企業の利益性は競争環境の厳しさに左右され、その競争環境は「5つの力」と呼ばれる競争要因に分類されます。競争環境の緩い場所にどうポジショニングするか? 経営戦略論の定番として40年以上読み続けられている『 競争の戦略 』(M.E.ポーター著/土岐坤、中辻萬治、服部照夫訳/ダイヤモンド社)を、岸本義之・武庫川女子大学経営学部教授が読み解きます。
「5つの力」に競争環境を分類
マイケル・ポーターの『競争の戦略』第1章の冒頭に登場するのが「5つの力」という枠組みです。企業の利益性は、競争環境の厳しさに影響を受けるというのが、ポーター理論の土台にある産業組織論の考え方です。その競争環境を分類したのが、「5つの力」と呼ばれる競争要因です。
1つめの力は新規参入の脅威です。魅力的な市場でも、次々と参入者が現れて供給能力が増え、価格競争に陥ってしまうと、利益性は低下します。そのため、参入障壁の存在が重要となります。
2つめの力は業界内の競争関係です。過当競争の結果、誰かが撤退すれば競争は緩やかになりますが、撤退障壁がある場合、過剰な供給能力が残り、値崩れによって利益性が低下します。
3つめの力は代替製品からの圧力です。業界内の競争が緩やかでも、同じような機能の商品が台頭すると、需要を奪われるため値下げで対抗せざるを得なくなります。
4つめの力は買い手の交渉力です。売り手が多数で、買い手が少数という場合、需給のバランスからみて、買い手の価格交渉力が高まります。
逆の場合、売り手の価格交渉力が高まります。原材料生産者が少ない場合などがこれに当たります。これが5つめの力、売り手の交渉力です。

こうした要因を理解して、競争環境の緩やかな場所にポジショニングすれば、資本コストを上回る利潤を上げることが可能になります。逆に、同質的な過当競争に巻き込まれやすい場所に陣取ると、もうかりにくくなってしまいます。
ポーターはポジショニングこそが戦略と主張しました。しかし、現代の経営環境では安泰なポジションを長期的に守ることは困難です。ポジショニングは必要条件として大前提にあるものの、それを守る上で必要な組織的な能力を築くことが、高い利益性を実現するための十分条件になるというのが、現代の戦略論の要諦です。
七つの参入障壁
参入障壁とはどういうものですか?
ポーターは参入障壁の主なものを七つ挙げています。①規模の経済 ②製品差別化 ③巨額の投資 ④仕入れ先を替えるコスト ⑤流通チャネル ⑥規模以外の要因によるコスト差 ⑦政府の政策――です。
このうちの規模の経済について考えてみましょう。固定費が大きくかかる産業の場合、1年間に作る製品の量が多い企業の方が、製品1個当たりのコストが安くなることが一般的です。小規模な設備では高コストになるものの、大規模な設備を持てるほどの規模があれば低コストになるという場合や、大規模な設備を持っていても低稼働率の企業より高稼働率の企業の方が低コストになるという場合は、規模の経済が働いています。
規模の経済に似ていて意味が異なるのが、経験効果と呼ばれるものです。これは1960年ごろに米国の製造業を観察して得られた法則で、累積生産量が増えれば増えるほどコストが下がるという効果です。
新製品の作り始めの頃は不良品の比率が高く、生産ラインの作業効率も低いためにコストが高いのですが、経験値が増すにつれて、不良品が減り、作業効率は上がります。市場シェアの高い企業は、低い企業よりも速く累積生産量を増やすことができ、常にコスト差を生み出すことができると考えられました。これが、市場シェアを重視する戦略論の根拠となったのです。

しかし、現代のグローバルな経営環境では、経験効果以外の方法でコストを下げることが可能です。他社より優れた(新世代の)生産技術を採用することでもコストは下がりますし、人件費の低い国に立地を移すことでもコストは下がります。また、原材料を有利に入手できる立場にあれば低コストの恩恵を得ることもできます。
ポーターは、こうした一連の低コスト効果と、経験効果とをひとまとめにして、「規模以外の要因によるコスト差」による参入障壁と位置づけています。
製缶業界がもうかっていた理由
もうかりやすい場所に陣取るとは、例えばどういうことですか?
まず、過当競争に陥りやすい事業の一例として、清涼飲料を考えてみましょう。清涼飲料を生産することの参入障壁はそれほど高くありません。水と砂糖と炭酸を混ぜればソーダになりますし、豆や葉を購入できれば、それをお湯で煎(せん)じてコーヒーや茶を生産できます。
原価率が低いため、規模の経済が効かない中小企業でも生産は可能です。実際、この業界には「パッカー」と呼ばれる下請けメーカーが数多くあり、大手企業のために受託生産をしています。このため、食品系の大手企業などが、自社で生産設備を持たなくても新規参入することが可能になります。
飲料メーカー同士の競争は熾烈(しれつ)です。新製品を矢継ぎ早に投入して多額の広告費をかけたり、大手量販店チェーンの値引き要求に応えて特売したりしています。今では量販店チェーンがパッカーを活用してプライベートブランド(PB=自主企画)の飲料を安価に販売しています。
そうした買い手の圧力を受けないよう、大手飲料メーカーは自動販売機を参入障壁にしてきました。定価で売れるチャネルを擁していることは今でも強みですが、自販機の設置可能な場所は飽和に近づき、むしろコンビニエンスストアやスーパーなど量販店での売上比率が上がってきています。
このように、清涼飲料業界は、業界内の競争が熾烈で、新規参入の脅威は高く、交渉力の強い買い手の比重が高まるという「もうかりにくい陣取り」になっています。
次に、この清涼飲料業界に缶などの容器を提供している製缶業界を見てみましょう。かつてこの業界は「もうかりやすい陣取り」になっていました。国内の製缶業界は東洋製缶、大和製缶、ユニバーサル製缶などによる寡占市場です。
缶を海外から輸入することは「空気を輸送している」ようなものであり、非常に高コストとなるため、実質的に競合するのは国内メーカーのみです。国内でも輸送コストを低減させるために、大手需要家(飲料工場)のすぐ近くに缶工場を立地させることも多く、飲料メーカーが遠方の缶工場から製品を購入することも困難です。つまり、複数の缶メーカーから相見積もりを取って価格交渉をできる可能性が低いのです。
こうみると、製缶業界は、業界内の競争も限定的(缶工場と飲料工場の取引関係はあまり変化しない)で、買い手業界(飲料業界)に対する交渉力は非常に強く、(海外も含め)新規参入の脅威がないという、「もうかりやすい陣取り」になっていました。

では、交渉上不利な立場にあった飲料業界はこの状況をどう打開したのでしょうか。それは缶の代替品を探すことにありました。1996年に小型ペットボトルが自動販売機でも販売可能になって以降、飲料メーカーはペットボトルの比率を高めています。なぜならペットボトルは缶よりも生産技術が容易で、原材料の入手も容易であり、ブロー成形機器とプラスチック原料を購入すれば飲料メーカーでも生産可能になるためです。
こうなれば、容器メーカーに対しても、「自前で作るよりも安くならないなら買わない」という交渉が可能になり、実際に自前で作らない場合でも、有利な価格で容器メーカーから購買できる可能性が高まります。
この結果、製缶業界の利益率が大きく低下しました。製缶業界から見ると、資源高の影響もあったはずですが、(それを需要家に価格転嫁できなかったということも含めて)代替品の脅威にやられたということになります。逆に飲料メーカーからみると、ペットボトルという代替品のおかげで、売り手の交渉力の強さを低下させたことになります。
このようにポーターの5つの力の枠組みを使えば、「もうかりやすい陣取り」がどう形成され、どう崩れるかを理解できるのです。同じ業界の中でも、他社と異なるポジションを取って、自社だけ「もうかりやすい陣取り」をすることも可能です。業界内の自社のポジショニングをどうとるかに関しては、連載第3回の「3つの基本戦略」でみることにしましょう。

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