海外に日本文化を持ち込んで理解を得るには、日本人一人ひとりが自らの文化を意識的に再定義・再把握し、現地のそれとの違いを理解して、現地の言葉で提示する必要があります。山本七平氏の名著『 日本はなぜ敗れるのか──敗因21カ条 』(角川oneテーマ21)を、ベイン・アンド・カンパニー日本法人会長、パートナーの奥野慎太郎氏が読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔マネジメント編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。

フィリピンで反日感情が高まった理由

 日本は太平洋戦争の大義名分の1つとして「大東亜共栄圏」構想を掲げました。一方、小松真一氏は『 虜人日記 』(ちくま学芸文庫)の敗因21カ条で「一人よがりで同情心が無い事」「日本文化に普遍性なき為」「日本文化の確立なき為」として、日本の文化的側面の弱さを3項目で指摘しました。

 山本七平氏も、日本が自己を絶対化するあまり反日感情に鈍感であったことが、アジアの人々や少数民族などに反日感情を芽生えさせ、強烈な抗日運動やゲリラに悩まされる原因になったと述べています。

 文化とは元来個別的なものであり、行く先々に当地の文化があるのが当然です。そこに日本文化を持ち込んで理解を得るには、日本人一人ひとりが自らの文化を意識的に再定義・再把握し、現地のそれとの違いを理解して、現地の言葉で提示できなければなりません。

 他人の文化的基準を認めず、自らの文化も説明せず、それを理解・尊重しない者に罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせるだけでは、相手は困惑し反発します。アジアの人々に対してだけではありません。交戦相手国に対しても「鬼畜米英」と罵るだけで、彼らの文化や考え方を研究・理解する姿勢がないことが、合理的判断の欠如や情報活動の不足につながっていきました。

 「自分は東亜解放の盟主だから、相手は歓迎し全面的に協力してくれる」と思い込む。必ずしもそうでない現実に遭遇すると「裏切られた」と憎悪する。協力してくれた現地の人を大切にしない。これらの姿勢も「一人よがりで同情心が無い」と断じています。

 その結果、当初日本に対して特定の感情のなかったフィリピンで反日感情が高まり、軍人だけでなく日本人民間人まで攻撃を受けることになります。そうした状況でも、現地の人々に文化的基準や合理的理由があることを認めて話し合おうとせず、掃討しようとしたため、さらに状況が悪化したのです。

自社の組織風土や文化を認識する

 前回「 日本軍はなぜ敗れたのか 企業経営にも生きる日本人論の名著 」では、自社および競争相手の事実を客観的に分析・理解することの重要性について述べました。これは価格や製品性能などの機能的な側面だけでなく、社風や企業文化、価値観などの側面にも及ぶ議論です。

 コンサルタントとしてクライアント企業を支援していると、他社で取り入れられている成功事例や、幹部候補として採用を薦められた他社人材に対し、「当社の文化・風土にはなじまない」という意見が出る場面にしばしば遭遇します。

 確かに他社でうまくいったものが自社でもうまくいくとは限りませんし、その導入可否をはかるうえで文化的側面が重要であることはその通りでしょう。残念なことは、その企業が大切にしている文化や組織風土(意図せず陥ってしまった悪しき風土ではありません)を外部の人間にでもわかるように具体的に説明でき、かつ異口同音の説明が異なる幹部の方からうかがえる会社は意外に少ないということです。

 企業文化や組織風土は戦略設計・遂行において極めて重要な要素です。企業の組織風土を客観的に「見える化」することを我々がサポートすることも多く、そのためのグローバルに標準化されたアプローチもあります。そうした分析を通じて客体化されて初めて、クライアント企業の皆さんが自社の企業文化・組織風土を認識されることも往々にしてあります。

企業文化や組織風土は重要な要素(写真/Shutterstock)
企業文化や組織風土は重要な要素(写真/Shutterstock)
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 自社の企業文化・組織風土への理解が進むと、それまで「なじまない」と拒否反応を示されていた他社の成功事例や戦略についても、なぜそれが機能しているのかを具体的に理解し、優れたものを取り入れていこう、そのために自社の組織風土の改めるべきところは改めよう、という姿勢が芽生えてきます。

 こうした普遍的な文化の確立と説明の重要性は、企業のM&A(合併・買収)や、グローバルな組織ガバナンスにも大いにあてはまるテーマです。合併・買収した企業や海外で立ち上げた現地法人が、日本の本社と異なる企業文化・組織風土であることは半ば当然です。いくら経営トップ同士が大いに賛同して成立した買収・合併であっても、組織の中には不安や違和感を覚えている人がほとんどであり、必ずしも統合を歓迎していないことも少なくないでしょう。

クールジャパンにも示唆

 そうしたなかで、自社にとって理解できない、自社と異なる言動に遭遇するたびに「やはり彼らは違う」といって批判しても相互不信が強まるだけで、よい結果にはつながりません。

 M&Aやグローバル展開をいい契機として自らの企業文化・組織風土を見つめ直す。そして自社が本当に大切にすべきもの、合併・買収相手先や海外現地法人においても順守してほしいものは何か、逆に変えていきたいもの、異なる考え方ややり方を許容できる部分はどこかを再定義・再把握することが、真の結果につながるのです。M&Aや海外進出が、自らのアイデンティティーを再確認させる、と言ってもよいでしょう。

 こうして見てくると、話題になった「クールジャパン」なるものの推進の仕方にも示唆があるように思われます。日本の文化とはどういったもので、その中で誇りたいもの、外国人にも伝えたいものはいったい何か。

 その再定義を経ずに、外国人に評価される可能性の高そうなものは何か、という視点だけで、全体の脈絡なく発信すべきコンテンツを考えると、評価されなかったときに失望が広がり、その失望が反感にもつながりかねません。

 外国人が日本のアニメをまねたり、日本食を作ったり、日本庭園を造ったりして、それが日本人の手によるものと異なる場合に、「あれは偽物だ」と嘲笑するのも、非常にひとりよがりでもったいない話です。

自らの客観的理解と他者の理解への努力

 「クールジャパン」と言われるものの本来の目的が、日本文化の価値を広く海外に伝え、そのファンを増やして経済的価値につなげていくことにあるのだとすると、日本文化とはいったい何であるのかという点についての説明責任は日本人にあります。

 まずは我々日本人一人ひとりが、現代の日本の文化を体系的に語れるように子どもの頃から教育すること。また、外国人にもその本質を説明したうえで、本質以外の部分での「工夫」「改良」を歓迎する姿勢が重要なのではないでしょうか。

 考えてみれば、食文化にせよ、工業製品にせよ、歴史的に日本人は他国の文化を進んで受け入れ、それを日本化・発展させることが極端に好きで上手な国民とも言えるかもしれません。それ自体は誇るべきことなのですが、ただそれと同じ姿勢を外国人に求めても、必ずしもうまくいくとは限らないでしょう。

 競合から学ぶこと、M&Aや海外進出において統合やガバナンスを円滑に進めること、さらには日本文化を海外に広めること。いずれにおいてもかつての戦争で露呈した日本人の悪癖を反省し、自らの客観的理解とそのための投資、自らを理解してくれた人への敬意と他者の理解への努力が、成功への基礎となるのではないでしょうか。

『日本はなぜ敗れるのか』の名言
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