「50歳といえば、時代が時代ならキャリアも手じまいにかかる時期だったでしょう。しかし、私はまだ社会に一石を投じるような人でありたい」とアメリカのスタンフォード大学で1年間、客員研究員となることを決意した横浜市立大学国際商学部の芦澤美智子准教授。公認会計士としてキャリアをスタートし、その後はMBA取得、民間企業で複数企業の変革プロジェクトに携わってきた芦澤さんに影響を与えた本を紹介する連載第1回。
50歳からの新たな挑戦
私は大学卒業後、大手監査法人の公認会計士としてキャリアをスタートし、その後はMBAを取得、産業再生機構とアドバンテッジパートナーズで複数の企業の変革プロジェクトに携わってきました。2013年からは横浜市立大学国際商学部准教授としてスタートアップ・エコシステムの形成の研究に取り組んでいます。
今年ちょうど50歳になるのですが、また新たな挑戦をするため、今年9月からアメリカのスタンフォード大学の客員研究員として1年間、渡米しています。家族も一緒ですし、円安ですし、一大プロジェクトです。
50歳といえば、時代が時代ならキャリアも手じまいにかかる時期だったでしょう。しかし、私はまだ社会に一石を投じるような人でありたいと願っています。なぜ私が新たな挑戦を始めるのか、「変革者でありたい」というパッションはどこから来るのかを、まずはお話ししたいと思います。
家庭の中にあったダイバーシティ
私は父方と母方の実家が対極的な環境にある家庭で育ちました。父方の実家は、町の工務店の3代目で、町一つの中で日々が組み立てられているような人生を送る人がほとんどでした。母方の実家は高学歴な人が多く、社会的にも影響力のある指導者を輩出していました。
私は幼い頃から両方の環境を行き来し、それぞれの考え方の違いを体感しました。例えば、「非常に広くて高い視座から物事を考える」一方、「身の回りにいる人たちをいかに幸せにするか」も大切だと知りました。今思えば、家庭の中にダイバーシティがある状態でした。
近年はダイバーシティの重要性が着目され、「ダイバーシティのあるところにはイノベーションが起きる」と言われていますね。しかし、現実は、ダイバーシティのある場所にまず起きるのは「摩擦」です。そこを乗り越えてこそ、イノベーションが起こります。
私は物心ついたときから、父方・母方の家庭環境の摩擦をフルに浴びて、育ちました。人はなぜ、学ぶのか。人はなぜ、働くのか。その答えを探し求めているときに慶応義塾大学経済学部の恩師と出会い、「私も研究や実践を通じて、世になんらかのインパクトを与えたい」と思うようになりました。
現在はスタートアップ・エコシステムの形成について研究しています。そこでの課題意識は、日本は「失われた30年」の間、特にインターネットの技術をもって新しいビジネスを創出していくことが苦手だったということです。それはなぜなのか。ここから先どうしたらよいのか。
失われた30年で落ち込んだビジネスを再生することも重要ですが、再生はあくまで「対症療法」でしかありません。真の復活を遂げるためには、やはり新しい事業をつくり、ビジネスチャンスを捉える必要があります。
これがまさに今、日本が抱えている根本的な問題であり、私の研究テーマでもあります。
名だたる企業がどう支援を受けていたか
「スタートアップ・エコシステムとは何か」を知りたいときに役立つ本が、『 ベンチャー・キャピタリスト 世界を動かす最強の「キングメーカー」たち 』(後藤直義、フィル・ウィックハム著/Sozo Ventures監修/NewsPicksパブリッシング)です。本書では、スタートアップ企業に投資をするシリコンバレーのベンチャー・キャピタリストに焦点を当て、新型コロナウイルスのワクチンを製造したモデルナ、今やリモートワークで欠かせないコミュニケーションツールとなったZoom、脱炭素化を進めるテスラなどに、ベンチャー・キャピタル(VC)がどのように投資していたかが明かされています。
また、VC以外にも、新たなビジネスや起業家を支援するインキュベーター、事業成長を促進するアクセラレーターといった役割があり、どのようにしてスタートアップ企業が成長していくかといったダイナミズムが感じられる1冊だと思います。
現在、日本ではITバブルを生み出した第3次ベンチャーブームを経て、2013年ごろからは第4次ベンチャーブームが来ていると言われています。そのなかでも象徴的な出来事が、日本初のユニコーン企業(企業価値が10億ドル以上の未上場企業)であるメルカリが2018年に上場したことでしょう。
第3次ベンチャーブームと大きく違うのは、ユニコーン企業を支援するVCの種類が増え、シリコンバレーを中心とした海外の手法が日本でも取り入れられて標準化し、天才起業家に限らず、さまざまな人たちが起業文化を支えていく風土が醸成されつつあることです。
また、私がいる大学というアカデミズムの場は、本来、人と新しいビジネスを生み出す源泉であるべきです。大学はスタートアップ・エコシステムの中心にあって、起業家を支援する役割があると感じています。
「いずれ第4次ベンチャーブームもはじけるのでは」という意見もありますが、ようやく日本においてもさまざまなVCが現れてきており、これからもっとスタートアップ・エコシステムが成熟していくでしょう。私は日本の未来は悲観するものではない、と確信しています。この10年の日本におけるスタートアップ・エコシステムの成長を振り返ったら、ここから先の成長も期待できると思います。さらにこの本を読んだら世界の事情が理解できます。日本が行く先の姿、そこに至る道筋も見えてきます。
取材・文/三浦香代子 構成/雨宮百子