連載2回目では、短いコトバが伝わりやすいことを紹介した。でも自分には短いコトバを作る才能はない――、と感じた読者も多かったはず。『長いコトバは嫌われる』を出版した横田伊佐男氏に、誰でも短いコトバで人を惹き付けられる「4つの法則」と、その実例を紹介してもらった。
90年も前から存在する「4つの法則」
前回「キャッチコピーがうまかった総理大臣って誰?」では、実際の有名な事例をもとに「コトバの引き算」についてうかがいました。「引き算」をするために「4つの法則」があるとのことで、今回は、その法則について教えてください。
横田伊佐男氏(以下、横田):コトバは、料理に似ています。料理を提供するとき、相手の胃袋の大きさに合わせて出さなければ消化しきれません。コトバも同様で、相手の頭の中に一度に入る大きさ(=長さ)は限られています。
つまり、コトバを「引き算」していくのは、相手の頭の大きさに合わせる作業なのです。長ければ頭に入りにくく、短ければ入りやすい。そこで、相手の頭に入りやすい「4つの法則」が発見されています。
どんな法則ですか?
横田:1932年の原書の初版以来、世界中でロングセラーとなっている『ザ・コピーライティング』(ダイヤモンド社)の著者ジョン・ケープルズは、膨大なテスト検証により、人が惹き付けられる法則を4つに大別しました。それを筆者がまとめたものが下記です。
4つの法則は、説明しやすいように「抽象化」されています。「具体化」するために実例をいくつかお見せしましょう。
まずは4つの法則の1つ目である「お得感」からお願いします。「お得感」を表現するコトバにコツはありますか?
横田:人は誰でもセンサーを働かせて、必ず「お得」を探しています。そのセンサーに引っかかるコトバは「数字」です。これを上手に使うのがコツです。少し古い事例なので金額は現在と異なりますが、こちらを見てください。

このコトバで伝えたい「お得感」は、「安く腹いっぱい食べられる」です。ところが「999円食べ放題」と言うより、このキャッチコピーのほうがインパクトありませんか?
なぜなら「大きなボリューム(牛一頭)」+「小さな価格(999円)」という対比を、「数字」を使って鮮明にしているから目を惹くのです。
吉野家のコピーに隠された工夫とは?
確かに「999円食べ放題」と言ってることは実質的に同じですが、表現はまったく別物ですね。2つ目は「新しさ感」ですが、こちらはどんなコツがあるのでしょう?
横田:人は、常に「新しい」何かに飢えています。その心境は、毎朝新しいニュースを求めてテレビや新聞、ネットを見るのと同じです。そもそもニュースは英語で書くと「News」。「新しい」を意味する「New」が含まれています。
そこで「新しさ」をコトバに落とすときのコツが「未来日付」を使うことです。現在より「1秒」でも先だったら誰にとっても未来、つまり今は知らない「新しい」何かですからね。
とはいえ「1秒」では、あっという間に過ぎ去ってしまうので、現在から数カ月先の「未来日付」を入れるのがポイント。これだけで、新しさを感じさせることができます。

これはティザー広告という手法で、断片的な情報のみを提示し、消費者の興味を惹くものです。「不確実」な未来に対し、唯一「確実」な未来日付を使うことで、新しいことへの渇望をあおっています。
新事業展開を担当するリーダーは、リリースする未来日付をキャッチフレーズに入れると、新しいコトバで人を惹き付けられるのではないでしょうか。
なるほど、「未来日付」を入れるだけで、「新しさ」を表現できるのであればカンタンに再現できそうです。次は「珍しさ感」です。
横田:人は「好奇心」をくすぐられることを求めています。そこでカンタンに「お、珍しいな」と思わせるテクニックを紹介します。それは「常識を否定」することです。
単純な例ですが、「カラスは黒くない」と言われると「カラス=黒い」の常識を否定され、なんでそんなことを言うのか聞きたくなりませんか? キャッチコピーにはこうした「否定訴求」という手法があります。

この広告は、「否定(ノートPC)」+「代替案(Surface)」という構成で代替案を強調しています。いわばノートPCを呼び水として使っているわけです。
「今どき大学生にノートPCはいらないってウソでしょ?」と惹き付けて、代替案をうまく紹介していますね。最後は「お手軽感」です。
横田:人は「労せず益」を求めています。実際には、「労して益」が普通なことだと知っているので、少しでも「ラク」をしたいわけです。
コトバに手軽でラクそうな雰囲気を醸し出すには、「リズム」を持たせることがポイント。キャッチコピーの型には、単語をリズミカルに3つ並べる「3ワード」という手法があります。
「3ワード」のキャッチコピーで長年愛されているのがこちらです。

なんてことのないコトバの裏に、ある工夫があるのが分かりますか?
実はこのキャッチコピー、牛丼の品質(うまい)、価格(やすい)、納期(はやい)を表現していますが、この主語は発信者である吉野家ではなく顧客です。
マーケティング、コピーライティングで最も難しいことの1つが、顧客サイドに立って考えること。その意味でカンタンかつ見事なキャッチコピーだと思います。
よく見るキャッチコピーでしたが、そんな工夫があるとは知りませんでした。こうして短くよく吟味されたコトバを使うと、どんな成果が出るのでしょう?
横田:企業経営で、前年実績を2倍、3倍に引き上げるのは至難の業です。ところが、コピーライティングでは、その場の反応を数倍に上げるのは、実にカンタンなのです。つまり即効性が高いということですね。
続いてA/Bテストの検証、飲食店の成果実例などを紹介しましょうか。
ありがとうございます。では次回は短いコトバの成果についての具体的な事例をご紹介いただきます。
[日経ビジネス電子版 2022年7月8日付の記事を転載]