トヨタ自動車に21年勤務後、トヨタ自動車の仕入れ先である部品メーカー・旭鉄工の社長に就任した木村哲也氏が、AI活用を前提とした経営を実践してきた経緯をまとめた書籍『 AIファースト経営 利益を10億円増やした旭鉄工の成功モデル 』(日経BP)。書籍から冒頭部を抜粋し、旭鉄工が実践している「AIファースト経営」事例を紹介する。その第3回。

哲学の共有~共通の価値観として

 AIを単なる便利ツールから「組織の哲学」へと昇華させるきっかけとなったのが、「AIキムテツ」の誕生である。当初は、私(木村哲也)の著書や講演録、あるいはメディアに掲載された記事などをAIに学習させ、どのような反応が返ってくるのかを試す興味本位の試行から始まった。

 すると、以下のような使い方ができるとわかった。

特定のテーマに対する文章作成

 DX(デジタルトランスフォーメーション)やカーボンニュートラルなど、これまで旭鉄工で実行したこと、およびそれに関する考え方などについての文章を作成してくれる。

特定のテーマに対する文章作成の例
特定のテーマに対する文章作成の例
(出所:書籍『AIファースト経営 利益を10億円増やした旭鉄工の成功モデル』)
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講演での質疑応答対応

 リアルタイムでの運用も可能だ。聴衆からの質問に対する回答をAIキムテツが作成、必要に応じ私が口頭で多少付け加えれば事足りるし、十分インパクトがある。また、事前に質疑応答のシミュレーションをすることもできる。「どういう質問が出そうか」「それに対する回答はどうなるか」の両方を事前にチェックできる。回答が不十分であればAIキムテツ自体をアップデートすればいい。

講演依頼に対する概要やタイトル作成

 商工会議所や展示会の主催者などから来た講演依頼に対し、講演の趣旨、対象者、テーマ、概要の文字数などをAIキムテツに与え、作成する。出てきた回答を人間がチェックし、必要に応じ修正して主催者に返すだけ。最近では秘書がAIキムテツで回答を作成、私はSlack上で確認するだけで済む。

講演依頼に対する概要やタイトル作成
講演依頼に対する概要やタイトル作成
(出所:書籍『AIファースト経営 利益を10億円増やした旭鉄工の成功モデル』)
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インタビュー記事作成

 メディアから記事にしたいとインタビュー依頼が多くある。弊社で対面のインタビュー形式でお話しする機会が多いのだが、拙著やネット上の記事を読めばわかるような質問も多く、時間のムダと感じることもしばしばあった。

 そこで、最近はテーマと文字数制限について事前にお聞きし、AIキムテツが文章作成を行い、依頼者にその文章をお送りしている。2~3回やり取りを繰り返せばそこそこの出来になるので、その時点で改めてインタビューを設定、あるいは弊社で写真撮影などを行う。我々と依頼者の双方にとって効率的な時間の使い方ができるようになった。

メディアからの質問とAIキムテツの回答
メディアからの質問とAIキムテツの回答
(出所:書籍『AIファースト経営 利益を10億円増やした旭鉄工の成功モデル』)
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 JEITA(電子情報技術産業協会)の冊子に掲載された当社のAI活用事例の記事作成にあたっても、AIキムテツが使用されている。

 いずれの使い方にしても、私の前著や最近の取り組みの資料が参照されるため、汎用の生成AIとは異なった回答が生成される。この時点でも十分役に立つものになった。

 しかし使い続けるうちに、それが単なる質疑応答を超えた、極めて優秀な「自分の思考に従って物事を解釈してくれる鏡」や「相談相手」であることに気づいたのだ。自分が大切にしてきた経営哲学や前提条件をAIに与えてあるため、それに基づいた一貫性のある思考が展開される。この点に本質的な価値を見いだし、AIキムテツを組織全体の「共通の価値観(哲学)」として定義することにした。

哲学(共通の価値観)が必要な理由

 経営者が代わると会社が大きく変わるという例は多くある。

 会社の状況を「データである」と考えると、同じデータを見ても、使う人の考え方が違えば結論(判断とアクション)は変わるということになる。違いを生み出すのはデータではなく、データに対する「考え方」と「使い方」なのである。

 例えば、残業や休日出勤が増えると「ライン能力が足りない」と考える会社は多いだろう。すると、設備投資、人員追加、休日出勤の増加という方向へ進む。私が来る以前の旭鉄工もそうだった。

 しかし今の旭鉄工では、まずカイゼンによって既存ラインの能力を上げることを考える。止まっている時間はないか。待っている時間はないか。チョコ停(短時間の停止)は積み上がっていないか。サイクルタイムは遅れていないか。能力不足に見えていた問題の多くは、実は能力不足ではなく、ムダによって本来の能力を発揮できていない状態なのである。

 AIもこれと同じだ。AIに哲学(価値観)を与えなければ、AIは世間一般の「最大公約数的な価値観」を正解として採用してしまう。それでは、旭鉄工らしい独自の強みや、スピード感のある判断は生まれない。AIキムテツは、この「世間一般の正解」とは違う「旭鉄工の正解」を生み出すためにも存在している。

哲学を「ものさし」に変える

 ここで言う「哲学」とは、旭鉄工の考え方のベースとなる最上位の「価値観」、すなわち「付加価値ファースト」「人を責めない」といった根本思想のことである。そして、この形のない「哲学」を具体的な業務に適用するためのデバイス(装置)が、「ものさし」としてのAIキムテツである。

 例えば、不具合対策においてよく見られる「再教育」。世間一般のAIであれば「作業者の注意力を高める教育を徹底する」といった回答を出すかもしれない。しかし、旭鉄工の考え方は異なる。再教育は対策ではない。人を責めるのではなく、ミスが起きないように仕組みそのものを変えるというのが我々の哲学だ。こうした独自の価値観をAIに学習させることで、AIは単なる一般論ではなく、旭鉄工の考え方に沿った回答を出すようになる。

(写真:Metro Hopper/stock.adobe.com)
(写真:Metro Hopper/stock.adobe.com)

(書籍『AIファースト経営 利益を10億円増やした旭鉄工の成功モデル』を基に再構成)

日経クロステック 2026年7月23日付の記事を転載・改題]

自動車部品メーカー・旭鉄工のAI活用ノウハウを社長自らが解き明かす。「ChatGPTを入れたが、使いこなせる社員があまりいない」「AIの回答が一般的すぎて、実務で役に立たない」「そもそも何から始めたらいいのか、わからない」。そんな悩みを抱える経営者やリーダー、現場社員必読の1冊です。

木村哲也(著)/日経BP/1980円(税込み)