独占に近い地位を特定領域で築き、高い利潤を上げる。そのような「競争優位」をつくり出すために、どのような戦略が必要なのか? 経営戦略論の定番として40年以上読み続けられている『 競争の戦略 』(M.E.ポーター著/土岐坤、中辻萬治、服部照夫訳/ダイヤモンド社)を、岸本義之・武庫川女子大学経営学部教授が読み解きます。
40年以上、経営戦略論の中心
1980年に出版されたマイケル・ポーターの著作『競争の戦略』は、経営戦略論を代表する一冊です。企業の経営環境は目まぐるしく変化しており、多くの経営書は数年もしないうちに賞味期限が切れます。なのに、なぜ『競争の戦略』は出版から40年以上たった今でも経営戦略論の中心にいられるのでしょうか。
その理由は『競争の戦略』が経済学に根差している点にあります。ミクロ経済学に「産業組織論」という領域があり、独占禁止政策の理論的根拠となっています。平たく言うと、独占やカルテルによってどのように超過利潤が発生するかを特定するための理論です。
この理論を逆手に取れば、独禁法に抵触しない方法で疑似的に独占的な状況をつくり出し、利潤を上げられる可能性があります。経営学で言う「競争優位」とは、まさに独占に近い地位を特定領域で築くことです。
ポーターはまず、「5つの力」という概念を基にした業界構造分析を通じて、競争優位をつくれる状況にあるかどうかを判断します。その上で、どのような基本戦略を選ぶべきかを定めるというアプローチをとります。「5つの力」などの枠組みはすぐには陳腐化しにくい経済学の理論を支えにしているため、彼の『競争の戦略』は今でも影響力があるのです。
ポーターは、1996年の論文で「日本企業には戦略がない」と批判しています。日本企業は、横並びで混み合った市場に参入するケースが目立ちます。そうした市場で同質的な競争を繰り広げ、結果的に利益率も低く、それでも撤退しない事例に事欠きません。
『競争の戦略』に象徴されるポーターの理論は「ポジショニング」学派とも呼ばれます。市場で独自の位置を築いて利益率を高めるというのがポジショニングの考え方です。

超過利潤は「悪」ではない
ポーターの理論的根拠となった産業組織論とは、どういうものですか?
産業組織論とは、ミクロ経済学を応用した研究分野の一つです。ミクロ経済学では、多数の生産者と多数の消費者が取引をしている完全競争を想定しますが、この状態では、生産者にとってはぎりぎりの利益しか生み出せません。
しかし、生産者が1社で独占していたら、もっと高い価格を付けても売れるでしょう。複数の生産者が示し合わせて価格を高めに設定するというカルテルを組んでも、同様の効果を得られます。
このような独占や寡占を放置しておくと、生産者は超過利潤を得ますが、消費者には不利益がもたらされることになります。そこで、社会的にマイナスが大きい独占やカルテルについては禁止しようという独占禁止政策が生まれたのです。産業組織論は、そうした政策の理論的基礎となるものとして研究されてきました。
超過利潤とはどういう意味ですか? 悪いことなのでしょうか?
完全競争の状態では、生産者はぎりぎりの利益しか生み出せません。ただし、赤字ぎりぎりという意味ではなく、資本コスト(企業が資本を調達するための借入金利や株式の期待利回り)をぎりぎり上回る程度の利益率ということになります。
一方、何らかの競争優位や参入障壁がある場合、正面衝突の価格競争にならないので、完全競争よりは高めの価格になり、それだけ利益が増えます。また、他社よりもコストが低い場合、同じ価格でも他社より利益が増えます。
このように、資本コストを上回るレベルで得られる利益のことを経済学では利潤と呼ぶのですが、超過利潤ということもあります。この利潤を独占やカルテルによって得る場合、ネガティブな意味で超過利潤という言葉が使われるわけです。
しかし、経営努力によって他社と差別化したり、低コストの能力を身に付けたり、独自の市場を形成したりした場合、決してネガティブな意味にはなりません。ファイナンス理論では、NPV(正味現在価値)がプラスになるような投資をすべきだということになりますが、これはまさに資本コストを上回る利益を得よという意味なのです。
つまり、超過利潤とは、資本コストを上回る利益のことであり、それを競争優位によって得ている限りにおいては、悪いことではありません。
アップルのこだわり
どうすれば超過利潤を得られるのですか?
それがまさにポーターの理論なのですが、米アップルを例にとって考えてみましょう。パソコンの世界では、米マイクロソフトの基本ソフト(OS)「ウィンドウズ」と米インテルのCPU(中央演算処理装置)の組み合わせによる「ウィンテル」が標準となりました。消費者から見ると、どのメーカーのパソコンも、同じような機能があります。
こうなると、パソコンメーカー同士は同質的な競争になってしまいます。「他社より少しでも安く」という競争になり、資本コストぎりぎり(もしくはそれ以下)の利益しか生み出せません。
しかし、アップルはウィンテル陣営には加わらず、独自の仕様の「マッキントッシュ」(マック)にこだわりました。マックには優れた操作性があり、それを好む固有のファンがいたのです。世の中のパソコンユーザー全体から見れば少数派でしたが、この少数のファンは、ウィンテル機よりも割高なマックを買ったのです。
この戦略は、あえて少数派を狙うものの、競争相手はいないために、高価格が可能です。ポーターの言う「集中戦略」になります。

アップル以外のパソコンメーカーは、同業同士の激しい価格競争に巻き込まれましたが、主要な構成要素であるウィンドウズもCPUも、実質的な独占にあるマイクロソフトやインテルなどから購入しなければなりません。完成品メーカーよりも部材サプライヤーの方が、交渉上は優位になっています。
このように、材料や部材を提供する「川上」の業界に交渉力を握られてしまうと、パソコンメーカーはもうかりません。
一方で、パソコンを販売する量販店は、多数の商品を販売する力を持っており、メーカーに対して卸値の引き下げを要求します。量販店側から見ると、どのメーカーのパソコンも同じようなものですから、卸値の安いメーカーのものを仕入れようとします。
このように製品を直接購入する「川下」の業界にも交渉力を握られてしまうと、パソコンメーカーはさらにもうからなくなります。
では、アップルはどうだったのでしょうか。自社製品をある程度高く売れる立場にあるので、部材メーカーにも比較的良い条件で仕入れることができ、共存共栄の関係が成り立ちやすくなります。
販売店の側も、人気のあるブランドはそろえたいし、値引きしなくても売れるのであれば、マージンも十分にあります。アップルは独自のアップルストアも運営していますが、これは高マージンだからこそ成り立つのです。
このように、同じパソコン業界にありながら、アップルと他社とでは、置かれている競争環境がまったく異なっています。川上や川下などとの関係も踏まえた競争環境分析の手法は、ポーターの「5つの力」と呼ばれています。
日本企業は奇異に映った?
日本企業は超過利潤を得られていますか?
アップルは携帯音楽プレーヤーでも、携帯電話でも、独自の地位を築くことに成功しました。これらの分野では、「集中戦略」ではなく、むしろ市場のメーンストリームを押さえる「差別化戦略」になっています。一方、同業他社はまたもや同質的競争に陥って苦戦しています。
アップルの同業には日本企業が多いのですが、日本企業は独自のポジションを得ることを目指すのではなく、混み合ったポジションの中で他社よりも低コストを実現することで、利益を獲得しようとしてきました。
しかし、ポーターによると、このようなオペレーション効率の優位性は、他社の模倣・追随を招いてしまうため、長続きしません。逆にポジショニングの優位性は、何らかの参入障壁(または移動障壁)を築くことができれば、長続きします。
ポーターにとって、短期で消失するようなオペレーション効率改善に邁進(まいしん)する日本企業の姿は奇異に映っていたでしょう。日本企業は、そうした批判をよそに、「カイゼン」活動を延々と続けて優位性の持続を目指してきましたが、アップルの独自ポジショニング(および韓国サムスン電子の思い切ったグローバル・スケール追求戦略)にはかなわなかったという結論になりそうです。
ポーターの「5つの力」については連載第2回、「3つの基本戦略」については連載第3回で解説します。

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