年初早々、ベネズエラを攻撃し、マドゥロ大統領を拘束した米国。その行動原理を改めて知るために、『アメリカ大統領演説集』(岩波文庫)を読んでみよう。モンロー宣言のジェームス・モンロー、「国際警察力」に言及したセオドア・ルーズベルト、自由や平和を訴えたフランクリン・D・ルーズベルト、ジョン・F・ケネディ、ロナルド・レーガンまで、「世界の覇権」と理念の間を揺れ動く米国が見える。

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「モンロー宣言」の原文とは

 「我々は域外の競争者に対し、我々の半球に軍隊やその他の脅威となる能力を配置したり、戦略的に重要な資産を所有・支配したりすることを否定する」。米ドナルド・トランプ政権は2025年12月5日、2期目としては初となる外交・安全保障の指針「国家安全保障戦略(NSS)」でそう宣言した。我々の半球とは西半球のことである。

 2026年の年明け早々、まるで映画『ランボー』のように、トランプ大統領はその宣言を実行に移した。1月3日、米国の言うことを聞かない南米ベネズエラに電撃作戦を敢行し、ニコラス・マドゥロ大統領を拘束したうえで米国に連れ去ったのだ。国連などからの批判も何のその、米国が主導権を握る西半球に外部からの口出しは許さない。

 トランプ大統領は自らのファーストネームのドナルドと「モンロー宣言」をかけて、「ドンロー・ドクトリン」と言い放つ。モンロー宣言が第5代大統領のジェームス・モンロー(1758~1831年)の演説に由来することは、歴史の授業でもおなじみ。ではどんな言い回しかとなると、実は読んだことがなかった。筆者はそんな一人だが、心強い味方が現れた。

 歴代大統領の重要演説を集めた『 アメリカ大統領演説集 』(古矢旬、三浦俊章編訳/岩波文庫)だ。後にモンロー・ドクトリンと呼ばれるのは1823年12月2日、議会上下両院に対して行われた第7次年次教書の一節である。

 「南北アメリカ大陸は、これまで当然と見なしずっと維持していたその自由と独立に照らし、今後もヨーロッパ諸列強の将来的植民地化の対象と考えられるべきではない」

 米国が欧州に口出ししない代わりに、欧州も西半球に干渉すべきではない。お愛想なしのいささか散文的な表現である。当時、欧州諸国から西半球を隔てていたのは、英国の海軍力だったこともあり、新興国にすぎない米国の主張は、欧州列強から体よく無視された。

『アメリカ大統領演説集』(古矢旬、三浦俊章編訳)。画像クリックでAmazonページへ
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 だが産業革命を跳躍台にして、19世紀に米国の国力は伸長する。世紀末には米国の経済規模は英国を上回り、世界一となった。ビジネスの成功に伴う、みなぎる自信とともに、モンロー宣言は変質する。米国による南北アメリカ大陸に対する影響力の行使。場合によっては武力介入をも正当化する色彩を帯びるようになったのだ。

 『演説集』に収められた第26代大統領、セオドア・ルーズベルト(1858~1919年)による「モンロー・ドクトリンのコロラリー――1904年年次教書――」は言う。コロラリーは「系」という意味だ。

 「西半球においては、そのような悪質行為や無力状態が明白な場合、モンロー主義を堅持する合衆国としては、不承不承ではありますが、国際警察力の行使を余儀なくされるでしょう」

 「国際警察力(international police power)」とは武力である。米国による今回の行動に通じる表現だ。

 「我々がこれら諸国に干渉するのは最後の手段の場合に限られます。それも、国内外で正義を行う能力あるいは意志を欠き、合衆国の利益が侵害され、あるいは南北アメリカ全体に害を与える外国の侵略を招いたことが明らかになった場合のみです」

 国民の4人に1人に当たる800万人が国外に逃げ出したベネズエラのマドゥロ政権は、「正義を行う能力あるいは意志」を欠く。ベネズエラは米国への麻薬密輸の大元であり、米国の石油権益を奪ったが、要はその政権によって「合衆国の利益が侵害」された。そして、中国への軍事的、経済的な傾斜こそは、「南北アメリカ全体に害を与える外国の侵略」にほかならない。今回も「最後の手段(the last resort)」を発動する条件が整ったというのがトランプ政権の言い分だ。

「世界の覇権」を包む理念の力

 ここで注目したいのは、「奮闘する人生」と題するセオドア・ルーズベルトの演説だ。大統領就任前のニューヨーク州知事時代、舞台は1899年のシカゴ。

 「もし我々が歴史の傍観者となり、……大切なものすべてをかけて勝利しなければならない厳しい戦いから逃げるならば、より大胆でより強力な国民が我々を追い越し、世界の覇権を握ることでしょう」

 1898年のスペインとの戦争で勝利した米国は、フィリピンなどの海外領土を持つことになった。孤立主義から一皮むけて、「世界の覇権」を意識する国となった。今日に至る転換点だ。そして2つの世界大戦を経て、20世紀後半には「パクス・アメリカーナ(米国の覇権)」が確立した。米国の軍事力と経済力が大戦の行方を決したからだが、それだけか。

 もうひとつ自由や民主主義といった理念の力も見逃せないように思える。第28代大統領ウッドロー・ウィルソン(1856~1924年)による「14か条」、第32代大統領フランクリン・D・ルーズベルト(1882~1945年)の「4つの自由」はその典型だろう。

 第1次世界大戦への参戦目的を示した「14か条」では、秘密外交の廃止や軍備縮小、民族自決、諸国家による連合組織などを提唱した。「4つの自由」は第2次世界大戦に参戦する直前の第8次一般教書の一節であり、言論と表現の自由、信教の自由、欠乏からの自由、恐怖からの自由をうたった。

 こうした理念は米国にとって戦争の大義名分となった。いざ戦争となると、「外のことは全く問題にならず、われわれの目的は神聖なものであり犠牲など顧慮する必要はない、無条件降伏を実現するまで、戦い続ける」。理念の神聖視が妥協なき戦争をもたらすと、米外交の大家、ジョージ・F・ケナン(1904~2005年)は『 アメリカ外交50年 』(近藤晋一、飯田藤次、有賀貞訳/岩波現代文庫)で喝破した。

 戦後の米国はソ連との冷戦に直面し、1962年のキューバ危機で冷戦はピークを迎えた。キューバ危機を乗り切った第35代大統領ジョン・F・ケネディ(1917~63年)は、米ソとも「軍拡競争を止めることに、お互いに大きな利益がある」と、緊張緩和に向けた骨太の構想を示す。1963年6月10日、ワシントンのアメリカン大学での講演「平和の戦略」だ。

 理念の力は第40代大統領ロナルド・レーガン(1911~2004年)の「ブランデンブルク門演説」でも発揮された。1987年6月12日、冷戦の象徴ベルリンの壁を前に、ペレストロイカ(改革)に乗り出したソ連のゴルバチョフ書記長に呼びかけた。「もしあなたが平和を求めるのならば、……この壁を壊してください!」。実際に壁は1989年11月9日に崩れた。

孤立への郷愁がはらむ矛盾

 冷戦の勝者となった米国は「一極支配」を謳歌したものの、イラク戦争などで体力を浪費し、その時代は長続きしなかった。あちこちの面倒な仕事をしょい込まされる「世界の警察官」の役割を嫌い、次第にモンロー主義に郷愁を覚えるようになっている。第2次トランプ政権のNSSはまさに「ドンロー・ドクトリン」の宣言文である。

 だが、いったん「世界の覇権」という禁断の木の実を口にしてしまった以上、米国が「孤立主義」というエデンの園に回帰することなど、あり得るだろうか。トランプ政権は中国との「ビッグ・ディール(大型取引)」を狙っているとはいえ、「世界の覇権」を中国に明け渡す気持ちなどさらさらあるまい。

 「世界の警察官」という公共財の提供を店じまいしつつ、「世界の覇権」だけは握り続けようとするのがトランプ政権の米国だろう。とはいえ「最後の手段」の行使をまったくのわがままと言い切れないところに、本当の難しさがある。

 「ベネズエラは自由になる」。今回のマドゥロ大統領の拘束にそんな歓喜の声をあげたのは、2025年にノーベル平和賞を受賞した野党指導者で、民主化活動家のマリア・コリナ・マチャド氏だったのである。

 覇権と理念、武力と説得、関与と孤立――歴代の米国大統領がそれらの間に立ってどのようなバランスを取ろうとしてきたか。『演説集』で確認することは、優れて今日的な意味を持っている。

写真/スタジオキャスパー

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