「役に立つ」学問が求められる時代に、経営学者は何をなすべきか。科学的な正しさと、一般の人に伝える分かりやすさを、いかに両立させるか。気鋭の経営学者が自ら掲げた課題と真摯に向き合い、書き上げた新刊『 経営学の技法 ふだん使いの三つの思考 』(舟津昌平著、日経BP)。その読みどころを東京大学大学院総合文化研究科教授の清水剛さんが解説します。

 この本は、『Z世代化する社会 お客様になっていく若者たち』で一世を風靡した新進気鋭の経営学者、舟津昌平さんが経営学の「技法」を論じた本である。こう書くと、この記事をお読みの方は、経営学の何かアプローチとかテクニックとかを使って鮮やかに経営を切ってみせるという内容を予想するのではないだろうか。あるいは〇〇法とか、××メソッドというような分析ツールのカタログのようなものを想像するかもしれない。

 しかし、実際に読んでみるとそのような予想とは全く異なる本であることが分かる。この本は、経営学について、そして経営学と社会との関係のコミュニケーションのあり方について真面目に考え、またその考えたことを現実にやろうとする本なのである。

 この本で舟津さんは経営学というものの知を社会にいかに伝えることができるか、を様々に考えた上で、そのためには「『実務上のピンポイントな課題を、経営学の知見によって解決する』というスタンス」(p.57)を取らないことを述べる。その上で、成果主義、官僚制、経営学の科学性という3つのトピックを取り上げ、それぞれについての学術的な議論を紹介した上で、そのような議論がどのような思考や論理に基づいてなされてきたのかを検討し、そこから経営学の思考方法=「技法」を引き出す。この意味では、現実を鮮やかに切ってみせるのではなく、現実を考えるためのガイドのような本、というべきかもしれない。

 しかし、なぜあえてこのようなスタイルを取っているのだろうか。言い換えれば、なぜ実務上の課題を経営学の知見で解決するのではダメなのだろうか? 

 これに対する答えは既に本文で述べられている。舟津さんは、上司のユーモアが部下との関係を良好にし、見返りを求めずに他者に何かをしようとする行動が生まれるという科学的な学術成果を引用しながら、しかし実際に上司がジョークを言った場合に本当に部下の協力的な行動を引き出すことができるかは分からないと述べる(p.214-226)。すなわち、科学的にはある行動を取ればある結果が得られる(他の条件を一定として!)ということが分かっていても、そのような行動が起こる状況や文脈、あるいは条件の違いにより実際に起こることは様々である。なので、単純に科学的な知見をそのままの形で経営課題に適用することはできないのである。

 こう書いてくると、「経営学って実務上の課題を解決できるんじゃないの?」と思われる人がいるのではないだろうか。非常に自然な反応なのだが、実はこれ自体は誤解である。経営学は問題を解決するための学問ではなく、経営上の問題についてのものの見方や考え方を作る学問なのである。正確に言えば、実際の問題解決は、経営コンサルタントが行うため、経営学者の役割は必然的にものの見方や考え方を作ることになる。

 ものの見方や考え方や考え方(言い換えれば科学的な知見)は、そのまま経営に応用できるわけではない。しかし、ものの見方・考え方を作る過程そのものは万国共通だし、そこで使われる論理の展開、思考の方法はすぐにでも役に立つ。そして、そのような論理の展開、思考の方法は経営学者は割と得意である。その意味でいえば、ものの見方や考え方を作る方法=経営学の技法を示すというのは、まさに経営学者にしかできない仕事というべきかもしれない。

 世の中はハウツー本に満ち溢(あふ)れているし、困ったときのヒントとしてハウツー本をひもとくのも悪くはない。しかし、やはり自分で問題に取り組もうとすれば、ハウツー本よりも自分で考える必要がある。その時に、この本は格好のガイドになるだろう。ぜひ、経営について迷う多くの人々に読んでいただきたいと思う。