今日、中国は台湾侵攻の能力を手に入れつつあります。もし中国が台湾に攻め込んだ場合、米国はどう動くのでしょうか。米国は、いまだに台湾有事で自分たちが台湾を守るかどうかを明言しようとしません。その背景とは? 元・国家安全保障局次長の兼原信克氏の著書、日経ビジネス人文庫『日本人のための安全保障入門【増補版】』から抜粋・再構成します。
現状維持路線が日米の立場
1970年代半ばに日中、米中の国交が正常化して、日米両国とも中国の代表政府を台湾・台北から中国・北京に切り替えました。しかしこのとき、米国は中国が台湾を併合することには「NO」と言っています。
北京を中国の代表政府として認める前提は「中台関係の現状維持」であり、それは裏を返せば、中国が武力を使って台湾を併合する気なら力をもって反対するということです。
バイデン米大統領(当時)は、折に触れそう公言していました。これは、日本政府も同様の立場です。
高市早苗首相も国会で、「中国が武力で台湾を封鎖すれば存立危機事態になり得る」と発言しました。中国は、高市首相発言に大反発して見せましたが、バイデン大統領の発言には沈黙を守りました。中国も内心では日米同盟の介入の可能性を理解し、恐れているのです。
そして、台湾人自身の選択の問題があります。自由の島となった台湾に住む2300万人の大多数は、中国との統合を望むことはないでしょう
ドイツ、朝鮮、中国、ベトナムは、強烈な冷戦の磁場の影響で、国家が分断されました。2つの国家が生まれたのです。このような分断国家は、世界史的にもとても珍しい現象です。
東西ドイツと南北朝鮮の指導者は、2つの国家の併存を受け入れました。しかし、中国では、蔣介石も、毛沢東も、「1つの中国」にこだわりました。とはいえ、実態は「2つの中国」が事実上存在するわけで、戦争になれば2つの国の正規軍同士が正面からぶつかって戦うことになります。
事実の上では、「中華人民共和国」と「中華民国」という名前の2つの中国が分断国家として存在していることを忘れてはいけません。私は、台湾の地位は、国際法上は未承認国家と評価するのが本当は正しいと思います。
日米両政府の台湾問題に関する立場は、「毛沢東、蔣介石のどちらも1つの中国と言い張る以上、そのフィクションには付き合う。中国の正統政府は、台湾から北京に切り替える。ただし、事実上、現状において中国は2つあり、中国が武力で台湾を併合することは認めない。台湾海峡の平和と安定は維持してもらう」という現状維持路線が、米国、そして日本の立場なのです。
1972年の日中共同声明において、中国が「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部である」と主張するのに対し、「日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」と記しています。これはどういう意味でしょうか。
日本は1945年、ポツダム宣言を受け入れて無条件降伏したわけですが、そのポツダム宣言には、1943年時点で対日方針を定めたカイロ宣言が引いてあります。カイロ会談は中国を連合国に迎え入れるために、チャーチル、ルーズベルトが蔣介石を招請した会合であり、そのカイロ宣言には「台湾は中国(この時点では中華民国)に返還する」と書いてあります。日本は日中共同声明で、それしか言っていません。
日本の本当の立場は、戦時中の首脳協議であるカイロ会談やポツダム会談での暫定合意の後、最終的で正式な日本領土の処理はサンフランシスコ平和条約で行われたのであり、そこで日本は台湾を放棄しているので、もはや、台湾の帰属先をうんぬんする立場にないというものです。
つまり、中国の言い分は理解し、尊重し、かつ、カイロ宣言、ポツダム宣言に至る経緯は覚えているけれども、日本の真の法的な立場は、「台湾の帰属をうんぬんする立場にはない」というものです。ですから、日本政府は台湾を中国の領土の一部と認めたことはありません。
米国の「曖昧政策」をどう読むか
米国も、「台湾が中国の一部だ」と言い張る中国の立場を「聞き置いた(acknowledge)」という立場です。1972年のニクソン訪中の際の上海コミュニケ(第12パラグラフ)には「米国は台湾海峡の両岸のすべての中国人が、中国は1つであり、台湾は中国の一部であると主張することを認識(acknowledge)する」と書いてあるだけです。
今の大きな問題は、米国の「曖昧政策(台湾防衛をするかどうかを曖昧にする政策)」です。米国は、いまだに台湾有事で自分たちが台湾を守るかどうかを明言しようとしません。米議会では、1979年に台湾関係法が作られていて、台湾が脅威にさらされたときには「適切な行動」を取ることになっています。一応、米軍は議会の命に基づいて、静かに、しかし、着々と台湾有事の準備はしているのです。
ウクライナと違って台湾は初めから西側の一員に入っています。特に、李登輝総統(当時)の台湾の民主化後、そして習近平の香港弾圧後、台湾は北東アジアにおける自由のシンボルになりました。李登輝は米国を台湾防衛にコミットさせ続けるには、台湾が本物の民主主義国家になるしかないと考えていたと言われています。価値観重視の米国政治の本質を見抜いた天才戦略家です。
李登輝の思惑は当たり、今日、米国では反共産主義の共和党の伝統的保守派と、人権問題に厳しい民主党左派が、共に民主化した台湾を支持しており、昨今、米議会が米国内で最も強硬な親台湾、反中姿勢を取るようになりました。
ところが、実際に中国が台湾に攻め込んだとき、米国が助けに来るかどうかということは、いまだに国務省が曖昧にしたままなのです。それは、中国を刺激しないためですが、実はそもそも中国にその能力がなかったので、あえて中国のメンツを潰す必要がなかったからです。
しかし、今日、中国は台湾侵攻の能力を手に入れつつあります。自由を謳歌する台湾人が中国と合併したいなどとは思いませんから、昨今の中国の軍事力による台湾恫喝(どうかつ)は、人民解放軍の強大化に比例して、ますます大胆になってきています。それが台湾人の中国離れをどんどん加速させています。
中国の軍事的恫喝は、中間線をどんどん越えて行われる戦闘機の投入など、日々、ますます烈度を上げてきていますが、その分、台湾人の中国に対する警戒心は強くなっているのです。私は、米国はそろそろ曖昧政策を放棄して、台湾の民主主義を守るとハッキリ言った方がいいと思います。
今の中国は、日米同盟側の「中国を刺激しない」という外交上の忖度(そんたく)を無視して、一方的に著しい軍拡にいそしみ、台湾併合を公言しています。中国を無用に刺激しないという配慮よりも、中国を抑止するという意思をはっきり示した方が、台湾海峡情勢の安定に貢献することになると思います。
『 日本人のための安全保障入門【増補版】 』
兼原信克著/日本経済新聞出版/1210円(税込み)

