連載「あの話題書の著者が今、伝えたいこと」、今回は2013年に発売された『嫌われる勇気』の著者・岸見一郎さん。アドラー心理学を世に広めるきっかけともなった『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』は大ベストセラーに。世の中の閉塞感が高まる今、岸見さんは何を思うのか、お話を伺いました。
シリーズ・世界累計900万部に
編集部(以下、――)2013年に『 嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え 』(岸見一郎、古賀史健著/ダイヤモンド社)を出版され、大ベストセラーとなりました。アドラー心理学を世に広めるきっかけともなった1冊ですが、今振り返ってみていかがですか。
岸見一郎(以下、岸見) 『嫌われる勇気』は今も売れ続けていて、Amazonの売れ筋ランキングでも100位以内(倫理学入門では3位、心理学入門では4位/2022年9月1日現在)を維持しています。決して「少し前に話題となった本」ではないですね。
『嫌われる勇気』はどのぐらい売れているのですか。
岸見 『嫌われる勇気』だけで276万部、『 幸せになる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教えⅡ 』(古賀史健氏との共著/ダイヤモンド社)を加えたシリーズ・世界累計で900万部と聞いています。各国で翻訳されていますが、アジア圏だけでなく今は世界各国で翻訳されています。発売当初は小学生だったという人が、大学生になって読んでくれていたりして、新たな世代の読者も増えています。
実は本を書くときに、あえて「普遍的」であることを意識しました。どの時代、どこの国で読まれても違和感がないように、日本でしか通用しないようなローカルな話題には触れていません。
本文はプラトンの時代から行われてきた「対話形式」を採用しています。書斎のイラストにはスマホもパソコンも出てきません。この本は10年後にも読まれていくでしょうが、そのとき情報機器がどうなっているのかは分からないからです。こうした点にも気をつけているため、どの時代、どの国、どんな考え方をしてきた人にも受け入れられているのだと思います。
ここまでのベストセラーになると予想していましたか。
岸見 「売れるだろうな」とは思っていましたが、ここまでとは思いませんでした。今までに類のない本であったため、版元にとっては冒険だったでしょうが、それまで日本ではあまり知られていなかったアドラーの思想に注目してもらえ、ありがたかったです。
忙しくなったが、人生は変わらない
これだけ売れると生活も大きく変わられたのでは?
岸見 執筆や講演の依頼が相次ぎ、仕事が忙しくなりました。テレビ出演によって顔を知られたので、旅先で声をかけられることも増えました。2013年から今までで50冊ほど本を書いており、もう朝から晩まで原稿を書いている感じです。それまで近所の人からは「あの人は昼間も家にいて、何をしているんだろう」と思われていたでしょうが、怪しまれなくなりました(笑)。
娘からは「お父さんは何も変わらない」と言われました。生活は変わりましたけれど、人生への影響はありません。
子育ての中で実践してきた
「すべての悩みは、対人関係の悩み」「原因論によるトラウマは存在しない」「相手の問題に立ち入らない『課題の分離』」など、最初に読んだときは衝撃を覚えました。
岸見 私も初めてアドラーの著書を読んだとき、同じような衝撃を受けました。第1子が生まれたとき、手探りで子育てをしていましたが、なかなかうまくいきません。子どもは手ごわい存在ですからね。
そんな頃、精神科医の友人が、アドラーの『子どもの教育』という本を薦めてくれ、初めてアドラーの名を知りました。当時は、翻訳はほとんどありませんでした。1989年ごろから自ら翻訳して学び始め、子育てをしながらアドラー心理学を実践してきました。ですから、私にとってアドラーは机上の空論ではなく、生きた証しなのです。
シンプルだけど奥が深い
「叱らない」「ほめない」といったアドラー心理学は、実践するのはなかなか難しい気もします。
岸見 「叱らない」「ほめない」「対人関係は縦ではなく横で捉える」といった考え方は常識とは異なるので、抵抗を覚える人も多いでしょう。でも一方で、言っていることはよく分かるし、確かにそうとも思える。そうしたせめぎ合いの中で、何度も何度も、納得するまで『嫌われる勇気』を読んでくれている読者がいるのはありがたいことです。
最初はできなくても、「まず頭で分かってください」と書かれています。諦めずに考え、実践していくうちに、読者は変わっていくのでしょうか。
岸見 『嫌われる勇気』は「こうすれば人生がうまくいく」というような処方箋を書いた本ではありません。例えば、「横の関係とは何か」をずっと考え続けないといけないし、どう行動するかの答えは、読者自身が見つけていかなくてはなりません。
アドラーが言っていること自体は、とてもシンプルです。でも、シンプルだから簡単かというと、そうではありません。
最初は、私もなかなか実践できませんでした。しかし、相手の課題に踏み込まないことを意識するうちに、「それをしないとどうなると思う?」などと話し合えるようになってきました。そんなふうに生き方が変わってくるのが、アドラー心理学の魅力です。
アドラー自身も、私腹を肥やすことにはまったく関心がない、世界を変えたかったのだと言っています。
私もまさに同じ思いです。アドラー心理学の考え方を知ってもらうことで、皆さんの対人関係のもつれた糸をほどき、前に進む力になれたらと、『嫌われる勇気』を書きました。その思いは今も変わっていません。
取材・文/三浦香代子 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集部) 写真(人物)/岸見一郎さん提供 写真(本)/スタジオキャスパー
課長に昇進したけれど不安な「わたし」が、哲学者の「先生」との対話を通して、戸惑いながらも成長していく――。自信がなくていい。上下関係をなくせば、上司と部下はいいチームになれる。サイボウズ、ユーグレナ、カヤックなど、上場企業の経営トップが続々賛同!
岸見一郎(著)/小野田鶴(構成・編集)/日経BP/1980円(税込み)