「ユニクロ」などを運営するファーストリテイリングの社名には、同社を成功に導いたコンセプトが表れています。創業者の柳井正氏が、社内で経営者を育てるために書いた『 経営者になるためのノート 』(PHP研究所)を、コーン・フェリー・ジャパン前会長の高野研一さんが読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。

最高の商売とは何か

 柳井氏は、「最高の商売というのは、ひとつの完成された商品だけで大量に売れるような商売をすること」だと言います。アップルをイメージしてみれば、その言わんとするところは明らかでしょう。そのためには、捨てる勇気、集中するための自信が必要になります。売れるという自信の持てる商品を絞り込み、徹底的に回転させることで、売り上げを2倍、3倍にできるのです。柳井氏にとってリスク分散とは、自信がないことの表れなのです。それは、顧客から必ず見透かされるといいます。

 リスク分散は資源とエネルギーの分散につながります。結果的に無駄が多く効率の悪い経営になります。それが、企業の体力をそぎ落としていくのです。だからこそ、自信の持てる最高基準のものづくりに集中し、それ以外のことを中途半端に手がけるのをやめることが重要だと説いています。

 もちろん、柳井氏もむやみにリスクを取ったわけではなく、リスクを取るための成功要因を発見しています。それがファーストリテイリングという社名につながっています。それではここでエクササイズを出しましょう。

ファーストリテイリングは直訳すると「早い小売業」となります。柳井氏はファストフードからその名前を取っていますが、早いことがなぜリスクテイクを可能にしたのかについて考えてみてください。

 アパレルメーカーが洋服を企画してから生地を調達し、生産して店頭の棚に並べるまでの間に、従来は半年ぐらいの時間を要していました。半年前に企画した服が売れるかどうかは、ばくちのようなものです。そこで、リスクを回避するために、多品種少量生産が行われていました。

 このため、たまたま流行った服は一瞬で蒸発し、そこから先は欠品状態になっていました。売れることは分かっていても、生産が間に合わないために機会を逸失していたのです。逆に売れない服はいつまでも店の棚を占領し続け、「買いたい服のないお店」ができる構造が生まれていたのです。

 柳井氏はそこに問題意識を感じ、協力工場を通じて自前の製造能力を駆使することで、従来半年かけていたリードタイムを数週間まで短縮したのです。数週間で洋服を生産できれば、売れ筋商品だけを量産し、徹底的に回転させることで売り上げを何倍にも伸ばすことができます。これが「ファーストリテイリング」というコンセプトです。こうした組織能力があってはじめて、フリースやヒートテックのブームを引き起こすことができたのです。

 柳井氏は、「時間というものは、生まれたときこそタダでもらっているが、その先はいくらお金を出しても手に入れることができない。そんな貴重な時間をうまく利用した人だけがこの世の成功者になれる」と語っています。

 時間をうまく活用することで、お客様の欲しいタイミングに、欲しいものが、欲しい量そろっていて、そして最後にそれがちょうどよく売り切れる。そうした状態を実現することが可能になるのです。

 せっかく顧客が店頭に来てくれているのに、自分が買いたい色やサイズがない。それを、「アパレル業界とはそういうものだから仕方がない」と割り切るのか、「それは、単にその商品の販売機会をロスしたに留まらず、ファーストリテイリングに対するお客様の信頼をロスしたことになる」と考えるのかによって、そこから先の発想が違ってくるのです。

柳井氏は「時間をうまく利用した人だけがこの世の成功者になれる」のだと言う(写真/Shutterstock)
柳井氏は「時間をうまく利用した人だけがこの世の成功者になれる」のだと言う(写真/Shutterstock)
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プロの仕事は矛盾と戦うこと

 柳井氏は「できない」と言ってあきらめてしまうのは素人だと言います。プロの仕事は、あえて矛盾と戦って、そこに解決策を見いだすことであると述べています。無意識の世界を活性化し、イノベーションを起こすことで、新たな顧客が創造できると考えているのです。

 柳井氏が最初の都心店として始めた原宿店では、来店顧客の2割ぐらいしか購買につながらないことが次第に明らかになりました。しかも、顧客が隅から隅まで見て回り、いろいろな商品を手に取っては棚に戻すため、大量の商品整理業務が発生することになりました。その一方で、郊外店に比べて賃料が高いので、採算を取ることが非常に難しい状況に直面したのです。

 しかし、試行錯誤を通じて、この矛盾を解決する方法を見いだしていったといいます。そのおかげで、都心部での商売のやり方は徐々に進歩し、銀座店やソーホーニューヨーク店の成功につながっていったといいます。

 ここで、どのような工夫によってそれが可能になったのかは、残念ながら書かれていません。それは柳井氏が引退した後に出版する本を待つしかありません。あるいは、ユニクロの銀座店に通って定点観測せよということなのかもしれません。

もの分かりのいい上司がダメな理由

 最後に、柳井氏は「もの分かりのいい上司からイノベーションは生まれない」とも述べています。われわれは往々にして、社員に嫌われたくないという思いから、もの分かりがいい上司を装いがちなところがありますが、柳井氏はもの分かりがいい上司が、部下の成長機会を奪っていると言います。

 それは、部下に対して要求や質問をしないと、現場の仕事が「作業」になってしまうからです。普通に働いている人は、企業の目的が顧客の創造だとは考えていません。このため、経営者が具体的な状況に即してその思いを伝えていかなければ、社員は顧客の創造を意識しなくなってしまうのです。

 「お客様は、どう思っていると思う?」「次に何をしたらいいと思う?」といった問いを投げかけることで、新しい刺激を部下の無意識の世界に投げ込み、検索パターンを揺さぶる(連載第2回「 柳井正 なぜ『目標を高く持つ』ことが必要なのか 」参照)必要があるということです。それが、顧客に関心を持ち、想像力を働かせて仕事に取り組む人を育てることにつながるのです。

 柳井氏は「人生と対決するようにして生きる」ことを次世代の経営者に求めています。自分および周囲の発想を広げるために、絶えず視座を引き上げ、視野を広げ、新しい刺激を無意識の世界に送り込みます。それが既成のモノの見方を揺さぶり、新しい選択肢やイノベーションを生み出していきます。そうやって社会的な使命や理想の実現を追求することが、経営者としての生き方と考えているのです。

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