前回はメタバースに関する誤解に焦点を当てたが、今回は親和性の高いゲームをテーマに取り上げたい。
実はメタバースのようなバーチャル空間は過去にいくつも存在している。例えば、筆者らが学生時代に熱中したMMORPG(多人数同時参加型オンラインRPG)は、「オンライン上の空間である」「コミュニケーションが存在する」「経済活動が存在している」という点では、すでにメタバースの構成要素は満たしている。現状でMMORPGの開発・運営側が自らの展開するゲームをメタバースと明言しているものは少ないが、ゲームとメタバースの区別はより曖昧になっていくだろう。
MMORPGは、インターネットを通じて多くのユーザーが1つのワールドで冒険を行う形式のゲームだ。1997年に発表された「ウルティマオンライン」、98年にサービスが開始された韓国の「リネージュ」、2002年に開始された「ラグナロクオンライン」、日本発では02年に開始された「ファイナルファンタジーXI」や、10年に開始された「ファイナルファンタジーXIV」など多くのタイトルが存在する。
では、メタバースを理解するのに役立つ、MMORPGにおける経済活動、コミュニケーションについて、詳しく見ていこう。

MMORPGでは、経済活動が当たり前のように行われてきた歴史がある。例えば、モンスターを倒すとゲーム内の通貨が取得できる。プレーヤーはこれをためて、NPC(ノンプレーヤーキャラクター。ゲーム内のキャラクターとして設置されたプログラム)から回復アイテムや能力上昇アイテムを買えるほか、プレーヤー同士の交流の中でアイテムを売買できる。
売買のメインは、特定のモンスターを倒すと一定の確率で取得できる(DROPするという)レアアイテムだ。ユーザーはゲーム内通貨をためて、プレーヤー同士の交渉でレアアイテムを売り買いする。「あくまで交渉によって」ということもポイントで、気に入らない相手には売らないことや、逆に気に入った相手、仲間には無償で譲るといったコミュニケーションも可能。経済活動が単にシステムだけではなく、ユーザー同士の織りなすコミュニケーションと密接に関係しているのがMMORPGの面白いところだ。
また、このように経済活動ができてくると、アイテムの「相場」が少しずつ生まれてくる。
例えばAというアイテムは100の価値がある、Bというアイテムは1カ月前に50の価値だったが、今は80まで値上がりした……というように、ユーザーの需給によって相場が変動する状態だ。そのため、仲間内では「今のAの相場はいくら?」と聞いてアイテムを売りに出すことがあるなど、コミュニケーションにつながっていた。
この経済活動をゲームの運営側から見てみると、より面白いことが分かる。ゲームの運営は、例えばモンスターから取得できるゲーム内の通貨の量を減らすこと(通貨の発行量を減少させる)や、ゲーム内のNPCから購入する必需品の価格を上げる、または種類を増やす(通貨の吸収を行う)ことで、ゲームワールド全体に流通する通貨の量をコントロールできる。これにより、物価を調整するという、いわば中央銀行が行う金融政策のようなことが理論上は可能である。
さらに、MMORPG内ではモンスターからDROPするアイテム自体の取得率をコントロールすることも可能だ。そのため、値上げさせたい特定のアイテムの取得率を絞ることや、その逆を行うことでも物価の調整ができる。メタバースでも、NFT(非代替性トークン)などを用いてモノの供給量を絞るような取り組みや、メタバース内で流通させる通貨を開発する暗号資産決済のアプローチなどがある。MMORPGでは、それに似たようなことが20年以上前から行われてきたといえる。
経済活動について触れたので、オンラインゲームに付きものの「RMT」も解説しておきたい。RMTはReal Money Trade の略で、ゲーム内だけで使われている通貨やアイテム、ゲームアカウントそのものなどを、現実のお金で売買する行為である。多くのゲームでは利用規約上禁止されているが、筆者のプレーしていたゲームを含め、ひそかにRMTを行うユーザーもいたのが実態である。また、オンラインゲーム大国である韓国では、子供にお年玉のような感覚でゲーム内通貨を買ってあげる親もいるとの話もあり、RMTがゲーム文化に溶け込んでいる。
オンラインゲーム上でのRMTは、メタバースに対して多くの示唆を与えてくれる。つまり、仮想世界内の通貨を法定通貨に「両替」するような動きは、(規約違反とはいえ)古くから行われていたということだ。
そうしたゲーム内で何が起こったかといえば、賃金の安い海外のプレーヤーを雇ってゲームをプレーさせ、その成果であるゲーム内通貨やアイテムを買い取る業者が出てきたり、近年では自動でゲームをプレーする「BOT(ボット)」と呼ばれるツールを販売する業者、利用するプレーヤーが出てきたりしている。それにより、ゲームバランスが大きく乱されることが問題となっている。メタバースでも、内部で流通する通貨を開発した際には必ずチート(ずる)行為が問題になる場面があるだろう。
RMT問題を考えるのに、もう1つ面白い題材が「DiabloⅢ(ディアブロⅢ)」だ。米ブリザード・エンターテイメントが12年に発売したゲームで、オンラインで複数人同時プレーもできる。いわゆる「ハックアンドスラッシュ」と呼ばれる、敵を倒して通貨や強い装備、アイテムを獲得し、それを使ってまた強い敵に挑んでいく……という構造を持ったゲームである。
その最新作として発表されたディアブロⅢの初期には、「オークションハウス」と呼ばれる仕様があった。ここでは、ゲームで手に入れたアイテムや装備を米ドルと連動させたゲーム内通貨で売買できた。しかし、この試みはゲーム内バランスを取ることに失敗した。アイテムのDROP率が低く、オークションハウスで買わざるを得ない仕組みを取ったことで評判が悪かったためだ。後にオークションハウスは廃止され、大幅な変更を迫られることとなった。いかに仮想世界内での通貨制度を維持することが難しいかを示した例といえよう。
ゲームから学ぶ「4つの要素」とは
コミュニケーションについては、何もゲーム内でチャットができるだけではない。ほとんどのMMORPGのゲームシステムにおいて、「ギルド」や「血盟」「同盟」などと呼ばれるような団体を形成する仕組みが用意されている。その団体の中でしかできない協力型のミッションや所属プレーヤーが一緒に探索するダンジョンがあったり、団体同士を対抗させたりし、数々のドラマが生まれている。
コミュニケーションはシステムに規定された(意図された)要素だけで行われるわけではない。例えば、筆者がプレーしていたMMORPGでは、毎週定期的にユーザーが自発的にクイズのイベントを行っていたり、床に置いたアイテムでアートを作ったりと、システムで予定されていない要素で楽しむユーザーも出てきていたのが特徴的だった。このような偶発的なコミュニケーションが生まれることも醍醐味の一つである。
また、MMORPGのコミュニケーションに欠かせないのは、「コミュニティー意識」である。MMORPGの中にはおおよそ1人では倒せないようなボスを、ワールド単位で協力して倒すようなイベントがある。このとき、1つの目標に対してコミュニティー全員が強力に結び付き、ある種、異様な連帯感を生み出すことがある。
ゲームデザイナーで代替現実ゲーム(ARG)研究者であるジェイン・マクゴニガル氏は、こうしたゲームの中でもたらされる努力による勝利のことを「Epic Win(直訳すると壮大な勝利)」と呼んでいる。マクゴニガル氏はさらに、ゲームの中には大きく4つの重要な要素があるとする。
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(1)Urgent Optimism:成功への希望はあるか
多くのゲームでは、人は必ず「自分はこのゲームをクリアできる」と信じてプレーしている。良いゲームは常に成功を意識させるが、それは「失敗をしない」ということではない。ゲームオーバーさえ楽しいと思わせるような「楽しい失敗」を設計し、Small WinとSmall Lossを繰り返すことが重要である。
(2)Social Fabric:ゲームにおいて、人々は強固に結び付けられる
例えば、筆者が経験したMMORPGでは、グループ単位が協働してゲームを行っており、難しい敵にも協力して作戦を練って立ち向かうことができた。また、掲示板やTwitter、現在ではコミュニケーションツールのDiscord(ディスコード)といった外部ツールを使って、ゲーム外でも連絡を取り合っている点も特徴的で、ゲームの中だけではない連帯感がある。
(3)Blissful Productivity:人間は本来、生産性を喜びとする
ゲームの中では、自分が何を成し遂げたか、何に影響を与えたかという多くの部分が可視化されている。これによって喜びが生まれている。例えば、レベル上げをすることが快感につながるのは、その典型例だ。また、誰かのために協力してクエストをこなしてあげたり、誰かのためにアイテムを獲得、あるいは制作してあげたりするなど、誰かにとって生産的であることで人は喜びを見いだすことができる。
(4)Epic Meaning:何か壮大な目標に向かっているか?
筆者がプレーしていたMMORPGでは、絶対倒せないと思われていた強力なボスモンスターを皆で倒すイベントを計画した1人のプレーヤーに賛同者が続々と現れ、力を合わせて討伐に至ったという記録ができた。このような壮大な目標に対し、連帯感を持って取り組めるかどうかは、ゲームが生む「幸せ」に直結しているといえる。
以上、マクゴニガル氏が指摘するように、ゲームだけが持つ重要な役割があるとするなら、その役割をそのままメタバースに適用することも可能ではないだろうか。そこで重要になるのは、人と人とのつながりであり、「人のために何かをしたい」と思う気持ちが働くメタバースを作っていくことだ。ゲームの世界であるように床に落としたアイテムでアートを作って遊ぶなど、一見「意味がない」ような、それでいて「余裕=遊び」の多い仕掛けを取り入れることは、メタバースにとっても有用なものになるはずだ。
そう考えると、ゲーム会社は今後メタバースの構築において重要な役割を担うだろう。現に22年1月、米大手ゲーム開発会社のActivision Blizzard(アクティビジョンブリザード)の買収に絡んで米マイクロソフトのサティア・ナデラ会長兼CEOは、英フィナンシャル・タイムズの取材に対して、「このようなインタビューも近い将来にはアバターやホログラムで作られた会議室で行われるようになる。そして、それと同様のことをこれまでずっと行ってきたのはゲームだ」と発言している。
また、ソニーグループは22年5月18日に開催された経営方針説明会で、メタバース領域にも注力することを発表した。買収を表明していた米Bungie(バンジー)と、メタバースを活用したゲームなどを25年までに10タイトル投入するとした。
ソニーは近年、「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」ことをパーパスとして掲げているが、今回の経営方針説明会でも「感動」という言葉は何回も吉田憲一郎会長兼社長CEO(最高経営責任者)の口から聞かれた。吉田氏は「メタバースはソーシャル空間だが、映画・ 音楽・アニメなどが交差して広がるライブエンタメ空間」と強調し、ソニーのコンテンツをより生かせる場と位置付けた。また、開発中のVRヘッドセット「PlayStation VR2」にも触れ、内蔵カメラで利用者の視線の動きを検出する機能でプレーヤーの視野を中心に映像を高解像度で描写する「仮想空間に入るためのキーデバイス」であるとの見方を示した。
将来のメタバースにとって特に重要なのは、ゲームが培ってきた「豊かな体験の技術」だろう。心地いいUI(ユーザーインターフェース)やUX(ユーザーエクスペリエンス)を生み出す技術と言い換えてもいい。ゲームは生活必需品ではないが故に、ユーザーに快適で楽しい体験をどのようにしてもらうかに特化した作り込みを行っていく。
例えば、「失敗したときでも楽しい」設計をすることで、「もう1回遊ぼう」とプレーヤーをその気にさせる仕掛けが考えられているゲームもある。また、そもそもプレーヤーがゲーム内のマップ間を移動するときに酔わないようにする技術や、いかに自然に歩かせるか、風景をどのようにダイナミックに動かしていくかなど、ゲーム産業はメタバースを構築するためのさまざまな要素技術の宝庫といえる。
今後はゲーム業界からの人材の引き抜きや、ゲーム会社そのものの買収による「Acqui-hire(アクハイヤー、買収する、雇用するの造語)」が加速していくだろう。
(この記事は、書籍『メタバース未来戦略 現実と仮想世界が融け合うビジネスの羅針盤』の一部を再構成したものです)
[日経ビジネス電子版 2022年6月27日付の記事を転載]
2021年10月、旧米フェイスブックが社名をMeta Platforms(メタプラットフォームズ)に変更し、メタバース関連へ年間100億ドル(約1兆3500億円)もの投資を行うことを公言したことで号砲が鳴った「メタバース狂騒曲」。NFT(非代替性トークン)やWeb3(ウェブスリー)、デジタルツインなど、関連するバズワードが入り乱れる中、その「本質」と「真価」を見通すのは容易ではありません。
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