データセンターの構築案件が増えた結果、ゼネコンがものすごく忙しくなっている――。2026年6月に開催されたイベントで、『A.T. カーニー 業界別 経営アジェンダ 2026』の著者であるA.T. カーニーの日本代表・針ヶ谷武文氏、シニアビジネスアナリスト・湊彬子氏が、経営トレンドから読み解く業界の変化やAI時代に求められるコンサルタントの役割などを語った。その模様をお届けする第1回。モデレーターは『日経業界地図』編集長・栗野俊太郎が務めた。
第2回 A.T. カーニー×日経業界地図 AIを使うとみんなが80点、人と違うことを言おう
第3回 A.T. カーニー×日経業界地図 AI時代のコンサルタントに必要なスキルは?

「横並び」から抜け出す素早いキャッチアップ
『日経業界地図』編集長 栗野俊太郎(以下、栗野) 今日は「業界と経営トレンド」というテーマで、お二人に話をうかがいます。A.T. カーニーでは『A.T. カーニー 業界別 経営アジェンダ 2026』という本を執筆されていますが、企業単体ではなく「業界」という切り口で物事を見ることの重要性についてお聞かせください。
A.T. カーニー 日本代表 マネージングディレクタージャパン、シニアパートナー 針ヶ谷武文氏(以下、針ヶ谷) はい。「業界」といえば日経BPでも『日経業界地図』を刊行されていますね。『日経業界地図』がクイックに業界の外観をつかむ書籍だとしたら、我々の本は「そこまで理解しなくても……」というぐらい突っ込んだ内容で、その業界の人と会う前に読んでおくと、「よく知っているね」と言ってもらえます。ただ、全部読むとちょっとお腹がいっぱいになるというか、カロリー多めです(笑)。

A.T. カーニー 日本代表 マネージングディレクタージャパン シニアパートナー
なぜ、「業界」に着眼しているかというと、今は世の中の動きがものすごく早くなり、昔に比べてマクロ環境の重要性が増しているからです。例えば、ホルムズ海峡封鎖に端を発した石油化学原料の不足などは、原材料調達について業界単位で考えなくてはいけませんよね。課題が同じであるがゆえに、できるだけ早くキャッチアップしたいという気持ちも強く、ある意味、業界の動きが横並びになっています。
栗野 コンサルティング業界では、同じ業界内でうまくやっている会社のやり方をまねる、「ベストプラクティスを追求する」という考え方がありますね。それを業界レベルで取り入れるということですか。
針ヶ谷 「ベストプラクティスを追いかける」のは昔からある手法ですね。今までは1~3年周期で新しいやり方が生み出されることが多かったと思います。ところが、今は半年、1年という単位でベストプラクティスを追いかけないと間に合いません。例えば、特定の国との地政学リスクが高まり、原材料の調達が難しくなったときに、1年後の対応では間に合わない。調達先の切り替えを検討する必要がある場合、どの国が最適なのかを1カ月、2カ月後に判断しなくてはいけない。極めて短いスパンで決断を迫られるようになってきています。
栗野 業界ごとに対応できる力やスピードが異なると思いますが、業界の中で「ここは対応が早い」「ここはちょっと遅れている」といったトレンドを教えていただけますか。
針ヶ谷 業界の変化のスピードは、その業界が扱うものやサービスによるところが大きいですね。例えば、昔の通信業界では1年に2回、携帯電話の新機種が出ていました。家電の新製品は1年に1回、自動車のモデルチェンジだと5年に1回ぐらいでしょうか。基本的には業界に変化が起きるタイミングは、新製品が出るスピードに依存していました。
ところが、今は業界レベルで変化のスピードが変わってきています。例えば、メディア・エンターテインメント業界では、毎週のように漫画などが発売されているものの、昔は結構のんびりしていたというか、ビジネスの構造そのものを変えるチャンスはほとんどありませんでした。
しかし、今はNetflixのような会社が新たに参入してくるという「外圧」による変化が起きています。Netflixはドラマに投資したり、また違う時期はアニメに力を入れたり……と、半年ぐらいで方針がガラッと変わります。そうなると受け手となる業界側も「自分たちも、それに合わせた作品を作ったほうがいいんじゃないか」と構造変化を強いられます。
Netflixのような巨人が新たに入ってくる業界は変化が早いですね。最近、特に問い合わせが多いのはデータセンターです。とんでもない額の投資があるのは米国ですが、日本でもデータセンターを作るとなると巨額の資金が動き、外的要因で変化が早くなります。
栗野 日本の企業、業界の中で「いつかは戦略的な変化を起こします」と言っていても、巨人が出現すると対応できるかどうかは分からないと。
針ヶ谷 そうですね。私が担当するデータセンターの案件が増えたのはここ半年から1年ほどですが、今ものすごく忙しい人は誰かというと、ゼネコンや電気系のサブコンです。その人たちには破格の条件でデータセンターに関連した発注が来るので、デベロッパーが「マンションを建てたい」「ショッピングモールを建てたい」とゼネコンに頼んでも断られることも多いようです。今はあちらこちらで緊迫した状況が起きています。
IT人材を外注するのはタイムロス
栗野 ほかにも個人的に「最近、この業界は変動が激しい」と思うところはありますか。
A.T. カーニー シニアビジネスアナリスト 湊彬子氏(以下、湊) 私は普段、エンターテインメントやメディア関係の仕事をすることも多いのですが、やはりIP(知的財産)はこれから成長していく、引き合いがある業界だと思います。
キャラクターやアニメも含めた広い意味での日本のIPは、これまで非常に大きな国内市場に支えられて成長してきた面も大きいのですが、今はIPホルダーがグローバルでどのようにマネタイズできるかが重要なフェーズに入っています。一方で、業界の中では、海外展開の経験の少なさから、十分な戦略を構築できていないケースも少なくなく、そうした意味でも、成長余地のある業界だと注目しています。

A.T. カーニー シニアビジネスアナリスト
針ヶ谷 AI(人工知能)が出てきたとき、みんな「これで新しいことができる」と思ったはずです。エンターテインメントも含めて、いろんなビジネスでプログラムが作れると。ところが、「素人がプログラムを作れる」というのは良いことばかりではなく、ハッキングや情報漏洩、ヒューマンエラーをどう防ぐのかが課題になります。
アンソロピックが開発した高性能AI「クロード・ミュトス」が話題になりましたが、こうした高度なAIが台頭する中で、システムをどう守るのか。「守る」と言ってもその範囲は広く、金融はもちろん、電気、ガス、水道といったインフラ、通信にまで及びます。社会の基盤となるシステムのセキュリティは、今後ますます重要性を増していくと思います。
ただ、一方でチャンスでもあります。日本には「ホワイトハッカー」(正義のハッカー)と呼ばれる人が少ないんです。海外のノウハウを輸入するなどして、セキュリティ系の産業が伸びてくるのではないかと。ITの正の面、負の面の両方に関連した動きがあると思います。
栗野 日本ではセキュリティエンジニアやネットワークエンジニアといったIT人材を社内で囲い込まず、外注しますよね。米国のビッグテックでは社内で囲い込んで全社的なDX(デジタルトランスフォーメーション)やセキュリティ強化に対応するというパターンが多いと思いますが、日本の構造は変わりませんね。
針ヶ谷 多くの企業で外部に委託する傾向がありますね。これは業界の構造として、そのようになっている側面もあります。なぜかというと、社内にエンジニアを置く体制には、技術のアップデートが追いつきにくいというリスクがありました。同じ体制を長く維持していると、外部の技術進化のスピードに組織としてキャッチアップしづらくなってしまいます。
しかし、ミュトスのようなAIが出てきた今、今後は社内にAIを使いこなせる人材を置く必要が高まってきます。AIはツールの進化が速いので、その速度に対して自分たちでキャッチアップする必要があります。外部に委ねてしまうと、自社として学び、使いこなす力が蓄積されにくくなるリスクがあります。
今後は企業、ひいては業界全体のAIリテラシーを高めていく支援が必要になると思っています。日本の経営層においても、AIリテラシーの向上が今後ますます重要になってきますが、デジタルツールの活用度合いには、企業によってまだ差があるのが実情です。やはり経営層自身が、「AIを使うとこんなに生産性が上がって、今までできなかったことができるのか」と実感しないと、会社全体はなかなか変わりません。これまでの経営では、業務や業界の知識があれば意思決定できる場面も多くありましたが、AIに関してはツール自体の特性や可能性を理解しなくてはいけないので、そこが多くの企業にとってハードルになっています。
AI活用を企業の中に本当に根づかせるには、ツールの導入や効率性だけでは不十分だということです。クライアントの現場に入り込み、業務や組織の動き方に合わせて、変革そのものに伴走していく必要があると考えています。
文/三浦香代子 写真/稲垣純也
18の業界別のアジェンダについて、各分野を専門とするコンサルタントが解説。幅広い産業で起こっている最新のトレンドをキャッチアップし、様々な業界に通底している経営のメガトレンドを構想する。
A.T. カーニー著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)
主要業界の勢力図や市場規模、提携関係をビジュアルで分かりやすく解説。最新のトレンドやシェア情報が網羅されており、就職活動や株式投資、ビジネスの基礎知識獲得に役立ちます。
日本経済新聞社編/日本経済新聞出版/2200円(税込み)

