人工知能(AI)の普及や電気自動車(EV)をはじめとする電動車の拡大、電子機器の高性能化、自動化を踏まえて複雑・高度になる産業用機器……。最新機器を開発する上で、熱マネジメントが欠かせない課題となっている。熱マネジメント次第で高効率な稼働と信頼性を確保できたり、性能の低下や故障につながったりする。競争力を左右する熱マネジメントの習得のポイントを、元デンソーで開発設計の第一人者である神谷有弘氏に聞く。今回は、神谷氏自身がどのように熱マネジメントに対応してきたかについて聞いた。(聞き手は近岡 裕)
神谷さん自身は、熱設計や熱マネジメントにどのように関わってきたのですか。
神谷氏:大学では電力系の研究室に在籍していました。高電圧の送電線網の遮断に関する基礎技術の研究です。その後、デンソー(当時は日本電装)に入社し、様々な製品の開発設計を担当しましたが、それほど熱との関わりがあったわけではありません。私が熱に深く関わるようになったのは、熱的に厳しい環境で使う特殊な部品であるイグナイター(点火装置)の開発設計を手掛けた時です。
放熱と信頼性の両立に苦労
イグナイターは、イグニッションコイルを介して3万Vの電圧を扱って火花を飛ばすデバイスです。恐らく、高電圧系の研究室を出たため、私に任せようと会社は考えたのでしょう。
半導体チップのジャンクション温度は150℃。すなわち、この上限温度に耐えることは絶対条件でした。エンジンの稼働時には高温に達するため、150℃の耐熱性がないと壊れてしまうからです。
このジャンクション温度に耐える設計にする一方で、寒冷地での使用も考慮して-40℃を想定した設計を進める必要もありました。しかも、温度サイクルの評価もしなければなりません。10年・10万kmといった耐久性を保証しなければならないという厳しい条件だったのです。
ここで熱に関わる品質問題も経験しました。温度サイクル試験をどれくらい行えば、耐久性を保証できるのかを突き止め、製品寿命とサイクル数の関係を導き出したのです。
つまり、この開発案件で、放熱を抑えるのはもちろん、温度変化に対する接続の信頼性を考えた熱設計の大切さを諸先輩方から学んだというわけです。放熱設計だけにこだわっていたら、車載部品として実用化できませんでした。しかし、放熱設計のみに集中し、信頼性など他の要因を見落としてトラブルになるケースが、今なお日本企業の開発現場で後を絶ちません。
バランス設計の視点が大切
他に、熱マネジメントで苦労したエピソードはありますか。
神谷氏:構造的には小さくできるけれど、熱設計の観点からはそこまですると製品として破綻するケースはたくさんありました。そのため、例えば筐体(きょうたい)の材料を樹脂から金属に切り替えたり、TIM(Thermal Interface Material)と呼ばれる放熱材料の中から適したものを採用したりして、開発としての「最適解」を得られるように努めていました。
私は熱マネジメントに携わる技術者に、「バランス設計」を提唱しています。開発設計では、何かを追求すると、何かが成り立たなくなるというトレードオフの要素がたくさんあります。前回述べた通り、放熱にとって好ましい温度環境を選んだのに、実は振動の影響を受ける場所だった、といった具合です。
そのため、現実の開発では様々な背反する要素を考慮しながら、製品としての最適解を追究しなければならないのです。まさに調和をとる必要があるので、熱マネジメントではバランス設計が大切であると言っているのです。
また、そのためには開発設計の最初の段階で熱マネジメントまで考慮した「フロントローディング」設計に臨むことも考えるべきでしょう。最適解になるように、最初から手を打つというわけです。
幸い、最近はCAE(コンピューターによるエンジニアリング)ツールによるシミュレーションを使いこなす若手が増えてきました。そのため、フロントローディングに対する意識付けは進んできたように感じます。
しかし、先述の通り、熱マネジメントに集中し、最適解を追究するためのバランス設計がおろそかになるケースが散見されます。注意が必要です。
[日経クロステック 2026年7月29日付の記事を転載]
神谷有弘(著)/日経BP/7150円(税込み)

