野中郁次郎・一橋大学名誉教授と竹内弘高・ハーバード大学経営大学院教授の名著、 『知識創造企業』 (梅本勝博訳/東洋経済新報社)は、日本企業では、ミドルマネジャーがトップとボトムの社員を巻き込んで知識を創造してきたと分析します。本書を、岸本義之・武庫川女子大学経営学部教授が読み解きます。 『ビジネスの名著を読む〔マネジメント編〕』 (日本経済新聞出版)から抜粋。

ミドルマネジャーが重要な日本企業

 暗黙知を活用した組織的な知識創造が日本企業の強さの秘訣であったとするなら、なぜ、それは日本企業に固有の強みだったのでしょうか。

 欧米企業の伝統的な組織運営スタイルは、トップダウンによる階層組織モデルでした。トップがコンセプトを作り、それをメンバーが実行する分業制です。1981年に米ゼネラル・エレクトリック(GE)の最高経営責任者(CEO)に就任したジャック・ウェルチは、トップダウンでメッセージを打ち出し、組織変革を主導しました。

 一方、フラットな組織で自由に起業家精神を発揮してもらうのがボトムアップの組織運営スタイルです。3Mは粘着メモなどのユニークな製品を現場から生み出した会社として有名です。

 日本企業の組織運営はどちらにもあてはまらないと著者は主張します。欧米流ではどちらの場合でも知識の創造は個人が担いますが、日本では組織の中で起きるからです。欧米流スタイルではミドルマネジャーの役割が無視され、むしろリストラのターゲットになってしまいます。

 日本企業では逆にミドルマネジャーが重要で、トップとボトムの社員を巻き込んで知識を創造し、ビジネスを拡大させてきたといいます。

 そこで、著者はこうした日本的スタイルを「ミドル・アップダウン」と名付けました。様々な部門に存在している暗黙知を共同化し、表出化させるには、組織を横断して動き回れるミドルの存在が重要だというのです。社内横断的なプロジェクトチームを結成する場合、そのリーダーを務めるのはミドルです。社内に人脈を持つミドルが力を発揮するのです。

 1980年代までの日本企業は、ミドルが縦横に動ける環境にあったのかもしれません。近年はかつてより組織の壁が厚くなり、暗黙知の共有も難しくなったように思われます。その違いが日本企業の元気のなさにつながってはいないでしょうか。

暗黙知を共同化し、表出化させるには、組織を横断して動き回れるミドルの存在が重要だという(写真:shutterstock)
暗黙知を共同化し、表出化させるには、組織を横断して動き回れるミドルの存在が重要だという(写真:shutterstock)
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シャープの緊急プロジェクト制度

 『知識創造企業』で取り上げられている日本企業では、ミドルがプロジェクトリーダーとして、多くの組織を横断的にまたがってトップやボトムの社員を巻き込み、新たな商品開発などにあたっています。そのプロセスの中で暗黙知が活用され、集団で新たな知識が作り上げられています。では、そうしたイノベーションを起こすのに適した組織構造というのはあるのでしょうか。

 本書で紹介されている事例の1つ、シャープには、1970年代の「電卓戦争」の際のプロジェクトを起源とした、緊急プロジェクト制度があり、これによって多くのヒット商品が生み出されました。その中の1つ、電子手帳のプロジェクトは85年に始まりました。

 当時の成熟した電卓市場では、新興工業経済地域(NIES)製品との競争も始まり、危機感が高まっていました。電卓事業部(当時)の製品企画部長は、「ICカードによって複数の目的に使える電卓」というアイデアで電子手帳の製品開発を行おうと考えましたが、そのためには、電卓技術に加えて、他の事業部の液晶表示装置や、大規模集積回路(LSI)などの技術も使わなければならず、多くの部門から技術者を集めなければなりません。

 それには、研究開発(R&D)関係の最高意思決定機関である総合技術会議の承認を得ることが必要でした。電子手帳に入れた情報がオフィスのコンピューターともやり取りできるようになれば、電子手帳のユーザーがシャープのコンピューターやワープロも買う可能性があるとして、部門のトップたちを説得して回ったといいます。

シャープの緊急プロジェクト制度は多くのヒット商品を生み出した(写真:shutterstock)
シャープの緊急プロジェクト制度は多くのヒット商品を生み出した(写真:shutterstock)
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 こうした努力が実り、このプロジェクトは総合技術会議で承認され、8人のメンバーに「金バッジ」と「緊急指令発令」と書かれた辞令が手渡されました。開発の終了期限は1年で、1986年10月に発売時期が設定されました。

 リーダーはパーソナル機器事業部(旧電卓事業部)の技術課長、メンバーは同事業部から5人、IC事業部から1人、電子デバイス事業部門の液晶事業部から1人、平均年齢は32歳でした。この8人は通常の組織から出て、緊急プロジェクトチームに入り、その活動に専従することになりました。

 「金バッジ」とは、会社のどこからでもメンバーを招集でき、プロジェクト期間中は役員と同じくらいの権限を持ち、その予算にリミットはなく、会社の施設・器具や資材を優先的に利用する権利が与えられることを意味しています。

 1年後、プロトタイプが完成し、総合技術会議に提出されましたが、会議はその商品化に「ノー」という結論を出しました。メンバーは失意のうちに元の組織に戻りました。リーダーはなぜノーだったのかと分析しました。漢字が使えなかったのが最大の問題だとわかっていたのですが、漢字処理に手を付けると部品数や消費電力の問題があり開発が大変になってしまうという思いから、自らブレーキをかけていたのです。

 そこで巻き返しを図るべく、社内公募制度を使ってパーソナル機器事業部内で開発チームを立ち上げ、金バッジはないものの、2カ月で漢字処理機能を持った電子手帳の開発に成功しました。87年1月に市場投入された電子手帳PA7000は、91年までに500万台を売る大ヒット商品になりました。

「ハイパーテキスト型組織」の効果

 シャープの日常のR&D活動は、典型的な伝統的階層組織で行われていました。技術本部の研究所は長期(3年以上)のテーマ、事業本部の研究所は中期(1.5〜3年程度)のテーマ、事業部の研究所は短期(1.5年以内)のテーマに取り組み、研究の成果は「上から下に」伝達されます。その際に、「下」の事業本部や事業部の研究員が「上」の技術本部の研究所に2〜3カ月異動したり、またその逆のパターンもあったりして知識が移転されます。

 しかし、戦略的新商品の開発となると、この組織とは完全に独立したタスクフォース組織が用いられます。これが緊急プロジェクトです。金バッジという特権が与えられるため、「思い切り羽を伸ばした開発ができる」のです。緊急プロジェクトのメンバーは、期間中は専従ですが、期間が終了すれば元の組織に戻ります。

 著者は、シャープの組織は、3つのレイヤーから成り立っていると分析しました。一番上にはプロジェクトチーム・レイヤーがあり、具体的な製品開発に向けて、新たな知識の創造に突き進んでいきます。2番目には伝統的な階層組織のレイヤーがあり、ルーティンの仕事を効率よくこなしていきます。そして3番目には知識ベースのレイヤー(組織という形はとらない)があり、上の2つのレイヤーで作られた知識が再分類・再構成されます。つまり、新たに開発された技術やノウハウが組織の中に共有され、別の事業機会にも活用できるようになるのです。

 著者は、こうした組織を「ハイパーテキスト型組織」と名付けています。インターネット上の画面の青い単語をクリックすると、その単語の意味を解説する別のページに飛んだりしますが、これもハイパーテキストと呼ばれます。元のページと解説のページでは、同じ単語が違う文脈の中で用いられているわけですが、それと同様に、企業組織の中にも異なる文脈で知識が活用されることがあるというわけです。

 このハイパーテキスト型組織は、マトリックス組織とは異なります。マトリックス組織では、縦軸と横軸の両方に上司がいて、両方に報告する関係になりますが、ハイパーテキスト型組織では、プロジェクト期間中はプロジェクトに専念します。単なるプロジェクトチームでは、チームが解散するとプロジェクトで得られた知識が雲散霧消(うんさんむしょう)してしまいますが、ハイパーテキスト型組織では、プロジェクト終了後も知識が共有され、他の商品開発にも生かされます。

 1980年代のシャープの場合は、オプトエレクトロニクスというビジョンを会社として掲げていて、これに関連する知識を様々な分野に応用しようという組織的な意図が共有されていました。実際、シャープは電子手帳の成功以降も、液晶分野で様々なヒット商品を次々と出していきました。

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