客観的に自分を見ることができるかどうか。それが子どもの学力を伸ばすのに必要なメタ認知です。家族に向かって模擬授業ができる子、要点を押さえてノートが取れる子――。『勉強できる子は○○がすごい』(日経プレミアシリーズ)の著者で心理学博士の榎本博明さんと、大手進学塾「SAPIX(サピックス)」で中学受験の指導をする広野雅明さんが対談し、今どきの勉強ができる子どもの特徴を明らかにします。
合格した家庭は子どもが家族に模擬授業
──日経BOOKプラス編集部(以下、──) 榎本博明さんは著書の 『勉強できる子は〇〇がすごい』 (日経プレミアシリーズ)で、「メタ認知」の重要性を強調されています。まずはこの「メタ認知」について、教えてください。
榎本博明さん(以下、榎本) 分かりやすく言うと、私が今こうして質問に答えているという行為は「認知活動」といえます。「メタ認知」とは自分を監視カメラでモニタリングするように、「的確に質問に答えられているだろうか」「もっと分かりやすい説明方法があるだろうか」と、客観的に自分を見る行為となります。
「メタ認知」は子どもの学力を伸ばすのに必要です。例えば、学校や塾で教科書を読んだり、先生の話を聞いたりしたとします。それから自宅で復習しようとして「ここの部分が分からない」となったとき、「授業中は分かっていたのに、なぜだろう」「前の章に戻って理解を深める必要があるな」と考えられるかどうか。授業を聞く、問題集を解くというのは「認知活動」ですが、「どうも自分はこの分野が苦手だから、繰り返し問題を解こう」と思えるのが「メタ認知」です。
さらに、「メタ認知」の中には「メタ認知的知識」というものがあります。例えば勉強だったら、「解答部分を指や消しゴムで隠しながら、繰り返し解く」「本当に内容を理解しているか、友達同士で説明し合う」「公式など抽象的な概念は具体例に置き換えてみる」といった知識を持っているかどうか、あるいはそうした知識を基に自分なりの方法を考えることができるかどうかが重要になります。
SAPIX・広野雅明さん(以下、広野) 今、榎本先生がおっしゃったことは、まさに中学受験に成功した子どもや保護者がしていることです。中学受験が終わると各家庭にインタビューをするのですが、「今日は何を勉強してきたのか、特に大事だったことは何かを報告させていた」という家庭が一定数あるんです。また、共働きで忙しい家庭も多いのですが、その中でも時間を見つけて「ホワイトボードを用意して、子どもが先生役、家族が生徒役になって模擬授業をしていた」という家庭もありました。
──子どもが模擬授業……それは確かに学んだことが身に付きそうです。
榎本 勉強が得意な子は、「メタ認知」という言葉を知らなくても無意識にできていたり、何かのきっかけでメタ認知的学習法を取り入れたりしているんですよね。反対に学力が伸びずに悩んでいたら、本人も親もメタ認知的活動、メタ認知的知識を意識するといいですね。
広野 今の子どもって、ノートが取れない人が多いんですよ。今は昔と違って「ちゃんとノートを取れ」とかあまり厳しくは言えないので(笑)、授業の最後に解答や解説を配っています。だから、ある程度、要点がまとめられたものを自宅に持ち帰れるのですが、やっぱり黒板に書いた内容を自分で要点を考えながら書き写せる子と、ただ聞いているだけの子では大差が付いてしまいますね。メモを取れる子は強いです。
ノートを取れない大学生が大量にいる
榎本 今は大学生もノートが取れないんですよ。多くの教員がパワーポイントで授業をしますから、学生もノートを取る必要がないと思っている。私が黒板に板書していると、「榎本先生は文字色を替えたり、太字にしてくれたりしないから、どこが大事か分からない」「パワポだと因果関係を矢印で結んでくれるけど、先生は結んでくれないから、何が原因で何が結果なのかとか因果関係が分からない」と言われます。
学生から「パワポで授業をしてほしい」と言われることもありますが、「パワポは便利かもしれないが、視覚に訴えて相手がよく分からないうちに説得してけむに巻く手段だぞ、と(笑)。ビジネスでは使うかもしれないが、勉強は説得する場ではないんだ、どういうことなのか疑問を持つのが大事なんだ」と反論しています。
──大学生でもノートを取れないのですか。
榎本 もちろん、全員ではありません。自分でノートを取り、授業後に「先生、こういう理解でいいでしょうか」と聞きに来る学生もいます。同じ入試を突破して入学しているはずですが、理解の深さが全然違う。実際の学力にはかなり差があるのでは、と思いますね。
広野 それは中学受験の算数問題のトレンドに通じるかもしれません。以前は中学校で学ぶはずの方程式などが使えれば、簡単に解けるものが少なからず出題されました。でも、今はグラフや図表といった付帯条件を見比べ、大事な部分を見抜かないといけないような問題が増加しています。しかも、問題文が長いんです。
その場で考えて答えを出す、という出題傾向に変わってきているので、普段から緻密にノートやメモを取り、論理的に考えられる子じゃないと高得点を取ることは難しいかもしれません。公式や解法の先取りだけしている子は、特に難関校の入試では別次元の発想や思考が要求される問題も多いので、最後の最後に伸び悩んでしまいます。
──そうすると、メタ認知的活動、メタ認知的知識を身に付けるには、どうしたらいいのでしょうか。
榎本 やはり「言葉の力」を身に付けることですね。理解できているかどうか振り返るにも、どうしたらいいか考えるにも、私たちは言葉を使うので、言葉が思考の道具だということを忘れてはいけません。自分の状況を客観的に把握するには、言葉で説明することが効果的です。また、算数や国語などの入試問題も、問題を読み解く読解力がないと理解できません。言葉の力は学力の基礎として大事ですし、その後の学力をも左右します。
広野 SAPIXでは伝統的に国語を重視しています。他の塾では算数の授業時間のほうが長いところもありますが、SAPIXでは算・国の授業時間数が基本的に同じです。特に低学年の授業では音読をさせますし、作文コンクールもあります。問題集やテストで目にした文章の続きが気になり、「この本が読みたいから、買って」という子も多いと聞いています。やはり、言葉の力は大事ですね。
取材・文/三浦香代子 写真/鈴木愛子
「間違った問題の見直しが苦手」「何でも丸暗記する」「いつも感情的だ」――。勉強してもなかなか結果が出ない子どもには、それなりの理由があった。教育界でひそかに浸透しつつある「メタ認知」をテーマに、その真相に迫る。
榎本博明(著)/日本経済新聞出版/990円(税込み)