世界の企業や工場を対象に業務改善の指導を続ける豊田エンジニアリング代表取締役の堀切俊雄氏が、書籍『トヨタ流原価マネジメント』(日経BP)を著した。確実に利益を生み出すためにトヨタ自動車が実践している優れた原価マネジメントを基に、多くの企業が実践できるように体系化したものだ。本書の抜粋を掲載する。第2回は、魅力のある商品開発について。
では、原価マネジメントの概要を見ていきましょう。
図1の左にあるQ(品質・性能)では、サービス・商品などの品質・性能・機能・デザインといった機能を顧客に提供して価値を実感してもらい、その対価をもらっています。
中央にあるC(コスト・利益)では、商品の付加価値を高めたり、業務の付加価値を向上させたりする活動を行います。もう1つは、自社の中でコントロールできる原価を低減する活動です。原価というのはその企業で発生している材料費であったり人件費であったりするため、自分自身の会社の中で改善することができます。
右にあるDは一般には納期・リードタイムと考えられていますが、それだけではありません。時間がたつと自動的に原価は上がります。なぜでしょうか。
原価の構成には、大きく分けて固定費と変動費があります。固定費は時間がたつと自動的にコストに計上されます。例えば、人件費は1カ月にいくら、設備の償却費は1カ月いくら、賃貸料は1カ月いくらという具合に、時間がたつと原価として計上されていきます。時間が経過すると自動的にコストが発生しているわけです。通常は仕事を行っている中で、時間とともにコストを発生させているという実感が湧きません。しかし、実際には「原価=時間」です。すなわち、時間の概念が大切なのです。リードタイム分析を行うことで時間(リードタイム)を短縮し、原価を下げることができます。
リードタイム分析とは、業務のプロセスを時系列に「見える化」し、各プロセスの業務を付加価値の観点から分析するものです。例えば、顧客から注文をもらい、それを受けて生産・販売して、顧客に商品を届けるまでの時間を分析します。さまざまなプロセスを経て顧客に商品を届けています。この業務のプロセスを分析していくことがリードタイム分析です。これにより、付加価値を生む仕事と生まない仕事が明確になります。
会社の経営とは、これらQCDの3つを追求するマネジメントです。現状よりもレベルアップすることで、顧客に付加価値を提供でき、利益を創出することで新製品の開発ができて、株主への還元にも応えられることになります。
自社だけではなく、関連する外注先や部品会社、材料を仕入れる会社、その他の仕事を依頼している会社との協力も必要になります。昨今は日本の会社は海外に販売拠点や生産拠点、サービス拠点を設けているため、そうした海外の会社との協力も必要になります。サプライチェーン(供給網)マネジメントが会社の経営にとって非常に重要な位置付けになっています。
本書ではC(コスト・利益)に重点を置いて説明しています。しかしながら、このQCDは相互に関係しているため、Q(品質・性能)やD(デリバリー)を考慮しながらコストを低減し、付加価値を高めていくことが必要になります。
このQCDをマネジメントするのが経営者の役割ですが、QCDを作り出しているのは社員全員の仕事です。社員全員がQCDを考慮しながら業務を行う必要があります。社員全員が原価のマネジメントを行いながら業務を改善しなければならないのです。業務そのものが、原価を考えたり、価値を創造したりすることなのです。
企業を取り巻く外部環境
図2に示す通り、企業を取り巻く環境は刻々と変化しています。まず経済環境から見ていきましょう。日本国内および海外の経済は刻々と変化しており、経済はグローバルに結び付いています。日本の企業の多くは海外に進出して生産・販売しています。当然、為替の変動も企業の活動に大きな影響を与えます。
続いて、競争環境です。日本の企業は国内だけではなく、海外の商品や海外企業とも競っています。物価・資材・エネルギーの高騰もあります。各国の優遇政策が出されることもありますが、基本的にはQCDを追求している企業の方がより大きな恩恵を受けます。
次に、市場環境の変化です。グローバルで市場環境の変化をつかみ、商品力を維持または向上させる必要があります。日本の市場はそれなりに大きいのですが、それ故にグローバルで好まれる商品・サービスを生み出す業務が脆弱です。力はあるものの、グローバルな観点が抜けているといった方がよいのかもしれません。
最後に、技術環境です。昨今技術の発展は急激であり、日本の個々の技術は依然としてある程度の力があります。しかし、グローバルな技術力に対抗する協力体制を構築し、それを総合的にまとめ上げて、世界を席巻するビジネスとすることについては、まだまだこれからの課題です。
以上4つの外部環境の変化を説明しましたが、これらの環境はこれからも必ず変化します。徐々に変化する場合もありますし、急激に変化することもあります。ある商品でシェアが取れたからといって、その後も取れるとは限りません。成功体験があだとなることも多いのです。環境は常に変化をする。この変化に対応することが必要です。
外部環境の変化に対応するためには次の2つが重要です。1つ目は、商品開発です。変化を先取りし、魅力のある商品を開発することです。日本の企業は特にグローバルなニーズを取り込んだ商品・サービスを生み出す必要があります。
2つ目は、価格競争力です。商品の原価は商品を企画するときに同時に検討する必要があります。この際に原価の大半が決まりますが、商品を企画する人たちが原価を検討したり計算したりすることができる会社は、非常に少ないというのが実態です。商品の企画時に決めた原価、すなわち目標原価を具現化していくのが開発・設計者です。設計者は原価を計算しながら設計する必要がありますが、肝心の設計者も原価に疎いというのが実情です。
ある有名な米国の飛行機製造会社の設計者は原価の計算は行いません。性能だけを追求して設計します。原価を計算するのは設計が終わってから2年後で、経理部の人たちが計算を担当します。ところが、そこで原価を下げようにも、開発は完了しているため原価は下がりません。案の定、量産を始めると赤字になりました。
また、設計完了後の工程計画・設備計画の業務では、設備投資・生産性・品質などの検討を行い、原価が最も小さくなるように検討しながら進めます。量産開始後は、工場の関係者がさらに原価低減を進めます。こうした活動を行って価格競争力を上げ、他社に負けないようにするのです。
魅力のある商品開発の例
ここからは魅力のある商品開発の例を見ていきましょう。1つ目の例はクルマです。
図3の上の段は、箱型の商用車の進化の経緯です。大切な商品を運ぶのに、当初はトラックの荷台に幌(ほろ)をかぶせて運んでいましたが、この仕事に適したクルマとして、箱型の商用車(トヨタ自動車の場合は「ハイエース」)を新商品として開発しました。
このクルマは多用途に活用できます。商品運搬用や工事車両用、多人数が乗れる乗用車など、多方面で使用されています。日本だけではなく、世界各国で使われています。また、荷室の容積が大きいため、救急車やキャンピングカーなどの特装車にも使われています。今後は、トヨタ自動車のMaaS(Mobility as a Service:モビリティサービス)向け次世代電気自動車(EV)「e-Palette」などのように、どのような発展をするか今後の環境変化、特に市場の変化を見通して商品開発を進めることになります。
図3の下の段は、ハイブリッド車(HEV)の進化の経緯です。実は意外と歴史は長く、100年以上前から開発されています。その当時は2次電池などの技術力が未熟で時期尚早だったのでしょう。初めて商業生産を開始したのはトヨタ自動車の「プリウス」です。
これは当時、開発の総責任者だった副社長から筆者が直接聞いた話です。トヨタ自動車はEVを長年開発していましたが、当時の技術では商品化には無理がありました。特に2次電池の性能が低く、充電後の航続距離が短かった。これでは消費者の満足を得られません。しかし、将来はEVが有望である。2次電池の性能が向上するまでの間、エンジンとモーターを活用したハイブリッド車がカバーすれば市場もあるはずだ──と。
初代プリウスは原価企画の結果は大幅な赤字でした。それでも、環境対応のため、そしてハイブリッド車の将来の市場を開拓するために、赤字でも開発して市場に出そうと決断されました。2代目、3代目とプリウスは受け入れられて黒字になりました。また、他の車型にもこのハイブリッドシステムがどんどん取り入れられています。これからのクルマは人工知能(AI)を取り入れた自動運転車に発展する可能性もあります。
魅力のある商品開発の例の2つ目は携帯電話です。
当初の携帯電話は重く、肩に担いで電話をかけるというタイプでした(図4)。クルマに搭載する携帯電話もありました。その後、半導体・通信技術の発達により、現在のスマートフォンが開発されました。現在は第4世代と第5世代の携帯が使われています。しかし、この間の発展の中で日本の携帯電話は衰退し、現在は米国と韓国、中国が主流となっています。日本の市場のみを考慮して開発したために、グローバルな市場を確保できなかったのです。
魅力のある商品開発の例の最後はパソコン(PC)です。PCも以前は日本にかなり競争力がありましたが、技術の進歩とともに性能が上がる一方で、価格は下がることとなりました(図5)。日本勢はシェアを落とし、現在は米国と韓国、中国が主流になっています。
こうしたハイブリッド車と携帯電話、パソコンの3つの例から分かる通り、日本にはある程度の技術はあるものの、携帯電話とパソコンでは海外市場の調査が不十分だったか、もしくは商品の開発に遅れが出たのだと思います。
では、日本の企業が存続し、発展するためにはどうしたらよいのでしょうか。先ほど携帯電話とパソコンの例で述べた通り、環境変化に適合したもの、すなわち進化したものが生き残ります。つまり、図2で説明した環境変化に対応していく企業が存続するというわけです。
一般に、衰退する4つの要因があります。1つ目は「デジタル化」です。多くの物事がデジタル化され、商品・サービスがインターネット上で展開されています。2つ目は「コネクテッド化」です。多くの商品・サービスがインタ―ネットに接続することで機能を向上させています。
3つ目は「シェアリング」です。物を所有することから体験型に変わってきています。体験することに付加価値を感じるように変化しています。そして、4つ目は「パーソナライズ化(個別化)」です。さまざまな商品やサービスが個人のニーズに合わせて多様化しています。これらの変化に適合するか、あるいは変化に合わせて進化しないと、企業は淘汰されてしまいます。
(書籍『利益を最大にする実践的手法 トヨタ流原価マネジメント』を基に再構成)

[日経クロステック 2025年8月20日付の記事を転載]
堀切俊雄著/日経BP/1万1000円(税込み)






