ユニークな商品やCMでいつも話題を呼ぶ日清食品を率いる若き経営者・安藤徳隆氏。経営やマーケティングにおける哲学や仕事観の原点はカップライス事業の再構築にあった。「日清カレーメシ」の誕生から急拡大に至る歴史を、安藤徳隆氏の実像に迫った書籍『日清食品をぶっつぶせ』から紹介する。※本文中の太字は安藤社長の言葉

 「これ、何か違う気がするんだよ。リブランディング(ブランドの再定義)してくれないか」

 2013年の夏ごろ、安藤徳隆(あんどう・のりたか)氏は日清食品ホールディングス(HD)の社長・CEO(グループ最高経営責任者)であり父でもある安藤宏基(あんどう・こうき)氏から、「日清カップカレーライス」についてこう頼まれた。まだ発売してすぐの時期。売り上げがいいとか悪いといった結果が出る前のことだった。

2013年9月に発売した「日清カップカレーライス」(写真=日清食品提供)
2013年9月に発売した「日清カップカレーライス」(写真=日清食品提供)

 カップカレーライスは「電子レンジでチンするだけでできるワンパッケージのカレーライス」というコンセプトの商品。レトルトカレーだとごはんが別に必要になるため、ワンパッケージで手軽に食べられるようにして、若い消費者に売れるブランドにしたい。そう考えて出した商品だった。

 当時の徳隆氏は日清食品HD専務でCSO(グループ戦略責任者)。カップカレーライスを担当していた宏基氏は、どうもしっくりきていない様子だったという。

 徳隆氏は宏基氏に「分かりました。ブランドの前提となる条件は守りますが、このプロジェクトのマーケティングは私に一任してください」と宣言して引き受けた。

 これが、後に「日清カレーメシ」として定着するブランド誕生の始まりだった。

 実は、CEOはカレーに結構うるさいんです。カレーが大好きでこだわりがあるので、本格的なカレーライスをカップで再現しようとしていた。

 それで思い出したのが、創業者である祖父、安藤百福(あんどう・ももふく)の“かばん持ち”をやっていたときのことでした。「おまえ、ちょっと街のラーメン屋を勉強してこい」と言われて、「一風堂」さんで1~2カ月ほど働かせてもらったんですよね。そのときに「日清食品の商品は、必ずしも本格的な味に近づけることが正解ではない」という気付きがあったんです。


 徳隆氏は百福氏の晩年、04年から3年間ほど、百福氏が行くところに朝から晩まで付いていき、日清食品の創業や経営に対する深い思いを繰り返し聞いた。

 百福氏は、一風堂創業者の河原成美(かわはら・しげみ)氏と親しくしていたという。その縁で、河原氏は、百福氏の自宅のある大阪府池田市に、ラーメン店「麺翁百福亭(めんおうももふくてい)」を開いた。徳隆氏はそこで働き、ラーメン店のイロハを学んだ。

安藤徳隆氏(右)は創業者で祖父の安藤百福氏(左)の晩年、「かばん持ち」として一緒に過ごした。(写真=海田 悠)
安藤徳隆氏(右)は創業者で祖父の安藤百福氏(左)の晩年、「かばん持ち」として一緒に過ごした。(写真=海田 悠)
この時期に働いたラーメン店が「麺翁百福亭」(写真=日清食品提供)
この時期に働いたラーメン店が「麺翁百福亭」(写真=日清食品提供)

 店の裏の空き地で、青い大きなポリバケツに水を張って、そこに手ぬぐいを浮かべて、ざるでチャッチャとやる、麺の湯切りの練習から始めました。インスタントラーメンをつくるための技術はある程度分かっていたのですが、街のラーメン屋は初めて。

 スープの取り方から火加減の影響、ゆで加減のちょっとした違いでどう変わってくるかなどを学びました。一風堂の福岡の本店にも行きましたし、中国の新店のオープニングを手伝ったりもしました。


 貴重な経験を積みながら河原氏と色々な話をした中で記憶に残っているのが、「街のラーメン屋は、やろうと思えばいくらでもうまいラーメンをつくれるんだ」という話だった。日時を決めて、数もある程度に絞れば、そこに向けて逆算して完璧に素材を管理した、格別にうまいラーメンをつくれる──。河原氏はそう説いた。

インスタントラーメンの強み

 そして、ラーメン店をチェーン展開したときにクオリティーを維持するのがすごく難しいことも教わった。セントラルキッチンでベースとなるスープをつくっても、それぞれの店のスタッフの火加減が変わるだけで味はすぐに変わってしまうし、店で材料を入れてスープを仕上げるときには材料のちょっとした違いが出てしまう。

ラーメン屋で働いたことで、インスタントラーメンならではの特長を理解しました。「誰がつくっても、お湯の量さえ守ればほぼ同じ味になるんだ」と。厳密に言えばわずかなブレはありますが、ラーメン屋のブレに比べたらほとんどないようなものです。「これはすごい」と気付いたんです。

 そして、街のラーメン屋とインスタントラーメンは全然違うものだということもあらためて実感しました。例えば「チキンラーメン」も「カップヌードル」もお店で出すラーメンの味とは違う、唯一無二の味ですよね。だからこそ、何十年もトップブランドとして人々の記憶に残り続けるんだなと。


 インスタントラーメンの世界では、技術を磨くほど、本物のラーメンに近づけようとしがちだと徳隆氏は話す。「でも、そうすると単なるおいしいラーメンになってしまう。たぶん記憶に残らない味になる」。そう戒める。

 創業者(百福氏)はすごいなと思いました。ちょっとスナック感がある味付けの、「スナック麺」という新しいカテゴリーを生み出した。

 そのチキンラーメンやカップヌードルに始まり、次はCEO(宏基氏)が「日清どん兵衛」や「日清焼そばU.F.O.」を生み出した。どん兵衛も「うどん」とは言いながら、やはり「どん兵衛」という別の食べ物。だからどれもロングセラーブランドになっているのだと納得しました。


 カップカレーライスの見直しで徳隆氏がまず取り組んだのは、商品設計の抜本的な変更だった。

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 ラーメン店での「ユニークさ」への気付きから、本物のカレー、こだわったカレーとは違う表現にすることを選んだ。目指したのは「スナックカレー」。世の中においしい、本格的なカレーがたくさんある中で、駄菓子っぽいポジションの味をつくろうという発想だ。

 それでできたのが、タマネギを炒めたときのような甘みが強いビーフカレーです。カレーにものすごくこだわる人がつくったら、この味にはならなかったでしょうね。そうじゃない僕が、唯一無二の、自分の好きなカレーの味をつくった。それが、レトルトカレーや店の本格的なカレーとは違う「スナックカレー」というポジションにうまくはまった。


2014年に「日清カレーメシ」とブランドを変更し、味も一新して発売した(写真=日清食品提供)
2014年に「日清カレーメシ」とブランドを変更し、味も一新して発売した(写真=日清食品提供)

 「本物に近づけようとするのではなくユニークさの実現を目指す」。この考え方は今も徳隆氏の発想の中核にある。

 カップカレーライスの味を見直したのと同じ頃、徳隆氏はユニークさの重要性を実感する別の経験もしていた。14年に発売した「カップヌードル トムヤムクンヌードル」だ。発売してすぐに計画を大きく上回る量が売れ、1週間程度で一時販売休止に至った。

 トムヤムクン味の商品は以前から出していたんですが、出ては消えてを繰り返して、大きなヒットには至っていなかったんです。でも、この年に発売した新商品が爆発的に売れた。

 理由の1つには、エスニックの味への消費者の慣れがあったと思います。それよりも大きかったのが「カップヌードルらしいトムヤムクン」にデフォルメ(変形)したことです。当時、僕はアジアの地域本社を統括する立場だったんですが、その頃、タイでクリーミーなトムヤムクンの味のカップヌードルが売れていたんです。それがヒントになった。


 トムヤムクンは本来、クリアなスープで、キリッとした辛さと酸味が合わさった味だ。タイの現地法人は本格的な味わいのトムヤムクンを再現したスープのカップヌードルを出してきたが、本場タイでもなかなかヒットしなかった。トムヤムクンの本格的な味わいを追求するとまた同じことになる。そう考えた徳隆氏がクリーミーなスープへの変更を指示すると、それがタイで予想以上に売れたという。

 日本人にもクリーミーなトムヤムクンの方が受けそうだと思ったんです。トムヤムクンの本格的な味の再現にはこだわらず、カップヌードルらしい味にデフォルメしよう。そう考えてブランドマネージャーと試行錯誤を繰り返しました。それがヒットしたことが今の考え方につながっています。

 カップヌードルの開発で、本格的な味の再現を目指したものはたいてい「ダメ」と言います。他のブランドではOKを出すこともあるんですが。


社長の試食から5~6回直す

 「カップヌードルらしいデフォルメ」と徳隆氏は繰り返し説明する。様々な味があるカップヌードルだが、いずれも「ラーメンを食べた」というよりも、「カップヌードルを食べた」という感覚になるのは確かだ。

 「カップヌードルらしいデフォルメとは何なのか」と聞かれると表現が難しいんですが……。「駄菓子っぽい」とか「スナッキー」というイメージですかね。なかなか一概には言えないところはあります。

 例えば「ねぎ塩」でいえば、ねぎや鶏肉、塩味といった要素の香りや味のパラメーターを一生懸命に調整していくわけです。毎週の会議(マーケティング定例)で色々なパターンを試して、「もうちょっと甘さを削ろう」とか「このうまみを強く」、逆に「もうちょっと素朴にしないとダメだな」とかね。

 僕のところに上がってきた時点から、多ければ5~6回直すこともあります。それまでにも何回も試作してから持ってきているはずだし、僕が指示してからも開発チームは何度もつくり直していると思います。


 それだけの試行錯誤を経ながら、カップヌードルらしい“他にない味”を求め続けているわけだ。本格的なカレーではなく「スナックカレー」を目指した「カレーメシ」でも、その方針は変わらない。

(つづく)

日経ビジネス電子版 2025年8月15日付の記事を転載]

日清食品社長・安藤徳隆氏、初の著書。なぜ日清食品のCMはクセになるのか、なぜ日清食品はいつも「ユニーク」でいられるのか、そして、なぜ「最適化栄養食」の事業に挑まなければならないのか。新世代の経営者が自らの思いを包み隠さず語った。伊藤忠商事 会長CEO 岡藤正広氏・クリエイティブディレクター 佐藤可士和氏 W推薦

安藤徳隆、竹居智久著/日経BP/1870円(税込み)