今年1月、紀伊國屋書店新宿本店が、3年にわたる改装期間を経てリニューアルオープンした。1階の入り口広場中央には、新たに高さ6メートルの大型柱サイネージが設置され、道行く人の目を引いている。今回はリニューアルのコンセプトづくりから携わった吉野裕司副店長に、「新しい老舗書店」がいかに生まれたかを伺うとともに、お薦めのビジネス系ロングセラー3冊を紹介していただいた。
新宿の顔がリニューアルオープン!
今年1月、紀伊國屋書店新宿本店が、3年にわたる改装期間を経てリニューアルオープンした。耐震補強と内装一新を兼ねた改装で、1階の入り口広場中央には、新たに高さ6メートルの大型柱サイネージが設置され、道行く人の目を引いている。その柱の後ろに広がる1階の新刊・雑誌売り場は、オープンエアのカフェのように明るく一新し、開放感が満点だ。
人気作品のポップアップストアも展開されていて、のぞきたい衝動に駆られる。待ち合わせ場所にしたものの、店内に誘われて長居する人たちも多いのだとか。2階の文学売り場には「BOOK CLOCK」と言われる円形状に並んだ本が時刻を示す時計や、新刊を縦に並べずに横に積み上げる「BOOK WALL」などの“映えスポット”も登場し、目にも楽しい。
改装プロジェクトチームの一員で、コンセプトづくりから中心的な役割を果たした同店副店長兼第一課長の吉野裕司さんは、「リニューアルのコンセプトとして『未来志向の原点回帰』を掲げて、『新しい老舗書店』をつくることを目指しました」と言う。未来と原点、新しさと老舗、というベクトルが真逆のものをあえてつけたのは、建物を建て直さなかったことに起因する。
「紀伊國屋書店新宿本店の建物である紀伊國屋ビルの竣工は1964年で、建築家は日本の近代建築を牽引(けんいん)した前川國男氏です。2017年に東京都選定歴史的建造物に選ばれたことで、建て直しではなく、改装という選択に至りました。弊社は国内に68店舗、海外に40店舗を構えることから、地方や海外からのお客様も多く、建物をレガシー(遺産)として受け継いで、観光地としての集客を狙ったわけです。
同時に、コンテンツでは本好きも満足する新しさを追求して、より多くの集客を目指しています。2階の『BOOK WALL』に毎日200点ほど発刊される新刊を積み上げたり、レジカウンターの壁に作家さんたちに書いていただいたサインを飾ったりしているのは、その一例です」
「世界の紀伊國屋書店の本店をつくる」
現在、新宿界隈(かいわい)はビルの建て直しラッシュが続いていて、新宿本店の近隣も工事中の建物や取り壊しを待つがらんどうの建物が目立つ。また、三省堂書店神保町本店や八重洲ブックセンター本店など、都内の大型書店は続々と建て直しに向かっている。そのなかで、レガシーを受け継いだ新宿本店の存在感はひときわ大きい。聞けば、世界108店舗の中で、売上1位は新宿本店だという。海外での知名度の高さを物語るように、上位5位以内にはシンガポール店とドバイ店が入り、6位はクアラルンプール店、10位はシドニー店だ。
吉野さんには経営陣から、「世界の紀伊國屋書店の本店をつくるように」というミッションが下った。そして、コンセプトづくりのために、世界的に有名な老舗書店があるロンドンに視察に行った。そのかいあって、洗練された空間に生まれ変わった新宿本店。以前の店舗のごちゃごちゃとしたサブカル的な雰囲気が好きだった人もいるかもしれないが、まさに世界の紀伊國屋書店の本店にふさわしいリニューアルを果たしたのだ。
「海外からのお客様はコロナ禍で一時減りましたが、徐々に回復しています。私がロンドンの老舗書店に行って思ったように、海外のお客様に、新宿本店はすごいなと思ってもらえたらうれしい限りです。国内のお客様に対しては、本との接点を絶やさないようにしたいと考えています。一般財団法人出版文化産業振興財団の調査によると、全国の26.2%の自治体には書店がないそうです。つまり、約4分の1の自治体に書店がないということ。この悲しい現状を変えるためにも、弊社は国内に100店舗を構えることを掲げています。あと32店舗。ゴールはまだ先ですが、書店をなくさない、という意思表示として公言しています」
吉野さんが紀伊國屋書店に入社したのは2000年で、キャリアの半分は新宿本店に勤務している。ビジネス書や文学、雑誌などの売り場を担当したほか、仕入れも担当した。その吉野さんに、お薦めの3冊を聞いたところ、ビジネス系のロングセラーを紹介してくれた。ロングセラーということは、発売から年数がたっているということ。あえて新刊を選ばなかった理由は、「新宿本店のリニューアルのように、古いけれどいいものは長く受け継がれて残る、というテーマで選書したかったから」という。
優れた戦略の条件とは?
1冊目は、2010年に発売された『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』(楠木建著/東洋経済新報社)だ。著者は、一橋ビジネススクール教授を務める経営学者。500ページ超の本格的な経営書にもかかわらず、10年以上にわたって売れ続けているという。
「著者は、戦略とは、他との違いをつくって差別化することだと定義しています。ただ、それだけでは『優れた戦略』にはなり得なくて、違いをつなげて誰かに話したくなるような面白いストーリーにすることが重要である、というのが本書の主旨です。ストーリーというからにはそれなりの長さと厚みが必要で、だから他がまねできない、と。ウイットに富んだ文章で、多くの企業の事例を挙げながら、分かりやすく説明してくれます」
本書によると、「ストーリー」には5つの柱――(1)競争優位、(2)コンセプト、(3)構成要素、(4)クリティカル・コア、(5)一貫性、がある。吉野さんが一番心引かれるのはクリティカル・コアで、「サッカーでいうとキラーパスのようなもの」だという。
「キラーパスは、おいおいちょっと無茶してない? というギリギリのところを狙うから、相手にとって失点につながるわけですよね。まねしようとしてもできないことで、そういう戦略を組み込むことが肝要。そうすることで、ストーリー性が強まって、独自性が上がるわけです。新宿本店のリニューアルコンセプトを考えるときも、このクリティカル・コアを意識しました」
1階の雑誌売り場の中央スペースには書棚がなく、低めのテーブルに雑誌を平積みしているのはその一例だ。待ち合わせに使うお客さんが多いことを踏まえて、高い書棚を並べたら相手を見つけにくいと考えた。
「書棚にしたほうが点数はたくさん置けますが、それをあえてしないことでまねされにくいクリティカル・コアになり得ると考えました。もっとも、テーブルに平積みにしたほうが、実は見やすくて、手に取りやすいことが分かりました。お客様にもご好評をいただいています」
取材・文/茅島奈緒深 写真/尾関祐治