井深大氏の言葉が印象的です。
これらの取り組みは、すべてがうまくいくわけではありません。事実、ビジョナリー・カンパニーの大半が、過去に何らかの危機に陥っています。それでも進歩への情熱を絶やさず、逆境から必ずはい上がってくる「ずば抜けた回復力」こそが、「偉大な企業」とされるゆえんなのでしょう。
3Mの組織としての「仕組み」
時代を超えて輝き続けるビジョナリー・カンパニーが、周囲の環境変化に適応し進化を続けるための、組織としての「仕組み」を持っている例として、「たくさん試して、うまくいったものを残す」方法を取ったスリーエム(3M)について、詳しく検討していきましょう。
3Mが2002年まで使っていた正式社名をご存じでしょうか。ミネソタ・マイニング・アンド・マニュファクチャリングです。設立当初の事業はマイニング(採鉱)の名前が示す通り、研磨材原料の採掘です。それが失敗に終わって、致命的とも言える打撃を受けます。
そして、何カ月にもわたって、会社が生き残れる事業はないかと模索していくのです。その後、サンドペーパーを経て、塗装などの際に周囲を汚さないために貼る保護用のマスキングテープ、接着テープの「スコッチテープ」へと広がっていきます。

米ヒューレット・パッカードの創業者の一人、ビル・ヒューレットは「特に尊敬し、手本にしているのは3Mだ」と述べています。その理由は「3Mが次にどう動くか、誰にも分からない。本当にすごいのは、3M自身、次にどう動くのかが、多分分かっていないことだ」としています。その上で「次の動きを正確に予想することができなくても、同社が今後も成功を続けていくことは、確実だと言える」と締めくくります。
まさに3Mの本質を捉えた言葉です。「たくさん試して、うまくいったものを残す」やり方は、ダーウィンの進化論のようなアプローチで、いわば、「計画のない進歩」と言えます。
ボーイングの「社運を賭けた大胆な目標」とは対照的です。
3Mから得た五つの教訓
コリンズの調査によると、3Mをはじめとして、ビジョナリー・カンパニー18社( 連載第1回 参照)のうち、15社が(比較対象企業と比べて)「たくさん試して、うまくいったものを残す」アプローチを積極的に採用しているそうです。コリンズは、3Mから得た五つの教訓を挙げます。
(1)「試してみよう。なるべく早く」
3Mの行動原則である。結果がどうなるか、正確に予想できなくてもかまわない。一つが失敗したら、次を試してみる。とにかく、何があっても「じっとしていてはダメ」だ。活発に動くことで、予想もしなかった変異を作り出せる。
(2)「誤りは必ずあることを認める」
進化の過程には誤りと失敗が付きものであることを認めるべきである。3Mの元最高経営責任者(CEO)、ルイス・レアーは「もし、秘訣があるとしたら、失敗した事業はそうと分かった時点でなるべく早く捨てることだ」と話している。
進化論において突然変異と自然淘汰がセットであるように、「たくさん試して、うまくいったものを残す」アプローチにおいて、試すことと捨てることはセットである。
(3)「小さな一歩を踏み出す」
小さな変わった問題が、大きな機会の出発点になる。小さな一歩が、大きな戦略転換の基礎になる。
(4)「社員に必要なだけの自由を与えよう」
ビジョナリー・カンパニーの多くは、比較対象企業と比べて、権限分散が進み、業務上の自主性を社員に認めている。
(5)重要なのは仕組みである
3Mから最も学ぶべき教訓は、以上の四つの点を単なる考え方に終わらせず、いくつもの具体的な仕組みに落とし込んだことだ。経営者の「指導力」だけでは、会社は変わらない。具体的、かつ強力な仕組みが必要である。
最後の仕組みについては、本書には14の「進歩を刺激する仕組み」が具体的に紹介されています。示唆深いので、ぜひ一読をお勧めします。
ボーイングが活用した「仕組み」
ボーイングが大型機「747」を開発することを決めた取締役会で、ある役員が「開発がもしうまくいかなかったら、いつだってやめられる」と発言したとき、当時の社長のビル・アレンは顔をこわばらせてこう反論したそうです。「やめるだって。とんでもない。ボーイングが開発を宣言するからには、会社の全資源をつぎ込んででも、必ず完成させる」
747の開発は、1965年当時の航空機市場の常識からすると極めて野心的な計画で、実際にボーイングはその後、経営が破綻する一歩手前まで追い込まれました。
なぜ、ボーイングはそこまでして747を開発しようとしたのでしょうか。経済的な動機もさることながら、航空機業界のパイオニアであるという自らのアイデンティティーに立脚した強い衝動があったからでしょう。
「なぜ、我々が747を開発するのかだって? なぜなら我々はボーイングだからだ」というアレンの言葉も残っています。
コリンズは、このような「社運を賭けた大胆な目標」について、「極めて大胆であり、理性的に考えれば『とてもまともとは言えない』というのが賢明な意見になるが、その一方で、『それでも、やってできないことはない』と主張する意欲的な意見が出てくる『グレー』の領域に入るものである」と述べています。それに続けて「『会社の資源をすべてつぎ込んでも、必ず完成させる』という不退転の決意を伴って、初めて意味のあるものとなる」と結論づけます。
言い換えれば、不退転の決意を伴わない「大胆な目標」ほど、意味のないものはないということです。
747の開発は産業史に残る大事業ですが、コリンズによると、ビジョナリー・カンパニー18社のうち14社が「社運を賭けた大胆な目標」という強力な仕組みを活用してきたと言います。
最後にボーイングの基本理念を引用します。
・航空技術の最先端に位置する。パイオニアになる。
・大きな課題や冒険に挑む。
・安全で質の高い製品を提供する。
・誠実に倫理にかなった事業を行う。
・航空学の世界に寝食を忘れて没頭する。
私は最後の項目が最も好きです。アレンは「ボーイングは常に明日へ飛躍しようとしている。寝食を忘れて仕事に没頭する者だけが、明日へ飛躍できる」と話しています。

時代を超えて輝き続ける「偉大な企業」18社を選び出し、設立以来現在に至る歴史全体を徹底的に調査して、ライバル企業と比較検討。永続の源泉が「基本理念」にあると解き明かすベスト&ロングセラー。
ジム・コリンズ、ジェリー・ポラス著/山岡洋一訳/日経BP/2136円(税込)