スタートアップ・エコシステムが成熟しているアメリカで、最近は「アントレプレナーファースト」(起業家が第一)という流れが起きています。今までは投資するベンチャー・キャピタリストの発言権が強い状態が続いていましたが、起業家がより強い発言権を持てるようにするということです。横浜市立大学国際商学部の芦澤美智子准教授が、自らが影響を受けた書籍を紹介する連載第2回。

起業家尊重がサステナブルな事業を生む

 世界のなかでもユニコーン企業(企業価値が10億ドル以上の未上場企業)が多く、スタートアップ・エコシステムが成熟しているアメリカですが、最近は「アントレプレナーファースト」という流れが起きています。反対に言うと、今までは投資するベンチャー・キャピタリストの発言権が強い状態が続いていました。ベンチャー・キャピタル(VC)はスタートアップ企業を「安く買って、高く売る」ほど利益が上がりますが、利益を追求するあまり、スタートアップ企業の目指すビジネスと、VCの獲得しようとする利益が相反することがあります。

 しかし、利益ばかりを追求していると、次に手を組みたいというスタートアップ企業が現れなくなるという本末転倒の事態になってしまいます。サステナブルに事業を続けていくには「起業家が第一だ」と見直されてきているのでしょう。

 新たなアイデアをビジネスという形にする、ゼロからイチにする起業家は大変です。そこで最近では、起業家たちが本業に集中できるようVCが足りない人材をスカウトしてくる、一歩先のフェーズに進んだ起業家を引き合わせてアイデアの壁打ち役とする、販売に必要なネットワークシステムを持った会社とマッチングする…といったことも行われています。

 以前の日本では、「起業家」「ベンチャーの社員」というと「大企業に合わなかった人」というネガティブな見られ方をしがちでしたが、今の時代は大企業に行ったからといって安泰ではありません。例えば、私が就職活動をした時代は「大手金融機関に就職できる人が勝ち組」とされていましたが、今はさまざまな業務にAI(人工知能)が導入され、部署が縮小されてしまったり、そもそも部署ごとなくなったりすることもあります。それまで長年かけて培った専門性が生かせず、別部署で意に沿わぬ業務をしている、といった話も聞きます。

 海外では起業にチャレンジした人が「ナイストライ」と称賛され、失敗した後に再び起業したり、大企業に就職したりする場合もあるそうです。日本でも第4次ベンチャーブームといわれる今、起業家が増え、新たなビジネスを軌道に乗せたり、その後のキャリアをいかようにでもデザインできたりする時代が来ることを願っています。

「まず『やってみなはれ』の精神をもつべきだ」と指摘する芦澤さん
「まず『やってみなはれ』の精神をもつべきだ」と指摘する芦澤さん
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起業家の頭の中とは?

 では、起業家とは何を考え、どのように行動しているのでしょうか。それを知るのに役立つのが、『 エフェクチュエーション 市場創造の実効理論 』(サラス・サラスバシー著/加護野忠男監訳/高瀬進、吉田満梨訳/碩学舎)です。著者のサラスバシー教授は、バージニア大学でアントレプレナー(起業家)の研究を行っており、ノーベル経済学賞受賞者のハーバート・サイモン教授の最晩年の弟子という人物です。

 よく、起業においては「計画的戦略」が重要視されますが、本書ではそれよりも「創発的戦略(エマージングストラテジー)」が重要だと主張しています。日本的な表現にすると、まず「やってみなはれ」の精神をもつべきだということです。

 まだ世に出ていないビジネスの市場価値を懸命に議論したところで、「分からない」というのが正直なところではないでしょうか。『エフェクチュエーション』では、それよりも、「どんなに大変でも、やりとげたいという気持ち」が何よりも大事で、その上で「私は何者か」「私は誰を知っているか」「私は何を知っているか」の3つのポイントを整理し、まずはやってみて次のチャンスにつなげよ、と説いています。

 書籍そのものはアカデミックな内容ですが、「起業家とは何を考えているのか」「起業家的な発想をするにはどうしたらいいのか」を知るときに、役立つ1冊だと思います。

日本のスタートアップに海外が注目

 私は2013年から横浜市立大学でスタートアップ・エコシステムの研究をしていますが、ここ数年の間に日本のスタートアップ市場もずいぶん様相が変わりました。さまざまなVCが現れ、日本のスタートアップへの投資額は、10年前(2012年)の645億円に対して2021年は7801億円となり、12倍の成長を遂げました(*)。

*出所:https://www.uzabase.com/jp/info/initial-japan-startup-finance2021/
芦澤さんが今回の取材で紹介した本
芦澤さんが今回の取材で紹介した本
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 日本は今なおGDP世界3位の国ですが、スタートアップにとっては、人口減少が進んでいく日本国内の市場だけを見ているのか、世界約80億人の市場を見ているのかで、成長するポテンシャルがまったく違ってきます。はたして、コンフォートゾーンを出て、海外に打って出るスタートアップ企業が出てくるでしょうか。

 私も1年間滞在するスタンフォード大学から挑戦しようとする起業家を応援したいです。そして、応援する私自身が、サラスバシー先生の本を片手に起業家的に活動していきたいと思っています。

取材・文/三浦香代子 構成/雨宮百子 写真/小野さやか