組織が複雑な問題に対応したり、革新性や調和を生み出したりするためには、「チーム学習」をマスターすることが必要です。センゲの『 最強組織の法則 新時代のチームワークとは何か 』(ピーター・M・センゲ著/守部信之訳/徳間書店)をPwC Japanグループの森下幸典さんが読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔マネジメント編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。
アイデアをどう実行可能にするか
センゲは『最強組織の法則』で「組織は個人の学習を通して学び、継続的な学習を追求することによって、『学習する組織』(ラーニングオーガニゼーション)が生まれる」と述べています。ここで言う学習は、単に知識や情報を得るためのものではなく、真に望む結果を獲得するための永続的な能力開発のプロセスを指します。
センゲは個人の成長と学習を「自己マスタリー」と定義し、能力と技術だけでなく、心の成長を含めて自己の能力を押し広げ、創造的な視点で生きることが大切だと説きます。そうした姿勢からは単なるアイデアではなく、必ず達成したいという強い欲求に基づいたビジョンが生まれます。組織の成長には、すべての職階に自己マスタリーを持った人材が必要です。
「名案だというアイデアはどういうわけか実行されないことが多い」とセンゲは指摘します。それぞれの人の心の奥底に存在するイメージである「メンタル・モデル」と、新しい見識との間のギャップが原因となります。リーダーはメンタル・モデルの存在を認識した上で、どうそれを変化させ、アイデアを実行可能なものにするかを考える必要があります。
組織の様々な活動への結束をもたらすためには「共有ビジョン」が必要であり、センゲは「1人の人間のビジョンを組織に押し付けてはならない」と説きます。もちろん、最初は1人のアイデアから始まりますが、トップダウンでそれを押し付けるのではなく、理解者を増やす努力が欠かせません。共有ビジョンが普及すれば、それは企業の根幹をなす強固な価値観になります。
共有ビジョンを持った組織のメンバーは、それぞれが一緒にプレーするすべを知っていなければなりません。組織においては「チーム学習」をマスターすることが必要です。これにより、組織は複雑な問題に対応したり革新性や調和を生み出したり、他のチームを育成したりすることが可能になるのです。

新サービス開発に見る「学ぶ組織」
通信事業A社では、顧客に対して新しいサービスの提供を考えており、そのためのビジョン策定に取り組んでいます。具体的には、加入者に対するコールセンターのサービス内容を改善しようという試みです。
ビジョン策定を担うプロジェクトチームは、まず、経営層にインタビューし、次に現場の作業状況を視察して、現状のサービスの問題点や新しいサービスに関するニーズを把握しました。その結果、新しいサービスは「敏感さ」「信頼性」「柔軟性」「可視性」の4つの基本コンセプトに基づいて考案すべきだというアイデアをまとめました。
現場を視察すると、A社の現状では、コールセンターのオペレーターが使用するシステムの使い勝手が悪く、必要な情報に瞬時にアクセスできないことが分かりました。また、複数の加入者からの照会を同時に処理することができず、回答するまで長く待たせてしまっています。システム部門に改善要求をしても、実際に機能が変更されるまでには相当の期間を必要とします。
結果として、加入者からの問い合わせの回数が増えてしまいますし、顧客満足度が低下するリスクにもつながります。プロジェクトチームは、これらを「敏感さ」に関わる課題として認識しました。
次に、プロジェクトチームは、システムの「信頼性」に着目しました。A社では、数々の異なるシステムツール群が存在しており、その世代もまちまちで、全体の整合性をとった管理ができていませんでした。結果として、データの内容が間違っていたり、データそのものが古いといった問題につながったりしていました。
目標達成に向けた「3つの視点」
また、市場環境の変化や現場の改善要求に迅速に対応できないという問題があり、「柔軟性」に関わる課題として認識しました。新しい機能を開発してリリースする際の変更の手順や品質管理にも問題がありました。
さらに、業務のライフサイクルやチャネルをまたがった形で、それぞれの担当者が全体的に物事を見る姿勢が欠けていました。報告に関しても、タイムリーさや一貫性が欠けていました。これらは「可視性」に関わる課題で、ビジネス機会の損失につながります。
これまでのサービスは、画一的で個々の加入者に相対したものではなく、その場で解決できる内容も限定的で、何度も違う担当者につなぎ直さなければなりませんでした。
プロジェクトチームがこのような複雑な課題を4つの基本コンセプトに整理できたのは、経営者へのインタビューに加え、現場の状況を直視するきめ細かい観察によって学び、組織の壁や各メンバーの専門性など、心の内に知らず知らずのうちに固めていた「メンタル・モデル」を変化させることに成功したからといえるでしょう。
その結果、浮かび上がってきた課題を改善し、個々の加入者がワンストップで提案型のサービスを受けられるようにすることを明確な目標として掲げることができました。
この目標達成のために、A社では業務プロセス、人と組織、テクノロジーの3つの視点から、改革を行うことにしました。業務プロセスについては、各部門の業務内容を組織横断的に見直し、業務の重複をなくして集約し、新たな業務プロセスを設計し直しました。具体的には、加入者のアカウントと履歴の情報を参照しやすくしたり、スマートフォンなど様々な方法で問い合わせができるようにしたりしました。
「360度」の視野で漏れなく検証
人と組織については、より良いサービスを提供するために必要なステークホルダー(利害関係者)をすべて取り込んでいるかを検証し、不十分なところは強化しました。サービス品質に関しては、組織をまたがってモニタリングする仕組みを導入しました。
いわばチームプレーによって視野を「360度」に広げ、漏れなく検証したのです。テクノロジーについては、ビジネス要件の変化に迅速に対応するために適したインフラストラクチャーやツールの導入を進めることにしました。
チームは一連の作業を通じて、基本コンセプトを共有し、一緒になってプレーし、学習する方法を習得していきました。その結果、先入観にとらわれることなく、複数の組織にまたがって複雑にからみ合った課題を解きほぐし、新サービスの開発に道筋をつけることができたのです。
そこから打ち出した施策によって、A社は加入者一人ひとりの嗜好や特性に対応したサービスが提供できるようになり、加入者にとってはワンストップでサービスが利用可能になりました。そしてこれらのことは、顧客に対して一貫したブランド経験を提供し、評価を高めることにつながるのです。

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