山本七平氏の著書『 日本はなぜ敗れるのか──敗因21カ条 』(角川oneテーマ21)は、単なる軍事・戦争研究を超えた日本人論が展開されており、企業経営にも大きな示唆があります。山本氏は、精兵主義に代表される日本軍の戦略・戦術の前提と実態との決定的乖離(かいり)を指摘します。この名著を、ベイン・アンド・カンパニー日本法人会長、パートナーの奥野慎太郎氏が読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔マネジメント編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。
軍事・戦争研究を超えた日本人論
『日本はなぜ敗れるのか──敗因21カ条』は、太平洋戦争中に砲兵少尉としてマニラで戦い捕虜となった評論家の山本七平氏が、日本はなぜ戦争で敗れたのか、日本人とは何かを考察した日本人論の名著です。執筆に際し、技術者としてブタノール製造のためフィリピンに派遣され捕らえられた小松真一氏の『 虜人日記 』(ちくま学芸文庫)を読み解きました。
民間人である小松氏の手記を題材に考察を進めることで、単なる軍事・戦争研究を超えた日本人論が展開されており、現代社会に生きる我々や、その企業経営にも大きな示唆があります。小松氏が掲げた敗因21カ条の中でも多くを占め、山本氏が特に注目した点に精兵主義に代表される日本軍の戦略・戦術の前提と実態との決定的乖離が挙げられます。
21カ条の中では「精兵主義の軍隊に精兵がいなかった事。然るに作戦その他で兵に要求される事は、総て精兵でなければできない仕事ばかりだった」「精神的に弱かった(一枚看板の大和魂も戦い不利となるとさっぱり威力なし)」「物量、物質、資源、総て米国に比べ問題にならなかった」など、4分の1がこの論点に関係しています。
日本の国力は米国よりも大きく劣る、開戦後に徴兵された戦力が最初から精兵であるはずがない、制海権のない海に十分な護衛をつけず旧式の輸送船を出せば撃沈される、といった常識を否定。これらを述べる者は「非国民」と弾圧し、非常識な前提を「常識」として行動する姿勢は数々の悲劇を生みます。
一部に精兵がいたことは事実でしょうが、その「芸」を絶対化して合理性を怠ることは、戦闘と戦争の区別のつかない指導層の怠慢です。いわゆる日本軍の強さを、資源や設備の制約を工夫で打開する中小零細企業的な強みであるとして、「条件さえ同じなら負けない」と現実の条件的違いを無視してしまったことが敗因の大きな要素であると本書は指摘します。
日本軍に似る企業経営も
本書で指摘されるような、実態についての合理的・客観的な認識とそれに基づく戦略・対応検討の不足、これらに起因する様々な失敗や敗退は、残念ながら今日の企業経営(日本企業に限らないかもしれません)においても見られる典型的な問題事象の1つです。
一例に、日本の家電メーカーがブランド力や技術力、品質を強みとして掲げ続け、それが競合を凌駕(りょうが)するレベルで顧客に評価されていることを前提に戦略を展開したことがあります。
20世紀後半には世界を席巻した日本の電化製品ですが、2000年代に入ると状況が一変します。とりわけAV機器などでは、米国や新興国などで韓国や中国などの新興メーカーがブランド力で上回っていたり、技術的にも同じコンポーネントを使っているために顧客に認識されうるような有意な差がなかったりといった状況が珍しくなくなりました。
一方で新興メーカーは、かつて米軍が日本軍の兵器・戦術に対してそうしたように、日本企業の製品やマーケティングを徹底的に分析して、それらに勝つ戦略・戦術を講じ、成果を上げていました。
それらは少し客観的な調査をすればすぐに把握できた、あるいは最前線の現場ではすでに認識されていたはずです。ところが、本社中枢にそうした情報が上げられなかったり、本社の幹部の一部が「そんなことはないはずだ」と取り合わなかったりした結果、戦略の軌道修正までに大きな時間と経済的損失を払うことになりました。
ものづくりにおける匠の技術の優位性は今でも多くのメーカーで大切にされる強みです。ただ、後継者育成への投資が十分でなかったり、そもそもそうした技術者の数が経営に有意な違いをもたらす水準になかったり、あるいは競争のルールがすでにそこになかったり、といった状況に出合うことは少なくありません。
日本の中小零細企業の製造技術が米アップルの最新製品に採用された、などといったニュースは、ものづくりの尊さを重視する私たちの留飲を下げてくれますが、それとて属人に頼りすぎない、大量生産に足る技術的な普遍性と、量産のための投資があって初めて商業的価値につながったと言えるでしょう。
国宝級の技術者がいることは誇るべきことですが、そうした人が1人いることが会社全体の技術的な強み、経営上の強みを表しているとは言えません。会社全体のケイパビリティとして標準化・体系化・仕組み化するなどしていない限り、そうした宝も経営という観点からは持ち腐れになりがちです。
同様に、伝説的なセールスマンがたった1人いたからといって、全員に素晴らしい営業力があることを前提にしたような計画を立てても、実行には結びつかないでしょう。
敵を知り己を知れ!
また「条件さえ同じなら負けない」として現実の条件的違いを無視したり、彼我の条件の差を克服しようとしなかったりする姿勢は、今日の日本企業の新興国企業(あるいは新興企業)に対する姿勢にも見られることがあります。
猛烈な勢いで投資を拡大し、成長を続ける新興国企業、特に中国企業に勝つための戦略の議論をしていると、日本企業の経営者や幹部からはこんな疑問や仮説が語られることがあります。
「彼ら(中国企業)は本当にもうかっているのか」「彼らは政府から税金その他のさまざまな優遇措置を受けているから強いのであって、技術的には我々の方が間違いなく上ではないか」「彼らは後先顧みずにどんどん投資をし、巨大な生産設備を擁するからコスト競争力に勝るが、同じ設備を使えば我々の方が圧倒的に優れているはずだ」――。
そうした指摘がすべて当たらないわけではありません。しかしながら実態は多くの場合、優遇措置などのローカル企業特有の優位性は新興国企業の主たる競争力の源泉ではなく、積極的な設備投資や買収により圧倒的な規模を実現し、それをコスト競争力やチャネルシェアにつなげて利益を上げています。
仮に優遇措置が大きな障壁であったとしても、かつての米国企業が日本に対してそうであったように、合併や買収を活用したり、規制に対する政治的圧力をかけたりといった手段もあります。ただ「条件さえ同じなら負けない」と開き直っていては、相手の客観的・合理的な分析が奨励されず、対応策も精神的、あるいは中途半端になりがちです。
『孫子・謀攻』に「敵を知り己を知れば百戦危うからず。敵を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず危うし」と言われるように、競争に勝つためには思い込みや願望、決めつけではない、客観的で合理的な事実に基づいた戦略設計と意思決定が何よりも必要なのです。
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