近年、「チームの一体感を高めたい」「職場への帰属意識を高めたい」「定着率を上げたい」という現場のリーダーの声をよく聞きます。こうした悩みは、働き方や働く時間の多様化だけによるものではないと指摘するのは、法政大学の梅崎教授です。働く個人が仲間になるための基盤となり得る社会全体の「大きな物語」が失われているというのです。それはどういうことなのでしょうか。今の時代、「快適に働く」とはどういうことなのかを、日本社会における仕事の意味を通して見ていきます。

現代日本における「物語の喪失」

  前回 、「職場のメンバーシップの境界を決めるのは、共有された記憶の有無である」と述べた。記憶とは物語と言い換えることもできる。多くの組織は、物語の形で記憶を共有する。

 ただし、分散する職場では時間と場所を共有しないのだから、当然、記憶をスムーズに共有するのは難しく、異なるものを持ち寄って共同性を生み出すネットワーク的記憶の可能性を考察した。

 このような現代の人事の悩みは、日本経済が元気であった時代には思いもよらぬことだ。高度成長期、日本には大きな物語が存在していたのだ。一職場、さらには一会社を超えた社会全体の「物語」である。

 社会全体の大きな物語(Grand narratives)とは、フランスの哲学者、リオタールが『ポスト・モダンの条件 知・社会・言語ゲーム』(1979年)※1で提唱した概念である。近代社会が持つ、科学による発展、抑圧からの解放、人間の理性による平等や幸福の実現に向けた歴史法則があるという認識を意味する。そしてポスト・モダンは、その「大きな物語」への不信感が高まった後になる。

 確かに高度成長期には、「科学や理性によって社会全体の理想が実現する」という信頼があった。しかし、石油ショック以降、徐々にその大きな物語に対する信頼が失われていった。

 いや、まだ景気が良かった時は、見せかけでもあっても「成長=大きな物語」と考えられた。大きな物語が完全崩壊したのはバブル崩壊以後である。

※1 ジャン・フランソワ・リオタール著、小林康夫訳『ポスト・モダンの条件 知・社会・言語ゲーム』(水声社、1989年)

土木映画に見る、社会の「大きな物語」

 大きな物語についてもう少し具体的に語ろう。話は飛ぶようだが、私は土木映画を集めている。

表 私が集めた土木映画コレクション
(制作=キャップス)
(制作=キャップス)
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 なぜ、土木映画なのか。土木工事(もしくはその崩壊)がスぺクタクル・シーンになるのだが、そこで人びとの仕事が輝くからだ。例えば、『戦場にかける橋』は戦場の鉄橋、『火天の城』は安土城、『黒部の太陽』は黒部ダム、『海峡』は青函トンネルが人びとによってつくられる。そこに映されるのは多くの人間が、一つの目的(建造物)に向けて協力して働く姿だ。一人の人間の頭の中にあるすごいアイデアではなく、多くの人が目の前の一つの目的に向かって汗をかくシーンが、観ている人たちの心に何かを訴えかける。

 なお、ここでの一つの目的とは、私的なものではなく、公的なものだ。黒部ダムや青函トンネルは、人びとを助けるために犠牲を顧みずつくられたものだ。『火天の城』では、織田信長は優れた天下人として描かれており、築城を任される名工・岡部又右衛門はその天下(公)を築城という形で支える。最後の仕上げのとき、設計とズレてしまった天守閣を多くの民衆の力によって調整するシーンは、思わず拳を握ってしまう。

 要するに、これらの建造物は、公的な目的(大きな物語)そのものだったのだ。ただ大きい建造物では、それに携わる人たちのつらい仕事を意味づけることができない。例えば、『戦場にかける橋』では、イギリス人捕虜たちによって鉄橋がつくられる。日本軍によって彼らの技術力や労力が利用されているのだ。ところが、イギリス人捕虜のリーダーは、自ら戦争が終わった後に地元民に役立つ鉄橋をつくるという公的な目的をつくり、その誇りによって鉄橋づくりの仕事を動機づける。

 人は、大きな物語の中に自分の物語を発見する。自分のためという動機だけでは、瞬発力があっても持続性がないのだ。

経済成長によって失われた「物語のリアリティ」

 大きな物語が終焉(しゅうえん)したのならば、またつくればいいじゃないかと前向きに考えることはできる。しかし、物語にリアリティが宿らなければ、物語は存在していないのと同じなのだ。

 例えば、石原裕次郎と三船敏郎という名優がダブル主演の『黒部の太陽』は1968年公開だ。映画化すると発表されたのは、黒部ダムが送電を開始した1961年から5年後の、1966年だ※2。世紀の難工事には、なんと171人が殉職している※3。言い換えれば、着工した高度成長の入口の1956年、日本は本当に貧しかった。そして、このダムがどうしても必要だという社会的合意があった。

 一方、TVドラマ版の『黒部の太陽』は、1969年と2009年の二度つくられており、特に2009年版は映画と比べると、受け手の感性に、質的に大きな違いが生まれる。2009年版になると、「公共のために」という物語のリアリティが薄れてくるのだ。

『黒部の太陽』Blu-ray&DVD発売中 Blu-ray:¥5170(税込) DVD:¥4180(税込) 発売元:ポニーキャニオン (c)三船プロダクション/石原音楽出版社
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 実は、このようなリアリティの希薄化は1982年公開の『海峡』においても感じられる。主演の高倉健の名演技が光り、映画の冒頭で1954年に起こった日本海難史上最大の被害であった洞爺丸事故のシーンもある。しかし、1982年の日本は豊かであり、貧しさという「記憶」は、すでに歴史の「記録」になっていたのではないか。

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 1980年代は、経済大国という豊かさの上に「私」が重視される時代であった。一方、『黒部の太陽』や『海峡』の主人公たちは、公的仕事のために家庭生活を完全に犠牲にしている。

 三船敏郎が演じる現場責任者の北川は、娘が白血病に冒されているのに工事現場を離れない。高倉健が演じる阿久津も青函トンネルのために実父や妻子が住む岡山にほとんど帰らない。父が危篤の際にも工事現場の事故対応で帰らないのだ※4

 我々(社会)が理想や夢に向かうという大きな物語があるから、個人の働く意味が見つけやすいのだが、それは要するに、「公(社会)>私(個人・家族)」という不等号が成り立つ世界でもある。

※2 映画化自体が大事業であったことは、熊井啓『映画「黒部の太陽」全記録』(新潮社、2009年)からも分かる。
※3 「黒部ダム、完成50年 殉職171人の慰霊祭開く」(日本経済新聞2013年6月5日 https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG05027_V00C13A6CC0000/
※4 実話を基にした『前田建設ファンタジー営業部』(2020年公開)は「大きな目的」をアニメ『マジンガーZ』の地下格納庫の建設というリアリティがないファンタジーにしている。むしろ家族との絆、尊敬する先輩からの継承、土木技術への愛情、アニメ趣味の仲間意識という複数の小さな物語を丁寧に描くことによって映画を成り立たせているのは興味深い。実際の前田建設で「前田建設ファンタジー営業部」が始まったのは、ゼロ年代の2003年であった。

ゼロ年代の「回想砲」はなぜ不発だったのか

 むしろ、日本人が、高度成長における大きな物語を思い出したのは、バブル崩壊後、不況の長期化が実感されるようになった2000年代(ゼロ年代)である。

 ゼロ年代は、不安と自信が絡み合った時代であった。バブル崩壊後、日本人はすぐに自信を無くしたわけではない。1990年代は、「失われた10年」と呼ばれ、ゼロ年代に入っても、日本経済の成長は緩慢だった。「あれ、戻らない?」と思ったに違いない。まだ余力はあるが、もっと悪くなるという予感もする※5。いやでも、「まだ本気出してないだけ」と言いたい気分も残っていた。ゼロ年代直前の1999年には、モーニング娘。の「LOVEマシーン」がヒットし、日本人は夜な夜なカラオケで、日本の未来を明るく、世界がうらやむものになると歌っていた※6

 さらにゼロ年代に、今にも続く昭和レトロブームが起こったのは興味深い。NHKは『プロジェクトX 挑戦者たち』の放送を2000年に開始し、過去の日本人たちの活躍を振り返った(黒部ダムや青函トンネルの回もある)。CMから始まったダウンタウンの浜田雅功さんが主演のTVドラマ『明日があるさ』が2001年に放送され、2002年には映画化された。このタイトルは、1963年に発売された坂本九の楽曲『明日があるさ』だ。ウルフルズやRe:Japanによって曲もカバーされた。まさしく「Re(繰り返す)」が目指されたのだ。高度成長期の「回想物語」が活力をもたらすという「隠れた戦略」があったのである。

 だが、この「回想砲」は、気分は盛り上がったが、実際の景気回復に対しては不発だった……。

 失われた大きな物語は二度と戻らないのか、というと、そうではない。実は戦後日本は、回想砲に一度成功している。外ならぬ高度成長こそが回想物語を利用したのだ。かつてビジネスパーソンは司馬遼太郎の幕末・明治の時代小説を読んでいた。『竜馬がゆく』の連載は1962-1966年、『坂の上の雲』の連載は1968-1972年である。

 明治維新の大きな物語と戦後日本の成長物語を重ね合わせた大きな回想物語はリアリティを獲得して、仕事を意味付けた。しかし、高度成長とゼロ年代を重ねた回想砲は不発となったのだ。

※5 2005年から2006年まで『週刊ヤングサンデー』にて連載された青春マンガの金字塔に、浅野いにお著『ソラニン』がある。その作中には、目標が曖昧な幸せがただ続いていくことの退屈さと、その幸せがあっと言う間に失われる不安の二面性が表現された、作中曲がある。この時代の「気分」を象徴する歌詞である(その後、実際にASIAN KUNG-FU GENERATIONが曲を付けてヒットさせた名曲である)。
※6 モーニング娘。がゼロ年代というアイドル競争期に頑張って「プラチナ期」を残し、2010年代の「カラフル期」に大成したのに比べて、日本の経済人はこのときに何をしていたのであろうか……。

現代日本企業に残された「表層だけの人情」

 2008年に刊行された快著、浅羽通明『昭和三十年代主義 もう成長しない日本』(幻冬舎)は、昭和レトロブームの心理構造と限界を的確に指摘する。浅羽氏の批判を要約すれば、ゼロ年代の回想は昭和30年代をデオドラント化した「美化された過去」を味わう懐古趣味でしかなかったことになる。以下のような一文こそ、時代の正鵠(せいこく)を射て現在にも当てはまるのだ。

 「昭和三十年代には、平成の現在ではもう失われてしまった『心=人情』があった。そうした定番な言い方は、そろそろ修正されなくてはなりません。平成の現代こそは、宙に浮いたようにただ『心=人情』だけが純粋にある時代なのです。(中略)生産の協働体を構成する各々が『必要』としあっているという筋金(不純物)が、いかにも頼りない『心=人情』を支えていたのです。(p.105-106)」

 高度成長は、もっと汗臭い、必死に「必要=仕事」(と)し合う時代だったのだ。浅羽氏が提唱する「協働の共同体」こそは、明治維新や高度成長に浮上した日本社会、日本企業の「深層的構造」なのだ。

 現在、日本企業は、メンバーシップ型という言葉がジョブ型との対比で語られる。このメンバーシップという言葉には、緩いお仲間たちの長期雇用×年功序列というイメージしか喚起されず、協働が現れない。まさに人情だけ「表層的構造」だ。

 『明日があるさ』のリメイクが、吉本興業の全面協力によって出演者(芸人)たちの「疑似・拡大家族経営主義」を想起させていたこと、その後の2019年に起こった闇営業問題に端を発する吉本興業の騒動につながったことを思えば、家族×仲間のような人情のイメージではなく、協働の共同体という深層イメージこそ浮上させねばならない。

 日本のビジネスパーソンは、「仲良くなるために」働いていたわけではない。その裏側には、相互の必要によって協働が生み出されていた。「働いて、働いて仲間になった」のだ。

◆今日のひと言◆
仲が良いのがいいチームではなく、本気で働くといいチームが生まれる。

(イラスト:PureSolution/stock.adobe.com、Visual Generation/stock.adobe.com)
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