紀伊國屋書店新宿本店は3年にわたる改装期間を経てリニューアルオープンした。同店の吉野裕司副店長は改装プロジェクトチームの一員で、コンセプトづくりから中心的な役割を果たした人物だ。その吉野さんがお薦めするのが、ビジネス系ロングセラーで、生産性がテーマの『イシューからはじめよ』と、人気コピーライターが気持ちを言葉にする技術についてまとめた『「言葉にできる」は武器になる。』の2冊。

前編「 紀伊國屋書店・吉野裕司さん 新宿本店の改装に生かした1冊

紀伊國屋書店新宿本店2階の文学売り場には、「BOOK CLOCK」と言われる円形状に並んだ本が時刻を示す時計がある。つい長居してしまう人も
紀伊國屋書店新宿本店2階の文学売り場には、「BOOK CLOCK」と言われる円形状に並んだ本が時刻を示す時計がある。つい長居してしまう人も
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まずイシュー=問題をしっかり見極めよ

 今年1月、紀伊國屋書店新宿本店が3年にわたる改装期間を経てリニューアルオープンした。同店副店長兼第一課長の吉野裕司さんは改装プロジェクトチームの一員で、コンセプトづくりから中心的な役割を果たした人物だ。その吉野さんにお薦めの3冊を選書してもらい、前回は、競争戦略に関するロングセラー『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』(楠木建著/東洋経済新報社)を紹介した。

 今回2冊目として紹介するのもビジネス系ロングセラーで、生産性がテーマの『イシューからはじめよ 知的生産の「シンプルな本質」』(安宅和人著/英治出版)だ。2010年の発売で、吉野さんは初めて手に取ったとき、難しそうな本だと思ったが、前書きにあった文が目に留まって読むことにしたという。

 「『悩む』=『答えが出ない』という前提のもとに、『考えるフリ』をすること。『考える』=『答えが出る』という前提のもとに、建設的に考えを組み立てること。
 この文が刺さったんです。私は、頭の中でぐるぐると考えることが多いんですが、あれは考えていたのではなく、悩んでいただけだったんだな、と違いに気づけました」

 そして読み進めると、吉野さんは小中学校のときに、教師や塾講師から、テストでは問題をしっかり理解してから解答しなさい、と指導されたことを思い出した。

 「どんなに優れた解答をしても、問題から外れていたら丸はもらえませんよね。仕事もそれと同じで、とにかくまずイシュー=問題をしっかり見極めよ、というのが本書のメッセージだと思います。新しい仕事を与えられたときは、何を、どう解けば『正解』なのかと考え、ミスやトラブルが起きたときは、本当の問題はどこにあるのだろう、と考えることが何より重要。問題を漠然と受け止めたまま、漠然と解いても、漠然とした答えしか出ません。しかも、なかなか正解が出ないため、何度も解き直すことになって余計な仕事が増えてしまいます。

 そうならないように、まず問題を見極めよ、と。見極めた問題を細分化して仮説を立てるフェーズは第一印象通り難解ですが、仕事の生産性を上げたい人や結果を出したいと思っている人には、ぜひチャレンジしてほしい1冊です」

『イシューからはじめよ』(安宅和人著)。仕事の生産性を上げたい人や結果を出したいと思っている人には、ぜひチャレンジしてほしい1冊
『イシューからはじめよ』(安宅和人著)。仕事の生産性を上げたい人や結果を出したいと思っている人には、ぜひチャレンジしてほしい1冊
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「自分の言葉で話したい」人たちが支持

 3冊目のお薦め本は、人気コピーライターが気持ちを言葉にする技術についてまとめた『「言葉にできる」は武器になる。』(梅田悟司著/日本経済新聞出版)だ。著者は、タウンワークやジョージアなど誰もが知っている宣伝文句の数々を考えた人で、発売は2016年。「自分の言葉で話したい」と願う人たちに支持され続けている。

 吉野さんによると、本書は大きく分けると3部構成になっていて、肝は序盤にあるという。

 「序盤で、言葉には『外に向かう言葉』と『内なる言葉』があるという定義が出てきて、内なる言葉とは思考を意味します。私たちは思いや考えを巡らせるとき、様々な言葉を使いますよね。つまり、思考を鍛えることと、言葉を鍛えることはイコール。著者は『言葉は思考の上澄みである』という表現もしていて、思考が強くなければ言葉も強くならない、と。そういう言葉を使えるようになれば、人を動かそうと思わなくても、人が自然と動いてくれる、人が進んで動きたくなる、と説かれていて、非常に腹落ちしました」

 中盤は、思考を深化させるためにはどういうことをしたらいいか、ということにページが割かれている。「ロジカルシンキングの基本になるMECE(ミーシー)や、複眼思考、セレンディピティ、具体的思考と抽象的思考、物事の解像度を上げて明晰(めいせき)にする思考法など、有名な思考法が網羅されているのも特筆すべき点」と吉野さん。各思考法について書かれた名著も多いので、興味を持った思考法を深掘りするべく、新たな本と出合えるのも本書の魅力だろう。終盤のテーマは思いを形にする技術で、難解な言葉が必要なわけではまったくなく、中学校レベルの語彙と文法で人の心に響く言葉がつくれる、という気づきを得られるという。

『「言葉にできる」は武器になる。』(梅田悟司著)。難解な言葉が必要なわけではまったくなく、中学校レベルの語彙と文法で人の心に響く言葉がつくれる
『「言葉にできる」は武器になる。』(梅田悟司著)。難解な言葉が必要なわけではまったくなく、中学校レベルの語彙と文法で人の心に響く言葉がつくれる
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「物価」「雇用」「時間術」が売れ筋

 吉野さんに、最近売れている本についても聞いたところ、まず物価や価格がテーマの2冊を挙げてくれた。『物価とは何か』(渡辺努著/講談社選書メチエ)と、『プライシングの技法』(下寛和著/日経BP)だ。物価高が続いているため、多くの人が関心を寄せるテーマなのだろう。

 「前者は昨年1月に発売されて、昨年の経済図書関連の賞を数多く受賞しました。後者の発売は昨年12月。価格はマーケティングで重要な『4P(プロダクト<製品>、プライス<価格>、プロモーション<販促活動>、プレイス<流通>)』の1つですが、これまで詳しく語られた本があまりありませんでした。時勢的にも、世間のニーズにマッチした1冊だと思います」

 今年4月に日本銀行の総裁が代わることから、前日銀副総裁の『最後の防衛線 危機と日本銀行』(中曽宏著/日本経済新聞出版)と、元日銀理事の『日本経済の見えない真実 低成長・低金利の「出口」はあるか』(門間一夫著/日経BP)もよく売れているという。「経済のジャンルで月間ランキングをつくると、2冊とも上位に入ってきます」と吉野さん。

 雇用に関する本の売れ行きもよく、なかでも『こうして社員は、やる気を失っていく リーダーのための「人が自ら動く組織心理」』(松岡保昌著/日本実業出版社)と、『ゆるい職場 若者の不安の知られざる理由』(古屋星斗著/中公新書ラクレ)が好調だ。

 「この2冊に共通して書かれているのは、報酬は大事だけど、自分がその職場にいて成長できるかどうかも大事、ということ。若い人たちは必ずしもお金だけにこだわっているわけではなく、自分が成長できることにも重きを置いていることが分かります。この職場にいると潰しがきかなくなる、と思うと辞めるようです。現在、多くの企業が離職率の高さに悩まされていると聞きますが、雇用は今後もますます注目されるテーマだと思います」

 時間術をテーマにした『限りある時間の使い方』(オリバー・バークマン著/高橋璃子訳/かんき出版)と、『YOUR TIME ユア・タイム 4063の科学データで導き出した、あなたの人生を変える最後の時間術』(鈴木祐著/河出書房新社)の人気も高い。吉野さんによると、後者は今年1月にメンタリストDaiGoさんが読むべき本として挙げたことで、人気に火が付いたという。これまで、時間術というと効率化を図ることに主眼が置かれてきたが、この2冊とも違う。いずれも時間に対する感覚や時間の捉え方を変えることがテーマになっている。

 「これは私見ですが、コロナ禍になってリモートワークが進んで、家でも仕事をするようになったことで、オンとオフが曖昧になって、時間がどんどん仕事に侵食されている気がします。以前は、仕事は会社でするもので、切羽詰まった状況でなければ残業も休日出勤もしませんでしたよね。それが、オンとオフが曖昧になってしまって、みんな疲れているのではないか、と。時間を自分のためにもっと使いたい、と願う人の多さが、この2冊の売れ行きにつながっているのだと思います」

「コロナ禍でオンとオフが曖昧になってしまって、みんな疲れているのではないか。時間を自分のためにもっと使いたい、と願う人が増えてきているようです」
「コロナ禍でオンとオフが曖昧になってしまって、みんな疲れているのではないか。時間を自分のためにもっと使いたい、と願う人が増えてきているようです」
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取材・文/茅島奈緒深 写真/尾関祐治

なぜ、あの人の言葉は胸に響くのか

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梅田悟司著/日本経済新聞出版/1650円(税込み)