米経営学者のピーター・センゲは、あらゆるレベルのスタッフの意欲と学習能力を生かすすべを見いだす組織、「学習する組織」(ラーニングオーガニゼーション)を提唱しました。学習する組織になるために必要な5つのポイントとは何か? センゲの『 最強組織の法則 新時代のチームワークとは何か 』(ピーター・M・センゲ著/守部信之訳/徳間書店)をPwC Japanグループの森下幸典さんが読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔マネジメント編〕 』から抜粋。

「学習する組織」5つのポイント

 日本企業の組織力とチームワークは、かつて世界で高く評価されてきました。しかし、現在の複雑で変化の激しい環境下において、各企業はその問い直しを迫られています。米経営学者のピーター・センゲが1990年に発表した『最強組織の法則』は、新たなチームワークのあり方への指針を与えてくれます。

 センゲは「これからの組織は、1人の大戦略家の指示に従うのではなく、あらゆるレベルのスタッフの意欲と学習能力を生かすすべを見いだす組織、すなわち、学習する組織(ラーニングオーガニゼーション)であるべきだ」と主張します。そのために必要な5つのポイントを掲げています。

 1つ目は「システム思考」です。それは、自分が直接かかわる個別の事象だけでなく、全体の相互作用を理解し、それを有効に変えていくすべを把握させるための知識とツールの総体です。

 2つ目は「自己マスタリー」です。マスタリーとは習熟度を指し、個々人が習熟度を上げるための努力が組織の活力を生み、ラーニングオーガニゼーションの土台となるという考え方です。

 3つ目は「メンタルモデルの克服」です。我々の心の中に固定化されたイメージや概念を客観的に見直し、その時に良いと判断した内容でも時代や環境の変化に応じて考え方を変えなければならないという意味です。

個々人が習熟度を上げるための努力が組織の活力を生む(写真:shutterstock)
個々人が習熟度を上げるための努力が組織の活力を生む(写真:shutterstock)

 4つ目は「共有ビジョンの構築」です。センゲは「本物のビジョンがあれば、人々は学び、力を発揮する」と言います。そうせよと言われるからではなく、そうしたいと思うから人は行動するとみるのです。

 最後の5つ目は「チーム学習」です。一人一人は優秀でも、組織として優秀かどうかは別の話です。センゲは「素晴らしいチームははじめから素晴らしかったわけではなく、素晴らしい成果を生むすべを、チームが学習したのだ」と強調しています。

問題が発生したプロジェクト

 製造業A社では経営効率化のために、全社的な業務改革と情報システムの刷新に取り組んでいます。顧客管理、モノの流れを一元管理するサプライチェーンマネジメント、会計をはじめ会社の主要な業務を見直し、最終的には各部署の情報が集約されて、経営トップに対して意思決定に必要な情報がタイムリーに提供されることを目指した、大がかりな構想です。

 社長の号令によりプロジェクトが立ち上がり、各部門からエースが集められて、A社内では10年に一度の大改革、という機運でプロジェクトは始まりました。

 メンバーは日頃感じていた問題点を洗い出し、それを改善するためのアイデアを新しいシステムに組み込んでいきます。設計、開発と順調に作業は進みましたが、いよいよシステム全体を連携させてテストする段階に入って、問題が発生しました。

 チームごとに設計、開発してきたシステムそれぞれの品質は十分なものだと思っていましたが、各部門間で接続してみると、データの受け渡しがきちんとされなかったり、不都合な処理が行われたりすることが発覚したのです。

 例えば、営業部門で注文を受ける際に、顧客と取引条件について約束をしますが、どのような支払い条件を提示するかということについて、経理部門の要望が反映されていませんでした。また、ある商品が非常に人気となり、短期間で多くの注文を受けた場合、A社の営業部門はどんどん注文を受け付け、すぐに納品できない場合には予約扱いにします。生産部門は、たまったオーダーを消化するために残業を増やし、それでも足りない場合は増員やそれに伴う教育に多くの労力を費やすことになります。仕入れ部門は、増産に備えて可能な限りの材料の確保に努めます。

メンバーに生まれた2つの「気づき」

 しかし、このやり方では、需要の変動に対応することができません。営業部門が注文を受ける段階で、生産能力や納期の情報をにらみながら、顧客に対して正確に納期を回答し、顧客の意向を確認しながら注文を受け付けることをしないと、予想以上に顧客を待たせたり、品質が低下したりして、結果として信頼を失うことになるのです。

 このとき、各部門のメンバーは、自分の担当業務は熟知していたけれども、それが次の部門に渡った後にどう処理されていたのか、最終的に経営者や取引先にどのような形で提供されていたのかの理解が不足していたことに気づきました。メンバーは至急ワークショップを開き、全体の関連性、相互依存性を確認しながら、設計コンセプトを見直しました。

 また、このプロジェクトの仕事を通じて、各メンバーはもう一つのことに気づきました。それは、一から十まで命令されて動くのではなく、自分で考える姿勢です。特にプロジェクト形式のような一度きりの仕事の場合、後戻りはできません。何度も同じことをやり、結果を出すための方法が確立されたルーチンワークとは違い、プロジェクトでは想定外の出来事もしばしば起こります。起こった事象を冷静に分析し、どのように対応すべきか、自分で考えて迅速に動くことが肝要なのです。

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