現状のメタバースと呼ばれているサービスは、将来“当たり前”となったメタバースの姿から振り返ると、あまりにも初期のものかもしれない。今、インターネット黎明(れいめい)期に作成していた「ホームページ」を見ると、何とも言えない懐かしい気持ちを感じるように――。
なぜなら、将来目指されているメタバースを構成する要素は、2022年の段階では部分的に実現されているにすぎないからである。また、あるサービスが特定の要素を満たしているとしても、その技術レベルは最終的なものには到達していない。
では、今後のメタバースの発展に向けて、企業はどのようにビジネスを組み立てていけばいいのか。仮想空間で考えられるビジネスポジションは、大きく以下の4つに分かれる。
- (1)メタバースの基盤をつくる役割
- (2)モノづくりをサポートする役割
- (3)メタバースでモノづくりを行う役割
- (4)メタバース上でサービスを提供する役割
以上が、メタバースの担い手、供給側となる企業のポジションだ。これに加え、メタバースに参加するユーザー自身、つまり市場における需要側が存在する。下図のように現状~25年ごろをメタバースの「黎明期」、25年~30年ごろを「普及期」、30年以降を「定着期」とフェーズごとに分けて考えると、それぞれ期待収益とコストが異なる。下側(メタバースの基盤をつくる役割)にいくほど将来の期待収益は高いものの、投資コストは莫大になるという関係だ。では、1~4の供給側のビジネスポジションを詳しく見ていこう。
(1)メタバースの基盤をつくる役割は、メタバースのプラットフォームなどを提供するプレーヤーである。ユーザーがメタバースを体験するときに意識することすらない無数のベース技術を開発し、受け皿を整え、維持する役割だ。現実世界では、この役割は自然界が担っているが、メタバースにおいては、すべて人工およびAI(人工知能)が生成・維持すると考えられる。ハードウエアやプラットフォームなど、メタバースのバリューチェーンの多くがこの役割に該当する。
現時点では、このメタバースの基盤をつくる動きが非常に活発だ。現状はユーザー数も活動も少ないため、基本的にマネタイズが見込めない一方で、将来に向けたインフラ投資として大規模な研究開発が必要となる場合が多い。普及期にはユーザー規模が拡大するため売り上げが立ち始めるが、規模拡大に伴う新機能実装のニーズも多く、アップデートに追われることとなる。定着期になって安定的な高収益が実現するほか、乱立した競合サービスの数が減り、環境としてはようやく一区切りとなる。

(2)モノづくりをサポートする役割は、19世紀の米国でブームとなったゴールドラッシュでは、金山を掘り当てた人よりもスコップやジーンズを売っていた人が一番もうけたといわれるが、それと同様の役割である。メタバースにおけるスコップとジーンズは、メタバースでモノづくりをする人たちへのサポート機能だろう。メタバースが普及したときに各プラットフォームにおけるワールドやアバターをつくるためのツール、その基となる3DCGをつくったり管理したりするツールは、継続的にニーズが発生する。
ツールを使うクリエーターの数に依存するため、現時点は研究開発が先行し、投資になるが、普及期に入ると爆発的にクリエーションのニーズが高まるため、徐々にマネタイズが成立し始める。プレーヤーも多く登場するだろう。定着期に進むと、クリエーターの数がさらに広がる一方で、より簡単に表現できるツールが求められるようになり、既存の定番ツールをひっくり返すような新たなツールが登場する可能性が高まる。
基盤づくりと同様、中長期的な投資に向くが、クリエーターから収益を上げるため、よりマネタイズの時期は早く、売り上げ規模は小さくなりやすい。また、ゲームエンジンなど既存のツールが追加的に機能実装する例も多く、すでに競争環境が現出している。
次に(3)メタバースでモノづくりを行う役割だ。クリエーターと一言でくくってしまっているが、メタバースにおけるクリエーターはプログラマーなどの開発者からデザイナー、アーティストなどさまざまな職種が含まれる。
特にワールドをつくるワールドクリエーターは、世界の仕組みそのものを生成する役割となる。そのため、3DCGの見た目をただつくるだけではなく、物理法則の決定のほか、そこで起こる現象のアルゴリズムの実装を組み合わせたり、そもそもの筋書きである物語を考えたり、企画を練り上げたりする必要があり、まさに「芸術と技術のコラボレーション」が必要となる。
メタバースのクリエーターにゲーム業界出身者が多く、メタバースの制作がゲームをつくる技術と親和性が高いとされているのは、まさにゲーム制作がメタバースをつくる行為と似ているからだといえる。もちろん、メタバースには経済圏が含まれたり、人と人との関係から社会性を伴ったり、現実の再現という側面もあったりと、ゲームの枠組みを超えたさまざまな技術要素も絡み合う。
現時点では、高いスキルが要求されることも多く、制作コストは高い。受託制作などを営む以外はマネタイズしづらい。一方で無料ツールが提供されることも多く、趣味目的などビジネスではない分野でクリエーターが登場し始めている。今後、普及期に差し掛かり、ツールの進化によって制作コストがさらに下がることで、クリエーターはマネタイズしやすくなり、企業も参入してさらにプレーヤーは増えるだろう。
動画配信サービスが発展する中でユーチューバーをまとめる企業が現れたように、それまで趣味で制作スキルを培ってきたクリエーターを束ねる「事務所」的な企業が出てきている。
なお、定着期には制作ツールが一気に平易化することで、Webサイトや動画のように誰もが「創る」ことが可能な状況となるだろう。その状況下においては、個人からプロフェッショナルまで幅広いメタバースクリエーターがひしめき合うことになる。
最後に(4)メタバース上でサービスを提供する役割である。例えば、バーチャル店舗を運営する、バーチャルライブを行うなどのサービスが該当する。つまり、小売り、アパレル、音楽など既存のリアルビジネスを行っている企業がメタバースにも取り組むことだ。プレーヤーは、(3)メタバースでモノづくりを行う役割と同一の場合も多い。

既存のプラットフォームなどを使えばいいため、コスト負担は比較的軽いが、基本的にメタバースのユーザーをターゲットにしたビジネスとなり、ユーザーの少ない現時点でのマネタイズは非常に厳しい。取り組むに当たっては、ユーザーを増やすための施策も併せて考える必要がある。
普及期には、さらにコストが下がる一方でユーザー数が増えるため、徐々にマネタイズの機会が増してくる。メタバースが一般化した定着期には、コンテンツの量が増えることで参入のハードルはさらに下がる。スマートフォンが広がる中で、コミュニケーション分野ではSNSが登場し、小売分野ではC2C(個人間取引)やD2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)といった新たな在り方が生まれ、エンタメ分野では配信プラットフォームが隆盛を極めている。同様に、既存のビジネスで提供されてきた価値が、メタバース上で新たな形態に発展する可能性は高い。
以上、メタバースに関与する供給側の4つのポジションを紹介したが、これらは決してどれか1つに限定されるものではない。例えば、ある企業がメタバースの基盤をつくりながら、モノづくりをサポートすることはあり得る。また、ユーザーがメタバース内で何か新しいことをしようとすると、往々にしてモノづくりが伴う。故に、ユーザーがクリエーターになる展開も十分にあり得る。
これまでの歴史を鑑みると黎明期の今は、メタバースという新しい世界が現れたことでユーザーだった人たちがクリエーターに転向するチャンスであり、その結果、クリエーターの総数が一気に増えるだろう。
(この記事は、書籍『メタバース未来戦略 現実と仮想世界が融け合うビジネスの羅針盤』の一部を再構成したものです)
[日経ビジネス電子版 2022年7月4日付の記事を転載]
2021年10月、旧米フェイスブックが社名をMeta Platforms(メタプラットフォームズ)に変更し、メタバース関連へ年間100億ドル(約1兆3500億円)もの投資を行うことを公言したことで号砲が鳴った「メタバース狂騒曲」。NFT(非代替性トークン)やWeb3(ウェブスリー)、デジタルツインなど、関連するバズワードが入り乱れる中、その「本質」と「真価」を見通すのは容易ではありません。
結局、メタバースとは何なのか。仮想世界ではどのようなビジネスチャンスが生まれるのか。今からどうやって取り組んでいけばいいのか――。本書は、メタバースの核心とビジネスの始め方を一冊で学べる最新かつ決定版となるビジネス書です。