日亜化学工業は過去30年で売上高を30倍にした会社だ。成長力と収益力の源泉は、付加価値の高いものづくりにある。その代表格は、「20世紀に実現は難しい」と言われた青色発光ダイオード(LED)。さらに、開発の難易度がLED以上に高い青色半導体レーザーも忘れてはならない。今でこそ大企業だが、光半導体を開発する前は地方の一企業と見なされていた。そうした企業がなぜ大手企業の向こうを張って、付加価値の高い製品を生み出し続けられるのか。その答えを記した書『技術者天国 日亜化学工業、知られざる開発経営』(日経BP)の中から、半導体レーザー開発物語を5回に分けて紹介する。第4回では、苦労したレーザー発振がようやく実現に至った様子を描く。

 その日は1995年11月18日だった。土曜日であったものの、開発チームには出勤しているメンバーもいた。長濱氏もその1人だった。そして、この日も長濱氏はレーザー発振の検査に着手した。チップにプローブを立てて電流を流し、スペクトルを見ながらレーザー発振しているかどうかを確かめるのだ。それまでは発光ダイオード(LED)状態では光るものの、レーザー発振しない日々が続いていた。

青色半導体レーザーの発振イメージ。日亜化学工業は世界で初めてGaN系半導体レーザーが電流注入によってレーザー発振(室温パルス発振)に成功した。(写真:日亜化学工業)
青色半導体レーザーの発振イメージ。日亜化学工業は世界で初めてGaN系半導体レーザーが電流注入によってレーザー発振(室温パルス発振)に成功した。(写真:日亜化学工業)
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 いつものように徐々に電流を上げていくと、1アンペア(A)を超えたところで、スペクトルの半値幅(線幅)が数十nmから1~2nmに急に小さくなり、強度が振り切れた。一瞬、スペクトラムアナライザー(計測器)が壊れたのかと思ったほどだ。目をこらすと青紫色のレーザー光が見えた。波長は410nm。これが、世界で初めてGaN系半導体レーザーが電流注入によってレーザー発振(室温パルス発振)した瞬間だった。

世界初のレーザー発振

「これ、発振ちゃうか?」

 そう言って、同じく休日出勤していた開発メンバーを呼んだ時、プローブを持つ長濱氏の手は震えていた。レーザー発振したと知って駆け付けた開発メンバーの中には、感動のあまり泣き崩れる者もいた。

 レーザー発振してからは、開発メンバーは「月報を書くのが楽しくなった」(長濱氏)という。次の実験へのフィードバックが早くなったからだ。いろいろなパラメーターを振ると、レーザー発振するまでの電流値を測れるため、例えば効率の良しあしといったものを定量的に判断できる。そして、その結果を基に次の実験に生かせるのだ。開発は加速した。

 1996年、開発チームは直流電流による発振(CW発振)を実現した。課題は寿命だったが、当初は数秒だったものが、数十分、数時間、数十時間と伸びていき、最終的には次世代光ディスクに求められる耐用時間を満たせるようにまでなった。

寿命の課題をどう克服するか

日亜化学工業で半導体レーザーの開発を主導した。改良技術の開発よりも未踏領域の技術開発に燃えるタイプ。(撮影:上田 純)
長濱慎一氏(第二部門LD事業本部主席研究員、日亜研究所主席研究員)
日亜化学工業で半導体レーザーの開発を主導した。改良技術の開発よりも未踏領域の技術開発に燃えるタイプ。(撮影:上田 純)
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 寿命が課題となったのは、当時の半導体レーザーがサファイア基板を使っていたからだ(現在は使っていない)。

 サファイア基板にGaNを結晶成長させると、格子定数の差で転位(欠陥)が生じる。実はLEDでは問題にならないのだが、電流密度が2桁も3桁も違う半導体レーザーでは致命的だった。

 そこで、開発チームは転位を低減する技術を導入した。転位の方向を曲げる「横方向成長(ラテラル成長)」だ。転位は、結晶成長の方向にまっすぐ伸びていく。格子定数の差で生じた転位は活性層にまで達し、光らなかったり、発熱して寿命が短くなったりする。そこで、転位を意図的に横に曲げて成長させることで、活性層に転位の影響を及ぼさないようにするのが、横方向成長だ。他社が発表したものに、日亜化学工業は生産性を良くするために自社の工夫を加えて、いち早く実用化に持っていった。

 こうして、1999年についに製品化にこぎ着けた。用途は、光ディスク規格「Blu-rayDisc(ブルーレイ・ディスク)」用ピックアップ光源や産業用レーザープリンターの光源などだった。

改良技術にはモチベーションわかず

 光ディスク用ピックアップ光源は市場の拡大が見込まれた。日亜化学工業ではそのための事業部が立ち上がり、波長が405nmの青紫色半導体レーザーの出力を高める開発が進められた。そして見込み通り、この事業は2005年以降に日亜化学工業に利益をもたらすようになった。

 ところが、長濱氏はこの開発には加わらなかった。高出力化の開発は改良技術の開発のように思えてしまい、モチベーションが高まらなかったのだ。代わりに、2000年以降、開発を開始したのは、レーザー発振波長の長波長化(以下、長波長化)である。ディスプレー用光源を目指した開発だ。

 当時、半導体レーザーを光源に使うと、非常に色鮮やかなディスプレーができると言われていた。ところが、光の三原色のうち、開発されていたのは赤色半導体レーザーしかなかった。そこで、青色と緑色の半導体レーザーを開発したいという気持ちが長濱氏の中で高まっていった。

 事業部側は「なぜ、そんなことをやるのか?」と疑問の声を上げた。光ディスクがこれから伸びていくのだから、高出力化の開発に力を入れるべきだという主張である。実際、競合企業もビジネスチャンスを逃すまいと開発に力を入れていた。一方で、長波長化の開発については「そもそも、それをやって売れるのか」という言葉も投げ掛けられた。

「楽しいなら、やりなさい」

 ここで長濱氏の背中を押したのも、当時社長だった小川英治氏だった。直接面会する機会があった長濱氏は、周りが光ディスク用ピックアップ光源の話題で持ちきりになる中、「長波長化の開発をさせてください」と小川英治氏に訴えた。すると、「その開発は面白いか?楽しいか?」と聞かれた長濱氏は「楽しいです」と即答した。次の瞬間、小川英治氏からは「そうか、じゃあ、やりなさい」という言葉が返ってきた。こうして、長濱氏はディスプレー用光源の開発に全力を注ぐこととなった。

 結果から言うと、この決断は「正解」だった。光ディスク用ピックアップ光源の事業は、2010年ぐらいでピークアウトを迎えたからである。大容量のデータを高速で通信するブロードバンド時代の到来により、光ディスクに映像などを記録する機会が減っていったのだ。競合他社の中には部署がなくなり、リストラされた人たちもいる。

 逆に、ディスプレー用光源はプロジェクター向けにビジネスが立ち上がった。その時期は2010年ごろ。ちょうど光ディスク用ピックアップ光源の事業が縮小に向かう時に、ディスプレー用光源は新たな事業として伸び始めたのだ。今(2025年)では半導体レーザー事業全体の6~7割を支えている。売り上げは、光ディスク用ピックアップ光源の事業がピークを迎えた時の3倍にもなっている。

日経クロステック 2025年6月5日付の記事を転載]

なぜ付加価値の高い製品を生み出し続けられるのか? 年間予算なし。紙1枚の稟議(りんぎ)書で数十億円がぽんと出る。研究開発テーマは技術者の意気込みで決まる。失敗という概念なし、駄目だと分かれば一歩前進。高成長を続ける日亜化学工業の秘密がここに!

近岡裕(著)、日経BP、1980円(税込み)