出世や成功に不可欠な「権力」掌握術。あやふやな常識や理想論がまかり通りがちな分野で、社会科学の研究や世界中のリーダーを分析してたどり着いた「権力の7つの法則」をまとめたのが、『スタンフォード大学の人気教授が明かす 教養としての権力』(ジェフリー・フェファー著/櫻井祐子訳/日経ビジネス人文庫)です。今回は、「権力を学ぶことが重要な理由」について、本書から抜粋・再構成してお届けします。
権力は社会生活のいたるところに
最も本質的なことを言うと、権力はツールである。権力もほかのツールと同様、使い方をマスターすれば、それを使ってすばらしいことも、身の毛がよだつほど恐ろしいことも、その中間のすべてのこともできる。
ここで大事なのは、権力があなたの気に入らない方法で利用された実例を見て、「権力を使うのはごめんだ」と決めつけてしまわないことだ。権力は社会生活について回るのだから、そういうものだと受け入れ、活用するしかない。
そうした数多くの例のうちの1つを紹介しよう。
1985年のこと、故ジョン・ジェーコブズ(*1)が、共同で執筆した本を私にくれた。ジェーコブズはこの年にスタンフォードでナイト・ジャーナリズム・フェローとなり、のちにマイアミ・ヘラルドなど多数の地方紙を運営するマクラッチー社の主席政治記者になった人物で、当時私の授業を受けていた。本の献辞には、「この男がなぜ権力を握ったのかをきっと理解してくれる、ジェフ・フェファーへ」と書かれている。
その本とは、『人民寺院 ジム・ジョーンズとガイアナの大虐殺』(*2)である。ジム・ジョーンズはカルト教団「人民寺院」の教祖で、アメリカを出て南米のガイアナで大量殺人を行った末に自殺を遂げたことで知られる。
彼は私が教えるような権力のテクニックを駆使して、サンフランシスコの政治権力の中枢にきわめて巧みに入り込んだ。
権力を掌握するためのテクニック
ジョーンズはサンフランシスコの有力なアフリカ系アメリカ人、カールトン・グッドレット博士に取り入り、彼の発行する新聞に好意的に取り上げてもらった。
政治家に贈り物をし、人民寺院の催しや晩餐(ばんさん)に招いて、「返報性の法則」と呼ばれる、恩恵を受けた人がお返しをしたくなる心理に訴えた。この心理は非常に強力で、恩恵を受けた人は、自分が返礼したかどうかを相手が知り得ない場合でも、返礼したくなるほどなのだ(*3)。
1975年のサンフランシスコ市長選では、人民寺院の信徒をボランティアに総動員してジョージ・モスコーニを支援し、同年の市議会議員選挙でもリベラル派候補の選挙運動を手伝い、多額の政治献金を行って、リベラル派の政権奪還に大きく貢献した。
そしてジョーンズは、資金とボランティアの人力がどこから来ているのかを、支援した相手にしっかり認識させた。たんに返報性の法則に頼るだけでなく、自分が貴重な金残的・人的資源を握っていることと、味方につけるべき人物だということを、政治家にはっきりわからせた。
モスコーニが市長に当選すると、ジョーンズはサンフランシスコ住宅建設局内のポストをまんまと手に入れた。この地位を利用して、自分と人民寺院が正当な存在だと見せかけ、メディア受けをよくして、ポジティブなブランドイメージを築いていったのである(*4)。
悪名高いジム・ジョーンズが権力獲得のテクニックを駆使したからというだけで、そうした行動を「悪い」とか「間違っている」などと決めつけてはいけない。たしかにジョーンズはよからぬ目的のためにそれを利用したが、よい目的に利用することもできるのだから。
誤解のないように言っておくと、ここでの狙いは、権力の法則とその使い方について、私が知っている限りのことをあなたに教えることにある。その知識をよいことに使うか、悪いことに使うかは、あなた次第だ。
ちょうど原子力の物理的原理を教えるように、権力の法則を価値観を交えずに教えるこのやり方は、普通とは「異なる」アプローチである。
権力の現実と向き合う
リーダーシップ教育の世界には、まるで伝道師気取りで倫理や価値観、理想を説き、自分の説を裏づける社会科学のエビデンスは示すが、目的にそぐわない研究、たとえばナルシシズムに関する研究(*5)や、人が日常的に頻繁に噓をつくことや噓の悪影響が少ないことを示した研究(*6)などからは目をそらそうとする人たちがいる。
このやり方を、私は真っ向から否定する。理想や価値観が重要でないとは言っていない。もちろん重要だ。だがモラルや倫理の「原則」と、リーダーシップのスキルや戦術を混同して教えることには、3つの問題点がある。
第一に、倫理原則を習った人が良識ある行動を取りやすくなるかどうかに関しては、はっきりした結論が出ていない。
これまでさまざまな研究設計で実験が行われてきた。たとえば、被験者が実際に取った行動を調べる代わりに、架空のシナリオを考えてもらったり、どのような行動が適切だと「思う」かを答えてもらったりするなど。
たとえばオーストラリアの大学で行われたマッチドペア法(重要な特性が一致する人々をペアにして、一方だけに処置を与え――この場合で言えば倫理について教え――もう一方の対照群には処置を与えない方法)の実験では、「倫理教育が、学生の倫理的ジレンマへの対応に与える効果は限定的」(*7)だという結論が出た。
学生の不正行為に関する研究は、倫理教育や研修は実際の不正行為にまったく影響を与えないとした(*8)。別の研究は、「企業と社会」と「企業倫理」と題した講座の効果を分析し、たとえよい効果があったとしても「短期的であるように思われる」(*9)と結論づけた。
企業の倫理研修を総合的に検証した研究からは、決定的な証拠は得られなかった。この論文は、「研修で経営責任の原則を教えても、受講者の行動が自動的に変わるわけではない。なぜなら知識が増えたからといって、責任ある行動を取る能力や意欲が生まれるわけではないからだ」(*10)と指摘している。
権力をどんな目的で利用するかはその人次第
第二の問題点として、人が人生で何をめざすべきかについて、家族や聖職者ならともかく、赤の他人がとやかく口を差し挟む権利や責任があるとはとうてい思えない。
個人や組織の行動についてわかっていることを教え、意思決定の方法を考える手助けをすることはできる。だがそうやって得た知識をどう使うかは、本人次第だというのが、私の持論である。
第三に、「手段と目的の関係」という、大昔から議論されてきた哲学的問題がある(*11)。崇高で立派な目的を達成するためにはどんな戦術や手段を取っても許されるのか、あるいは何らかの制限が設けられるべきなのか?
ニューヨーク市の「創造主(マスタービルダー)」と呼ばれ、市の都市開発を40年も牛耳っていた、20世紀最大の権力者の1人、ロバート・モーゼスもこう言っている。「手段が目的によって正当化されないのなら、何によって正当化されるというのかね?」(*12)
人が目的や目標を達成できなかったり、出世競争に敗れたりするのは、勝つために必要な行動を取ろうとしないからでもある。だからこそ、権力の法則1は、「自分の殻を抜け出せ」なのだ。そしてこの「殻」の中には、人が自分に課している、権力を弱めるような数々の制約が含まれる。
目的を達成するためにどんな手段を取るのかは、まったくもって個人的な選択だ。だがその選択を行うためには、何が効果的なのか、そうでないのかを、できるだけくわしく理解する必要がある。また、あなたのライバルは勝つために手段を選ばないかもしれないということも、忘れないでほしい。
1. Los Angeles Times, “John Jacobs; Columnist, Award-Winning Author,” May 25, 2000. https://www.latimes.com/archives/la-xpm-2000-may-25-me-33886-story.html.
2. Tim Reiterman and John Jacobs, Raven: The Untold Story of the Rev. Jim Jones and His People, New York: E. P. Dutton, 1982.(ティム・レイターマン、ジョン・ジェーコブズ『人民寺院 ジム・ジョーンズとガイアナの大虐殺』越智道雄監訳/ジャプラン出版/1991年)
3. Mark A. Whatley, Matthew Webster, Richard H. Smith, and Adele Rhodes (1999), “The Effect of a Favor on Public and Private Compliance: How Internalized Is the Norm of Reciprocity?” Basic and Applied Social Psychology, 21 (3), 251–259.
4. Reiterman and Jacobs, Raven, とくに第28章“San Francisco in Tharall”(「サンフランシスコ政界をとり込む」)を参照のこと。
5. Charles A. O’Reilly and Jennifer A. Chatman (2020), “Transformational Leader or Narcissist? How Grandiose Narcissists Can Create and Destroy Organizations and Institutions,” California Management Review, 62 (3), 5–27.
6. Bella M. DePaulo, Deborah A. Kashy, Susan E. Kirkendol, Melissa M. Wyer, and Jennifer A. Epstein (1996), “Lying in Everyday Life,” Journal of Personality and Social Psychology, 70 (5), 979–995.
7. Elizabeth Prior Jonson, Linda McGuire, and Brian Cooper (2016), “Does Teaching Ethics Do Any Good?” Education + Training, 58 (4), 439–454.
8. Aditya Simha, Josh P. Armstrong, and Joseph F. Albert (2012), “Attitudes and Behaviors of Academic Dishonesty and Cheating—Do Ethics Education and Ethics Training Affect Either Attitudes or Behaviors?,” Journal of Business Ethics Education, 9, 129–144.
9. James Weber (1990), “Measuring the Impact of Teaching Ethics to Future Managers: A Review, Assessment, and Recommendations,” Journal of Business Ethics, 9, 183–190.
10. Christian Hauser (2020), “From Preaching to Behavioral Change: Fostering Ethics and Compliance Learning in the Workplace,” Journal of Business Ethics, 162 (4), 835–855; 引用は p. 836より。
11. Frank Martela (2015), “Fallible Inquiry with Ethical Ends-in-View: A Pragmatist Philosophy of Science for Organizational Research,” Organization Studies, 36 (4), 537–563.
12. Columbia 250, “Robert Moses,” https://c250.columbia.edu/c250_celebrates/remarkable_columbians/robert_moses.html(2021年9月16日にアクセス).
ジェフリー・フェファー著/櫻井祐子訳/日本経済新聞出版/1100円(税込み)

