「『気候変動の真実』私はこう読む」第6回は、長年、気象庁で気象予測に携わってきた元気象研究所所長の隈健一(くま・けんいち)さん。気候や気象予測に不確実性があるのは当然のことであり、不確実性と向き合いながら、専門家は社会に対してどのような情報をどう伝えるかが重要だ、と話す。

気候や気象予測が不確実なのは当たり前

 『 気候変動の真実 科学は何を語り、何を語っていないか? 』(スティーブン・E・クーニン著/三木俊哉訳/日経BP)の気象についての記述は、おおむね科学的に正しいと思いますが、その解釈を含めてちょっと違うかなと思うところもありました。

『気候変動の真実』
『気候変動の真実』
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 著者の言うように、気象や気候予測に不確実性は必ずあります。私たち気象関係者は、常に不確実性と寄り添いながら仕事をしてきました。気象予測の不確実性があるなかで、それでも気象リスクに備えるためどう社会に伝えるか苦心してきました。

 私は大学院で地球物理を専攻し、気象庁に入りました。研究者というより行政職の道を歩んできたのですが、40歳ぐらいまでは天気予報のもとになる地球全体を対象とする数値天気予報モデルの開発をして、そこで台風の進路予報精度の向上などの仕事をしました。

 本書でクーニンさんは、地球温暖化予測のシミュレーションモデルでは、パラメーターの「調整」が行われていると書いています。

 これについては、私も思い当たります。ノーベル賞を受賞した真鍋淑郎博士の研究から発展した地球温暖化予測モデルも天気予測のモデルも、海洋をどこまで精緻に扱うかなどの違いはありますが、物理法則を用いてコンピューターで計算可能な、分割した「格子」での値を予測しているという点では同じものです。

 その格子をできる限り細かくできればいいのですが、計算速度の制約から限界があります。そこで、格子の大きさよりも細かな現象はパラメーター化して扱う必要があります。私の経験でも、積乱雲のパラメーター化を「調整」することで、雨の降り方がガラリと変わり、台風の進路予報の精度も上がりました。予測結果の検証を通じて、より正しいパラメーターを用いるということはモデル開発でも重要な作業です。ですから、人為的にパラメーターを「調整」しているからといって、そのモデルが信用できないわけではありません。

猛暑日や大雨は観測でも増えている

 『気候変動の真実』では、温暖化と異常気象の関係について、主にアメリカの統計データを紹介し、降雨量、降雪量、ハリケーンの数などと温暖化傾向には、明確な関係がないと言っています。

 アメリカについては私には分かりませんが、日本のデータではどうでしょうか。全国約1300地点の地域気象観測所(アメダス)データでは、1976年以降の約45年間のデータが利用できます。これを見ると1時間に50ミリ以上及び100ミリ以上の大雨の発生件数は増加傾向にあります。

「climate changeが気候変動と翻訳されているのは誤解のもと。気候変動には、エルニーニョなどの自然変動、内部変動も含まれています」と隈さんは言う
「climate changeが気候変動と翻訳されているのは誤解のもと。気候変動には、エルニーニョなどの自然変動、内部変動も含まれています」と隈さんは言う
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 また、20世紀以降の100年間、全国の気象台の観測に基づくデータでも、猛暑日や大雨の発生件数はどちらも増加傾向にあります。都市化の影響の小さい観測点13地点に限定しても猛暑日は増加傾向にあります。

 一方で、台風の発生数や強い台風の割合については、温暖化による影響はまだ確認されていません。

異常気象はいつの時代も起きている

 近年、大雨などの異常気象が続くと、すぐ「地球温暖化のせい」だとセンセーショナルに報道されますが、これは言葉が足りず、正確ではないと思います。

 2004年には10個の台風が襲来、さらに新潟・福島豪雨や福井豪雨があり、甚大な人的被害をもたらしました。気象庁予報部で防災の元締めの仕事をしていた私は、「これは尋常ならざることが起きているな」と思いました。しかし、今振り返ってみると、2004年の台風や大雨も、基本的には自然な変動であり、まれに発生する異常気象の一つだったと思っています。

 私はnote上のコラムで、江戸時代から、明治、大正、昭和、平成、令和に至る歴史的な災害を紹介しています(「 過去の自然災害から学ぶ(その1) 江戸時代から伊勢湾台風まで 」「 過去の自然災害から学ぶ(その2)伊勢湾台風以降 」「 伊勢湾台風以降の主な気象災害 」)。これを見ると、地球温暖化があろうとなかろうと、いつの時代も異常気象は起きていることが分かります。

温暖化すると異常気象の確率が上がる

 では、異常気象というのは100%内部要因によるもので、地球温暖化とは関係ないのでしょうか。そうではありません。

 近年、気候変動の議論で台頭してきた考え方に「イベントアトリビューション」というものがあり、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書にも掲載されています。イベントとは異常気象などの「事象」、アトリビューションとは「~のせいにする」といった意味です。イベントアトリビューションでは、温暖化は異常気象の主要因ではないが、異常気象の発生に影響を及ぼし、発生確率を上げているとしています。

 もっともクーニンさんは、イベントアトリビューションに批判的です。「科学の特徴は、結論を観測によって検証することにある。だが気候アトリビューション研究ではそれがほぼ不可能だ。まるで『宝くじが当たったのは私の影響です』と当たってから言い張る霊能力者のようだ」(本書137ページ)と、手厳しいです。

 しかし、記録的な猛暑については、地球温暖化によるベースとなる気温の上昇がないと内部変動だけでは説明できない、ということが気象研究所などでの研究で明らかになっています。一方、豪雨のイベントについては、温暖化の影響でどれくらい発生しやすくなったのか、という評価ができるようになっています。四方が海に囲まれている日本では、「温暖化による海水温度上昇 → 水蒸気の増加 → 大雨の増加」という流れで、大雨の降る確率が上がっていることは科学的にも理解しやすいです。

気象予測と地球温暖化予測の違い

 気象の予測と地球温暖化予測には、一つ大きな違いがあります。気象の予測は、時間がたてば白黒がはっきりします。ですからその結果の検証をして、モデルの改善を図っていくことができます。

 これに対し、地球温暖化予測は50年、100年先の話ですから、その予測モデルの結果が正しかったかどうかは、相当長生きをしないと分かりません。検証が不可能で、かつ不確実性を含む予測をもとに、私たちはどうすべきなのか。これは、社会の側に突き付けられた課題だと思います。

 気象の数値予測の世界では、欧州諸国が出資して設立した欧州中期予報センター(ECMWF)がトップを走っています。日本の気象庁もECMWFのノウハウを技術開発に生かしていくとともに、ECMWFの予測結果も参考にするようになってきています。

「気象予測のいいところは検証可能であることです」
「気象予測のいいところは検証可能であることです」
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 あるECMWFの研究者は、日々の天気予報で使っているモデルを衛星データなどで科学的に検証しつつ改良を進め、その延長線上で気候変動の予測も行っていくことが重要だと話していました。

 気象庁は1959年に最初のスーパーコンピューターを導入して数値天気予報を開始し、現在、10代目のスーパーコンピューターで日々気象予測を計算しています。コンピューターの計算速度が速くなれば、予測モデルの「格子」をより細かくできるので、予測の精度が上がります。現在のモデルは地球全体を20km四方の「格子」で捉えています。今後は12~13kmにする計画もあります。

 このように日々の検証を通じて気象シミュレーション技術を鍛え上げていくとともに、気象や気候変動のメカニズムやプロセスを解明していく必要があります。気象シミュレーション技術の精度を高めていくためには、スーパーコンピューターの計算能力の向上とともに、こうした研究開発の進展がまだまだ必要です。

 異常気象はもともと過去にも発生していたものですし、猛暑や大雨などが地球温暖化の影響を受けて増加しつつあるという前提のもとに、これらに備える対策(適応策)を進めていくことは、気象予測の精度向上を待つまでもなく、行うべきものと考えます。

取材・文/桜井保幸(日経BOOKプラス編集部) 取材・構成/沖本健二(日経BOOKSユニット第1編集部) 写真/木村輝

温暖化論議に一石を投じる米10万部超ベストセラー

気候変動に関する科学の情報は、大元の文献から一般に伝わるまでの間にねじ曲がっていき、誇張や噓がまかり通っている――著者のスティーブン・E・クーニンはこう主張します。科学は本当のところ、何をどこまで言っているのか。米国で10万部超のベストセラーになった話題作です。

スティーブン・E・クーニン著/三木俊哉訳/日経BP/2420円(税込み)