ビジネスにおける意思決定をするうえでは、絶対に外してはいけない要所があります。私の最新刊 『ビジネススクール意思決定入門』 では、意思決定のメソッドの基本を幅広く紹介しています。同書は、早稲田大学ビジネススクールにおける私の講義「経営者の意思決定」を基にしており、人間の癖や思考の限界を知るためのゲームや演習を数多く収録しています。その1つを紹介しましょう。

 人間はみんな合理的に行動できるという前提での意思決定を「規範的意思決定」と言います。しかし人間は、合理的になることもあるけれど、合理的ではないことも多い。「限定的合理性」の中で生きているのです。意思決定をする人は、そういうことを頭の中に入れておいてください。自分自身が合理的でないこともあるし、合理的に割り切った意思決定が裏目に出ることもあるのです。

 次のようなゲームをやってください。このゲームは『行動経済学 経済は「感情」で動いている』(友野典男、光文社)で紹介されていたものです。私の授業を再現しながら説明していきます。

<問題>平均値の3分の2の数字を当てる

 今日、このクラスには56人が出席しています。1人ずつ、1から100までの数字(整数)の中から好きな数字を1つ選んで、他の人に知られないように紙に書いて提出してください。ノートの切れ端でも何でも構いません。全員の選んだ数字を集計して、平均値を出します。そして「平均値の3分の2」に一番近い人に1000円を差し上げます。ゲームのルールを理解しましたか。簡単ですよね。考える時間は1分です。

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<解答>勝った人vs負けた人

 では、みなさんが選んだ数字の分布を見てみましょう。

 みなさんゲームのルールを理解していたようで、60とか70のような数字を選んだ人はいませんでした。一番多かったのは、10台の数字を選んだ人ですね。1桁の数字を選んだ人も多いですね。

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 1~5を選んだ人は、自分が選んだ数字を教えてくれますか。

(A) 1です。
(B) 1です。
(C) 1です。
(D) 1です。
(E) 1です。

(内田):5人全員が1ですか。なるほど。さて、この5人は賢いのか。バカなのか。「1」を選んだ理由はあとで聞かせてください。

 それでは正解を発表しましょう。全員が選んだ数字の合計は1130でした。平均値は、1130÷56=20.178です。この数字の3分の2は「13.452」です。

 「13」を選んだ人はいますか? いませんね。それでは「14」を選んだ人はいますか? お、いましたね。Fさん1人です(拍手)。

 ではFさん、「14」を選んだ理由を教えてください。

勝った人はどう考えたのか?

(F):1から100の数字を単純に選ぶだけなら、その平均は50くらいになるはずですが、「平均値の3分の2」を当てるゲームですから、あまり大きな数字を選ぶ人はいないと考えました。平均が50なら、その3分の2というと「33」です。ただし、みんな同じように考えるでしょうから、そうすると「33」を選ぶ人が増えて、平均は「33」に近づく。そうすると正解は、さらにその3分の2になる。つまり「22」です。でも、ゲームの参加者はビジネススクールで勉強している人たちですから、もっと深く読むだろう。だから、もう1回3分の2にして「14」を選びました。

(内田):1~100の分布の平均が50だとして、そこを出発点にして3分の2を掛けていく。1回掛けて33、もう1回掛けて22、さらにもう1回掛けて14ということですね。だいたい同じように考えた人が多いんじゃないかと思いますが、違う考え方をした人はいますか。外れた人でもいいですよ。

(G):3分の2を掛けていくという考え方は同じなんですけど、1000円を1人占めするためには、他の人と違う数字を選ばなきゃいけない。計算から出てくる数字や切りのいい数字では他の人と同じになっちゃう可能性が高い。だから少し調整をして、何となく割り切れない数字にして、私は「29」を選びました。

(内田):なるほど、面白いですね。ずいぶん外れたから読みが当たったとは言えないけれど、誰でも考えそうなこととは違う発想をしたというところは見どころがありますね。

この5人は賢いのか、バカなのか?

(内田):では、まったく外れた「1」を選んだ人に、その理由を説明してもらいましょう。

(A):正解したFさんと考え方は同じですが、3分の2を何度も掛けていくと、どんどん数字が小さくなって、最後は一番小さい「1」になるわけです。

(B):他の人より小さい数字を選ぶとみんなが考えたら、最終的に張り付くところは「1」です。

(内田):深読みを繰り返していくうちに、選ぶべき数字はどんどん小さくなって「1」に落ち着く。「1」を選んだ人は、みんな同じ理由ですね。

 では、「1」を選んだ人に質問です。このクラスの受講生全員が、そんなに深く深く読んで答えるほど賢いと思ったのですか?

(C):ビジネススクールに来るような人だから、そのくらい考えるだろうと…。

(内田):それは「俺の部下はこれぐらいできる」とか、「取引相手や交渉相手はこのぐらい賢いはずだ」と考えて失敗するパターンと同じですね。人を過大評価してしまう。自分と同じようにできるはずだと考えてしまう。

 ところが実際は、正解したFさんは「3分の2」を3回掛けただけでした。1回か2回掛けただけで終わっちゃった人もたくさんいるでしょう。もしかしたら、ただの勘で答えた人もいるかもしれません。

 このゲームの正解は、理屈で考えたら「1」です。頭の良い人が深く考えればそうなる。でも、実際には、絶対に「1」にならない。みんなが同じように「3分の2を掛けていく」と考えたとしても、どこかで考えるのをやめてしまう。みんなそんなに根気があるわけじゃない。だから、「賢さ」と「諦め具合」みたいなものをどう評価するかというところに面白さがあります。

(写真:Shutterstock)
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美人投票の理論

 「美人投票の理論」をご存じでしょうか。「ここに並べた顔写真を見て、一番美人だと思う人に投票してください。得票数が一番多い人に投票した人に商品をあげます」というゲームをすると、自分が美人だと思っている人に投票するのではなくて、「みんなが美人だと思う人はこの人だろう」という考えで選ばないと商品はもらえないわけです。これは株式投資が大好きだった経済学者のケインズが、相場の読み方の例え話として持ち出したとされています。要するに、「他人がどう行動するかを予測しろ」ということです。

 先ほどの数字を予想するゲームで「1」を選んだ人は、頭が良いようで、実はケインズの言う「美人投票の理論」が分かっていないことになります。つまり、「人の心」を読めていなかった。「1」を選んだ人にとって、「1」は「自分にとっての理想の美人」だったかもしれないけれど、「みんなが好きな美人」ではなかった。

 全員が同じように賢くて、みんな緻密で、みんなゲームに真剣になれるというなら、「1」になるでしょう。しかし実際には、人間はそんなに賢くないし、緻密でもないし、ゲームに真剣になるわけでもない。人は理想的には動かないわけです。Gさんのように「1000円を1人占めしたい」と思って、変な数字を選ぶような人もいる。そういうところを読み切れなかった。

 もし、「1000円はバカにくれてやる。俺は数学ができて賢いことを誇示したかったんだ」という理由で「1」を選んだというのなら、その目的を果たしたことになるでしょう。でも、そういう人は頭の回転が速くて物事を合理的に判断できるのかもしれませんが、人間の心理とか、人間の不合理なところとか、そういうことを忘れやすい。頭の良い人が「質の高い意思決定」ができるとは限らないわけです。

人はそんなに深く考えない

 かといって理屈を知らないと、意思決定はまるっきり外れたものになってしまう。「平均値の3分の2」といっているのに、「70」以上の数字を選んでしまうようなことがあり得るわけです。それはビジネスで言えば、まったく売れるはずがない商品を市場に投入するようなものです。

 この数字予想ゲームでは、理屈が分かっていて、なおかつ「人はそんなに賢くない」ということも分かっている人が勝てるということです。「3分の2を掛け続けて『1』になると考える人もいるかもしれないけれど、そこまで突き詰めて考える人はそれほど多くなくて、せいぜい3回くらい3分の2を掛けて終わりにするのではないか」と予想できた人が勝つわけです。

 ビジネスの意思決定でも同様のことが言えます。「理屈で考えた正解はこれだ」ということを導くと同時に、「でも、人間は理屈通りに行動するとは限らない」ということも忘れてはいけないのです。

ビジネスパーソンなら誰でも知っておきたい意思決定の基本を紹介。早稲田大学ビジネススクールにおける講義「経営者の意思決定」を基にして、ケーススタディ形式のディスカッション、判断に必要な数値化の演習、人間の癖や思考の限界を知る行動経済学の実験などを再現し、意思決定のポイントを解説する。

内田和成(著)/日経BP/1870円(税込み)