ビッグテックはグローバル化+民主主義を前提とする環境のもと、国家主権が後退した空間で成長を遂げた。しかし、彼らがアプリストア、クラウド、ID、広告、AIモデルを通じて国家に似た機能的主権を獲得するにつれ、サイバー空間への主権を取り戻そうとする国家権力と必然的に衝突するようになった。本特集では、書籍『 デジタルインフラの地政学 インターネット データセンター AI 急所を握るのは誰か 』(日経BP)から抜粋し、中国型のサイバー主権、欧州型のデジタル主権、米国型の安全保障化したマルチステークホルダーモデル、そしてビッグテックの機能的主権が衝突する構図を明らかにする。第2回は「米国のサイバー空間の変質」について。
米国の技術覇権とその変質
米国は歴史的に、サイバー空間に対する国家主権的な統制を前面に出すことを避け、情報の自由な流通(Free flow of information)やマルチステークホルダーモデルを掲げてきた。しかし近年は、国家安全保障を理由に特定国のアプリや通信網を排除し、自国の技術基盤とデータを防衛する方向へ傾いている。これは「サイバー主権」でもEU型の「デジタル主権」でもなく、自由流通モデルの安全保障化であり、事実上のデジタル保護主義である。
エンティティリストの運用拡大と外国直接製品ルール(FDPR)は、一定の米国技術・ソフトウェア・製造装置に由来する第三国製品にも米国の輸出管理を及ぼしうる強力な規定だ。海底ケーブル分野では、米国の省庁間組織Team Telecom(チームテレコム)を2020年の大統領令で制度化し、中国企業の参画や香港への接続を理由に複数のケーブル計画の許可停止やルート変更を強いた。
2020年に第1期トランプ政権のポンペオ国務長官が打ち出したクリーンネットワーク構想は、米国の自由流通モデルが安全保障を理由に保護主義化していく転換点となった。中国通信事業者の排除(Clean Carrier)、中国製アプリの排除(Clean Store)、中国企業による米国製アプリへのアクセス制限(Clean Apps)、中国企業による米国データの保管禁止(Clean Cloud)、中国企業が関与する海底ケーブルの排除(Clean Cable)。5領域で中国の技術的プレゼンスを包括的に排除する構想だった。
米国務省の発表では60カ国以上が賛同を表明した。事実上のデジタル・デカップリング宣言であり、自由で開かれたインターネットを標榜する米国自身が、物理層から論理層まで中国を排除する、実質的なブロック経済を構築しようとした起点だった。
米国市場からの中国国有通信事業者の排除
クリーンネットワーク構想の中核だった「Clean Carrier」は、単なる政治スローガンでは終わらなかった。排除措置の一部は構想発表に先行して始まっていた。FCCは2019年から2022年にかけて、中国系通信事業者の214条申請を拒否し、また既存認可を取り消していった。
口火を切ったのは2019年5月9日、FCCが中国移動アメリカ(China Mobile USA)の電気通信法214条申請を全会一致で拒否した一件である。同社は2011年以降8年にわたり審査中だったが、中国政府による所有・統制が国家安全保障上のリスクと判断された。安全保障を理由に214条申請を拒否した極めて異例の事例である。
次の段階では、既存事業者の免許剥奪(はくだつ)へと進んだ。FCCは2021年10月26日、中国電信アメリカ(China Telecom Americas)の214条免許を全会一致で剥奪し、60日以内のサービス停止を命じた。同社は2002年から米国で免許を保有し、約20年にわたり事業を運営していた。FCCは、中国政府による影響・統制を受けうること、FCCへの説明の信頼性、過去の保証書簡で定められた情報セキュリティ・通知義務への順守状況などを問題視した。
2022年1月27日には、中国聯通アメリカ(China Unicom Americas)の214条免許を全会一致で剥奪した。FCC委員長ジェシカ・ローゼンウォーセルは剥奪理由を「政府支援アクターによるスパイ活動、企業秘密の窃盗、米国通信の収集・破壊・誤誘導の機会を提供する」と明示し、「機会の提供そのものが問題であり、実害発生を待つ必要はない」と予防的措置の正当性を強調した。
同年3月16日には、CITIC Group(中国中信集団)が保有するPacific Networks Corp.とComNet(USA)LLCの214条免許も4対0で剥奪された。CITIC Groupは中国国有持株会社(中央企業)の一つで、FCCは、両社が中国政府の影響・統制を受けうる所有構造にあること、またその所有関係や支配関係の開示をめぐる問題を国家安全保障上の懸念とした。
これらの連続措置により、中国国有通信4社(中国移動・中国電信・中国聯通・CITIC子会社)は、表面上は2022年までに米国の認可通信事業者市場から排除された。連邦議会上院常設調査小委員会の2020年6月報告書「米国ネットワークへの脅威:中国政府所有事業者の監督」がその論拠となり、FCC、司法省、国防総省、国土安全保障省の連携によって執行された。
PLCNなどでアジア側陸揚げ地として予定されていた香港ルートが不許可とされたのは、この構想の具体的帰結である。
認可取消後の米国内の残存サービスと相互接続権の制度化
214条認可の取消にもかかわらず、米国の懸念は完全には解消しなかった。中国移動、中国電信、中国聯通の中国国有三大キャリアが米国内での公衆向け通信サービスから締め出された後も、これらの事業者は米国通信網内にIPトランジット、ピアリング、PoP(接続拠点)施設、限定的なデータセンター運営を通じて「残存」していた。事業認可は、顧客に通信サービスを提供する権利を規制するものにすぎない。ネットワーク事業者として米国内に接続点や設備を持つこと自体を、直ちに禁じるものではなかった。
この残った事業や設備への対処として米国規制当局が選んだ次の一手が、2024年4月のネット中立性規則の復活であった。ブロードバンド・インターネット接続サービス(BIAS)を電気通信サービスとして再分類し、中国国有系事業者に対しBIAS 提供の停止を命じた。しかしこの規則は施行予定日を前に連邦控訴裁判所により停止され、2025年1月に無効とされたため、効力を持つには至らなかった。仮に発効していても、IPトランジット、ピアリング、PoPの運営自体はなお規制の網の外に残るものだった。
2025年10月15日、FCCはこの空白に対する一段の手当てとして、香港の通信事業者HKT(International)に対する事業認可取消手続きの開始を表明した。HKTは香港最大の通信事業者であり、親会社PCCWの第2位株主として中国聯通が18%を保有する。中国本土の三大キャリアと同等の安全保障リスクが香港事業者にも認められると判断した点で、米国規制当局の地理的射程の拡大を示す措置であった。香港の地位を本土と同視する整理は、2020年の香港国家安全維持法以降の米国の対香港政策と整合する。
そして2026年4月9日、FCCは「国内通信サービスにおける国家安全保障上の脅威への対応」と題する規則案告示(Notice of Proposed Rulemaking, NPRM)の草案を公表した。WC Docket No.26-82として整理されたこの提案は、4月30日の公開委員会で採決にかけられた。
FCC提案の三本柱
提案の中核は3点にある。第1に、指定事業者リスト(Covered List)に掲載された事業者によるデータセンターおよびPoPの米国内運営を禁止する。第2に、米国内で営業する電気通信事業者に対し、リスト掲載事業者との相互接続を禁止する。第3に、中国Huawei(ファーウェイ)やZTE(中兴通讯)など指定機器ベンダーの装置を設置する事業者についても、米国事業者との接続を制限しうる枠組みを設ける。第3点は、規制の対象を米国外の通信事業者にまで実質的に広げるものだ。いわば、カスケード型の排除条項である。
法的に重要なのは、この提案が1934年通信法第214条の包括認可(blanket authority)から、指定事業者を除外する形をとっている点である。包括認可は事業者ごとの個別審査を経ずに国内州際通信サービスの提供を認める制度で、戦後の通信自由化を支えてきた基盤的枠組みにあたる。
FCCはこの包括認可規則(47 CFR §63.01)を改正し、指定事業者リスト掲載事業者を将来にわたって自動的に対象外とする方針を提示した。掲載事業者による個別申請は可能だが、行政府機関で構成されるTeam Telecomによる安全保障審査を経なければならない。前節で論じた214条認可取消が「個別事業者の認可剥奪」だったのに対し、本提案は「指定事業者リスト掲載事業者全般を制度的に締め出す」設計である。事後的・個別的措置から事前的・包括的措置への転換である。
米国の規制の焦点は大きく移っている。米国規制当局は、これまで「事業を営めるか」「サービスを提供できるか」を順に問うてきた。そしてついに、「誰と物理的・論理的に接続できるか」という問いに到達した。インターネットの基層的契約としての相互接続が、国家による許認可対象として再定義される。

(書籍『デジタルインフラの地政学 インターネット データセンター AI 急所を握るのは誰か』を基に再編集)
[日経クロステック 2026年6月29日付の記事を転載・改題]
白畑真(著)/日経BP/3190円(税込み)
