日亜化学工業は過去30年で売上高を30倍にした会社だ。成長力と収益力の源泉は、付加価値の高いものづくりにある。その代表格は、「20世紀に実現は難しい」と言われた青色発光ダイオード(LED)。さらに、開発の難易度がLED以上に高い青色半導体レーザーも忘れてはならない。今でこそ大企業だが、光半導体を開発する前は地方の一企業と見なされていた。そうした企業がなぜ大手企業の向こうを張って、付加価値の高い製品を生み出し続けられるのか。その答えを記した書『技術者天国 日亜化学工業、知られざる開発経営』(日経BP)の中から、半導体レーザー開発物語を5回に分けて紹介する。第3回はレーザー発振に向けた試行錯誤の過程を描く。
こうして高輝度な緑色LEDはできたため、日亜化学工業の開発のメインテーマは半導体レーザーとなり、開発チームの人員は徐々に増えていった。だが、レーザー発振というゴールは全く見えなかった。
日亜化学工業では月に1回、開発に関して報告を行う。半導体レーザー開発チームの月報は、開発に踏み切ってからの2年間、全く同じ文言で締めくくられていた。
「レーザー発振せず」
あまりにも進捗がないので、他の部署からは嫌みとも取れる質問も飛んだ。「どれくらいの電流を流しているの?」「そんなに電流を流してもレーザー発振しないのか?」「本当にレーザー発振するの?」と。
だが、前人未踏の領域のため、とにかくレーザー発振しない原因が分からない。レーザー専用の設備や治具もないため、それらを自分たちで作ったり、図面を作成して製作を依頼したりする必要があった。LEDとは違う高度な技術が要求される中で、開発チームは手作り感満載のデバイスづくりに精を出していた。
7000回の結晶成長
ここで、半導体レーザーの開発を成功に導いたもう1つの要因がある。それは、とにかくたくさんの実験を行ったことだ。これは半導体レーザーに限らず、日亜化学工業の開発の成功要因であり、特徴でもある。
半導体レーザーの開発チームは、開発を開始した1994年1月からレーザー発振した1995年11月までの2年弱の間に、半導体レーザー用の結晶成長を、実に7000回も実施したという。当時の半導体レーザーは、直径2インチのサファイア基板上に結晶を成長させていた。実験に使っていたMOCVD装置は2台あり、それぞれ1日当たり4~5枚のサファイア基板を使った。しかも、MOCVD装置は土日も動かしていたという。
このサファイア基板は当時、1枚で3万円以上した。すなわち、1日当たり10枚ほど、30万円以上の費用がかかる実験を2年近くの間、開発チームは続けたのである。しかも、レーザー発振ができるかどうかが全く見えないにもかかわらずだ。
だが、ものになるかどうか分からない開発にも最大限の資金を投入して開発を支えるのが、日亜化学工業の経営方針だ。結果的に、半導体レーザーにおいてもこの方針が実を結ぶことになるが、それが分かるのはまだ先のことである。
人力による微細加工
半導体レーザーを開発する上で乗り越えるべき課題はいくつもあるが、中でも苦労したのが、「人力での微細加工」だ。
レーザーは発振条件を満たすまで光を活性層内に閉じ込める必要がある。チップの両端に反射鏡を設けて、活性層で放たれた光をチップ内に閉じ込める。一方の反射鏡の反射率を高く、もう一方の反射鏡のそれを低くしておき、光の反射を繰り返すことで増幅させ、同じ位相と波長の光を反射率の低いほうの反射鏡から放出させる仕組みだ。
この反射鏡に相当し、光を活性層に閉じ込める重要な役割を果たすのが「共振器」である。開発チームはこの共振器を作るのに苦労した。共振器の端面(以下、共振器端面)を平行かつ平滑な面に加工する必要があったからだ。しかも、要求水準は「原子レベル」。すなわち、原子レベルで平行かつ平滑な共振器端面を人の手で作らなければならなかったのである。しかも、当時は硬いサファイアを材料に使っていたため、微細加工するのは大変だった。
開発チームは3つの方法で共振器端面の微細加工に臨んだ。結晶が特定の方向に沿って割れやすい性質を利用する「へき開」、共振器を物理的に研磨する「端面研磨」、化学的に削る「ドライエッチング」だ。結論から言うと、これらは全て成功したのだが、初めてレーザー発振した際に採用されたのは端面研磨である。
来る日も来る日も手で研磨
サファイア基板(ウエハー)をダイシングで暫定的に切り、バー材にしたものを垂直に立てて削る。原子レベルの平行や平滑さを満たすのは極めて難しいが、とにかく治具を使って手で研磨し続けた。担当者は来る日も来る日も端面を手で研磨。そのうち、μm単位で厚さが分かるようになった。これを半年間も続けた。担当者が毎日、一心不乱に磨いている姿勢を見て、周囲からは「彼らは心を磨いているのだ」という冗談とも本気とも取れる言葉まで聞こえてきた。
電極にも微細加工を要した。光を閉じ込めている半導体の上に、電流を流すための電極を付ける必要がある。要求されたのは、わずか2μmの幅にちょうど2μmの電極を正確に付けることだ。ほんの少しでも電極がはみ出すと、電流がきれいに流れなくなり、光を閉じ込めることもできなくなる。これも担当者が手で行った。
そして、開発チームはついに、歴史的な日を迎えることになる。
[日経クロステック 2025年6月4日付の記事を転載]
近岡裕(著)、日経BP、1980円(税込み)

