もし台湾が中国の一部になることがあれば、日本にどんな影響があるのでしょうか。西側諸国は国際社会でのリーダーシップを失い、沖縄や九州の安全が脅かされるかもしれません。そして、最悪のシナリオとは──? 元・国家安全保障局次長の兼原信克氏の著書、日経ビジネス人文庫『日本人のための安全保障入門【増補版】』から抜粋・再構成します。
もしも友好的な台湾を失ったら
まず、私たちは、友好的な台湾を失ったらどうなるのでしょうか。日清戦争時、帝国海軍が南進論の一環として台湾を押さえたのには、先見の明がありました。もしそうしていなければ、今頃、台湾には巨大な中国人民解放軍の海上要塞があったでしょう。
友好的な台湾を失うことのインパクトは通常の想像力を超えます。
そもそも台湾の人口は2300万人で、経済規模もG20サイズの国であり、人口はオーストラリアと大きな差はありません。九州より少し小さいくらいのサイズです。ASEAN(東南アジア諸国連合)のうち、経済規模で台湾を超えるのは人口2.7億人のインドネシアだけです。
台湾軍は近代的で約20万の軍勢です。軍事的に利用価値の高い最先端半導体は、台湾のTSMC(台湾積体電路製造)が世界市場でほとんど独占的に製造しています。その台湾が中国の一部になったら大変危険です。
そして何よりも、1996年以降、台湾は、李登輝総統(当時)の下で、堂々とした民主主義国家に変貌しました。人々は自由を謳歌しています。仮に、西側諸国が台湾を中国に差し出せば、西側諸国は永久に国際社会でのリーダーシップを失うでしょう。中国との経済的利益を優先して、自由の島となった台湾を売ったと言われかねないからです。
台湾を失えば、台湾は重武装した中国の軍事要塞になるでしょう。数百機の爆撃機、数十隻の軍艦が配備され、台湾征服に投入された数十万の陸軍が、当分の間、軍政を敷くでしょう。そうなれば沖縄、九州の安全が脅かされますし、バシー海峡、台湾海峡、先島諸島周辺は中国軍に完全に押さえられ、有事には通れなくなります。有事でなくても、中国の機嫌を損ねれば嫌がらせをされるでしょう。富士山より高い山々が連なる山脈には、高性能のレーダーが日本を向いて林立するでしょう。
中国が強くなればなるほど、台湾防衛の戦略的重要性は高まります。日本は米国と一緒に、台湾海峡の平和と安定を守っていかなければなりません。
中国の軍事的なアキレス腱とは?
米国が台湾に核の傘をかぶせて、核兵器の恫喝(どうかつ)をもってしてでも台湾を守る決意を見せてくれれば、台湾有事はないでしょう。しかし、前回 「もし中国が台湾に攻め込んだら、米国はどう動くのか?」 で述べた通り、米国は伝統的に曖昧政策を取っているので、核の傘をかぶせようがありません。米国は、台湾有事を、核兵器を用いてでも抑止するという決意をいまだしていないのです。日本防衛、韓国防衛、フィリピン防衛に比して、米国の台湾防衛は弱腰なのです。習近平は、北東アジア戦域内で、中国の方が通常戦力で有利になりつつあるのだから、一気に米国を押し切ろうと考えるかもしれません。
米中のような核兵器大国同士は決して全面核戦争は戦わないので、部分的な利益がかかった紛争では、かえって通常戦力の戦争が起きやすくなるという指摘があります(安定・不安定のパラドクス)。つまり、核兵器を相互に保有する国は、部分的利益だけがかかった紛争では、全面的核戦争になることはあり得ず、どこかで必ず停戦合意になるはずだから、通常戦力に有利な方が先に戦争に訴えて、現状を変更してから停戦に持ち込もうとする、ということです。なかなか説得力があります。
中国は1996年の台湾総統選挙の際、李登輝に反発して台湾沖にミサイルを撃ち込みましたが、このとき、米国が空母2隻を台湾海峡に送ってきました。空母には戦闘機・爆撃機などが約70機搭載されていて、周囲は防空用ミサイル数十発を積んだイージス艦が多数護衛していました。海面下には原子力潜水艦が控えていました。
空母とは、半径200kmの球形の防空網を持った巨大な移動する戦闘集団です。中国はこれに驚きました。そのため中国は、現在、来襲する米海軍を狙う大量のミサイルや爆撃機を備えています。A2/AD戦略(Anti-Access/Area Denial:接近阻止/領域拒否)を取っているのです。これではさすがの米空母機動打撃群も、うかつに中国大陸に近づけなくなりました。しかし、だからといって中国が簡単に勝てるわけではありません。
台湾は、中国軍を台湾島に上陸させなければ、最終的には勝てます。サイバー戦、認知戦、海戦と空戦だけでは中国は台湾を制圧できないからです。台湾は岩島なので、着上陸できるポイントが限られており、そこは台湾軍が固めています。
台湾軍は約20万人ですが、兵法の常道は攻める方が3倍ですから、60万人の兵力がいります。仮に30万としても、それだけの人員を、台湾海峡を越えて船で台湾の岸まで届けるのは至難の業です。台湾海峡の東西の幅は約200kmです。まるでノルマンディー上陸作戦の中国版です。しかし、台湾にはノルマンディーのような大きな浜はありません。中国兵を乗せた艦船を次々と米国の潜水艦で沈められれば、台湾への着上陸作戦を成功させることは不可能でしょう。これが中国のアキレス腱です。
米国は、潜水艦のみならず、遠距離に配備した空母からミサイルや爆撃機で中国の輸送艦攻撃を行い、日本国内にいる米軍も中国艦艇を叩くでしょう。
台湾と日米同盟、それにオーストラリアやイギリスが協同してくれれば、最後は勝てると思いますが、そうして戦っている間にも、日本や台湾は、サイバー攻撃やミサイル攻撃や爆撃機で攻撃され、破壊され続けます。米国が弱腰で介入し、日本と台湾が半殺しになる。これが安定・不安定のパラドクスから出てくる台湾有事の最悪のシナリオです。
日本は台湾、フィリピン同様に台湾有事の前線国家です。米国は太平洋の奥の安全地帯から参戦してきますが、前線にある日本と台湾とフィリピンはボロボロになります。日本としては、勝つことはもとより重要ですが、台湾有事を起こさせない方がはるかに重要なのです。
米国には、中国に「台湾有事を起こすな」と断固として言ってもらわなければなりません。弱いものが強いものを抑止することはできません。
日米同盟が西側の結束を維持し続ければ、中国に台湾侵略という冒険を思いとどまるよう説得することは可能です。中国は孫子の国です。勝てない戦争はしません。本当は、米国が、早く曖昧政策を放棄して、台湾に核の傘をかぶせてくれるといいのですが。残念ながら、歴代日本の首相は核の問題になると突然腰が引ける人が多かったのです。私は、そろそろ、首脳レベルで日本側から台湾に核の傘をかぶせるよう米国に迫るときだと思います。
また、中台戦争が起きれば日米台豪比の連合軍総司令部がハワイに立ち上がるでしょうし、それは将来の東アジア集団安全保障体制の萌芽になるかもしれません。台湾も主権国家として認められるかもしれません。中国には、そういうことも理解してもらう必要があります。
『 日本人のための安全保障入門【増補版】 』
兼原信克著/日本経済新聞出版/1210円(税込み)

