多くのユーザーが日頃行っている活動への影響が大きいと考えられるAIエージェントについて、注目すべき事例を取り上げて紹介していく。各事例は、今まで個人によってばらつきがあった作業効率や作業品質といった能力が、人工知能(AI)の力によって誰が実行しても一定の効率と品質を担保できるようになるといった、人の作業効率を底上げする事例である。第3回は「申請の自動化」について。新刊『AIエージェント革命 「知能」を雇う時代へ』から抜粋してお届けする。
確定申告や給付金申請の負担を軽減
最後に取り上げるのは申請の自動化である。前述の項目ではそれぞれ特定の機能やサービスを軸にした事例を紹介したが、本項では申請に関する生成AIの活用事例をピックアップし、トレンドを踏まえた未来について述べてみたい。
申請の代表的なものとして、所得税の確定申告、財産相続の各種手続き、専門実践教育訓練給付金の申請などが挙げられる。これらの手続きは提出頻度こそ個人によって様々ではあるものの、共通して多数の書類を準備し、複雑なプロセスを踏むのは煩雑であり、負担である。
例えば確定申告の場合、会社員で副業収入がある人や個人事業主は自ら所得を計算し申告書を作成しなければならない。初めて確定申告を行う人や、副業で20万円超の所得が発生した給与所得者にとって、税法上の専門用語や経費計上の方法は難解であり、「経費の入力が難しい」「専門用語が多い」と感じる要因になっている。また、遺産相続手続きでは戸籍謄本や財産目録の収集、遺産分割協議書の作成、不動産の名義変更、相続税の申告など、多岐にわたる専門的な対応が必要となる。法律や税務の知識が不可欠で、複数の相続人がいる場合は全員の合意形成も求められるため、個人で進めるには非常に負担が大きい手続きといえる。

他にも教育訓練給付制度など個人が任意で実施できる給付金申請では、制度そのものの認知度の低さや申請手続きのルールを理解する必要があるなど、申請負担に見合わないと感じて申請を断念してしまうケースもある。その結果、本来利用できるはずの制度が十分活用されない問題も生じている。
一方で、申請書式や提出フォーマットは定型化されていることが多く、記入内容についても繰り返し作業や膨大なデータの中から必要な情報を抽出し、適切な項目に記載することが主な作業となる。このため、AIを活用することで効率化やミスの削減を図れる可能性が高い。また、AIであれば申請に関して不足している専門知識をユーザーに提供・補完することも可能であり、手続きの煩雑さから諦めていた給付金の申請などをAIが代行することで、制度のより有効な活用が期待できる。
被告人を「ロボット弁護士」がサポート?
こうしたユーザーの不足している専門知識をAIが補完する申請代行サービスの有名な事例として、米国でのAI法務エージェント「DoNotPay」がある。2015年にジョシュ・ブラウダー氏が開発したこのサービスは、不当な駐車違反切符の取り消しを支援する世界初のAI弁護士ボットとして登場した。ユーザーがチャット形式で状況を入力すると、違反取り消しのための異議申立書を自動生成してくれる仕組みで、リリースから約2年で25万件の相談を受け16万件の罰金取り消しに成功するという画期的な成果を上げている。この成功を受けてDoNotPayは支援対象を広げ、搭載するAIも進化している。2020年にはオープンAIのGPT-3をサービスにいち早く組み込み、駐車違反のみならず移民申請などより広範な法務トピックに対応するようアップデートを実施した。
2023年にはDoNotPayはさらに実際の法廷において被告人をAIがサポートする「ロボット弁護士」の実証という野心的な試みに挑戦した。2025年2月に交通違反の審理で実施予定とされたもので、被告がスマホのDoNotPayアプリを携行し、裁判所でのやり取りをリアルタイムでAIが聞き取った上でイヤホンを通じ発言内容を指示する、という手順でAIが弁護士となる計画だった。しかしこの計画は直前になって「弁護士資格を持たないAIが法定代理行為を行うのは違法の可能性がある」と警告を受けたため断念を余儀なくされた。実際、技術面でも法廷の音声を正確に認識できる保証がないなど課題もあったとされている。
DoNotPayの事例は、生成AIがAIエージェントとして法的書類作成や申請代行に有用であることを実証すると同時に、法規制や倫理面の調整が不可欠であることも示している。日本では交通違反時の罰金の異議申し立てはオンライン化されていないためDoNotPayのサービスをそのまま適用することはできないが、今後各種サービスがオンライン化されることで現実的なものとなってくる可能性はある。
日本では、東京大学出身のAI研究者らが設立したスタートアップ企業2WINSが、2023年11月に「補助金Express」というサービスをリリースしている。入力申請フォーマットとともにどのようなポイントで記載すればいいのか、AIが例を出しつつ人が入力できる仕組みになっている。
このサービスは主に個人事業主などの小規模事業者を対象としており、過去の採択事例データと中小企業診断士、行政書士、税理士などの専門家の知見を学習したAIを搭載している。利用者が必要項目を入力する形式であるため、AIエージェントの事例としてではなく、あくまで生成AIのサービスであるが、オンライン上でいくつかの質問に回答すると、補助事業計画書や経営計画書のドラフトが自動生成される仕組みであり、一部作成作業を代替しはじめている。現時点で対応する補助金は「小規模事業者持続化補助金」と「ものづくり補助金」の2種類に限られるが、AIの専門性・正確性が向上するにつれ、対応可能な申請の種類も人の介入度合いも大きく変わり、より柔軟性・自律性の高いAIエージェントとして提供されていくことが期待される。
申請の自動化は着実に拡大し、その中心的な担い手としてAIエージェントが台頭する未来が訪れるだろう。そのような将来においては、各種申請を行政機関へ直接行うのではなく、第三者サービスを介して行うことが一般的になる可能性が高い。ただし、複数のサービスを使い分けることは利用者に新たな煩雑さを生むため、LINEやPayPayのような消費者接点を持つアプリが、これらのサービスとの窓口として機能し、ユーザーの利便性を向上させる役割を担うことが予想される。
2025年現在、申請の自動化はまだ黎明(れいめい)期にあるが、今後数年の間に技術的および制度的な整備が進み、国内外で多様な消費者向け申請自動化サービスが普及することが見込まれる。その結果、複雑な行政手続きを意識せずに済むような社会が実現する可能性がある。改革が進むことで、「申請」が負担や障壁ではなくなる未来と「法や規律」におけるバランスが今後の論点になってくるであろう。
シグマクシス著/日経BP/2310円(税込み)
