人工知能(AI)の普及や電気自動車(EV)をはじめとする電動車の拡大、電子機器の高性能化、自動化を踏まえて複雑・高度になる産業用機器……。最新機器を開発する上で、熱マネジメントが欠かせない課題となっている。熱マネジメント次第で高効率な稼働と信頼性を確保できたり、性能の低下や故障につながったりする。競争力を左右する熱マネジメントの習得のポイントを、元デンソーで開発設計の第一人者である神谷有弘氏に聞く。今回は、AIデータセンターを宇宙に設置する背景や自動車分野が直面する課題について聞いた。(聞き手は近岡 裕)
あらゆる最新機器やシステムの開発は「熱との戦い」とのことですが、技術者は今、どのようなところで苦労しているのでしょうか。
神谷氏:それは分野ごとで様々です。逆に、苦労していない分野や開発現場はないと言っても言い過ぎではありません。
マスク氏の奇抜な発想
AIデータセンターの冷却については、行き着くところまで行き着いた感すらあります。そのため、北極のような極地に設置したらどうかというアイデアが出るようになっているのです。もともと外気温が低いところに持っていけば冷えるでしょう、と。
これまでは、まず空冷からスタートし、それが水冷に変わりました。そして、次に水冷の中でも液浸冷却に変化していきました。液浸冷却とは、冷たい液体の中に回路基板をじゃぶ漬けして冷やす方法です。ここまで変化が激しいというのは、サーバーやデータセンターの開発において、いかに放熱に困ってきたかを如実に表しています。
放熱は表面積で決まるというのが熱の基本です。従って、AIデータセンターも本来ならゆったりとした敷地を確保できればよいのですが、土地の取得に費用がかかったり、住民の反対に遭ったりして、設置場所の確保が難しくなりつつあります。
そこで、あのイーロン・マスク氏の登場です。なんと「データセンターを宇宙に設置する」というアイデアを世界に披露しました。具体的には、マスク氏が率いる米SpaceX(スペースX)が、AIデータセンターを宇宙空間に設置する「軌道上データセンター構想」を打ち出したのです。
宇宙空間に行けば、常に晴れているので太陽光発電の効率が高まる。それにより、電力不足を回避できるという電力確保面での利点のほかに、マスク氏は放熱面でのメリットにも言及しています。基本的に宇宙空間は寒冷なので、効率的に熱を逃がせると主張するのです。
費用対効果を含めた実用可能性について否定的な意見も上がっています。しかし、奇抜かもしれませんが、エネルギーマネジメントの観点から考えると発想そのものはおもしろいアイデアです。こうした発想力はマスク氏ならではの才能と言えるでしょう。
放熱と信頼性との両立に苦労
自動車分野では、どのようなところで苦労しているのでしょうか。
神谷氏:目立つのはトレードオフの解消です。つまり、放熱を立てると信頼性が立たず、信頼性を立てると放熱が立たず、というところです。
例えば、ハイブリッド車のエンジンルームに搭載する車載機器を想定しましょう。放熱を考えるのなら、車載機器をできる限り温度の低い場所に搭載して冷却しようと考えます。エンジンルーム内で比較的温度が低いところとなると、吸気管がある。「そうだ、吸気管に搭載しよう」というアイデアは当然出てくることでしょう。なんとか空いたスペースを見つけて、吸気管に車載機器を取り付けます。
これで首尾よく開発が終了かと思いきや、きっとトラブルに見舞われます。仕様通りの性能が出なかったり、壊れたりして、後で対応に追われることになるのです。
なぜなら、吸気管はエンジンの作動による振動発生源だからです。確かに、吸気管は外から吸った空気が通るので、低い温度環境といえます。それで放熱の課題は解決されるかもしれませんが、吸気管から受ける振動に耐える設計になっていないと、車載機器が壊れる可能性があります。
一般には、放熱と自己発熱による温度変化サイクルの繰り返しで、はんだ(接続部)の信頼性を考慮しなければなりません。この事例の場合、外部からの振動という要素も考慮した上で、信頼性を担保する必要があるのです。
つまり、実際の製品開発では、製品単体の放熱性を満たすことはもちろん、設置される場所や使用される環境を踏まえた他の要素(耐振動性など)も考えた「バランス設計」を施さなければなりません。
ところが、多くの開発現場でとにかく車載部品の性能を維持しようと放熱をうまく行うことばかりに集中し、開発設計をやり直す例が後を絶ちません。製品を成り立たせるために満たすべき要因を事前に十分に想定しておらず、設置場所によって受ける外乱などの影響に、実車を模した試験になって初めて気付くケースが多いのです。その意味では「フロントローディング」を踏まえることが大切という言い方もできると思います。
[日経クロステック 2026年7月24日付の記事を転載]
神谷有弘(著)/日経BP/7150円(税込み)

