古今の名著200冊の読み解き方を収録した新刊 『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』 の著者・堀内勉氏が、古典を題材に識者と対談を重ねてきた当連載。第2回のゲスト、独立研究者の山口周氏が選んだ「読むべき1冊」は『大衆の反逆』だった。本書から何を学ぶべきか、『読書大全』収録の書評を抜粋・再編集して紹介する。山口氏との対談と併せて、より多角的な読書体験へ、ようこそ。

改めて、読むべき古典この1冊
『大衆の反逆』

スペインの哲学者、ホセ・オルテガ・イ・ガセットの著作。大衆が社会的権力を持つようになった20世紀において民主制が暴走する「超民主主義」の状況を危惧している。

科学者は「近代の野蛮人」

 『大衆の反逆』(西:La rebelión de las Masas 1929年刊)は、スペインの哲学者、ホセ・オルテガ・イ・ガセット(1883~1955年)が著した、大衆社会論における代表的な著作です。大衆社会論とは、近代市民社会から現代大衆社会へ移行した際に出現した「大衆」(mass-man)の役割と意義を論じる社会理論です。

 本書は、次のような文章で始まります。

 「そのことの善し悪しは別として、今日のヨーロッパ社会において最も重要な一つの事実がある。それは、大衆が完全な社会的権力の座に登ったという事実である。大衆というものは、その本質上、自分自身の存在を指導することもできなければ、また指導すべきでもなく、ましてや社会を支配統治するなど及びもつかないことである。」

 オルテガは、「大衆」という言葉からイメージされる当時の下層労働者階級ではなく、かつての貴族を含む社会の上層階級にも下層階級にも大衆は存在するといいます。つまり、「大衆」というのは、欲求だけを持っていて自らに義務を課す高貴さを欠いた「平均人」のことであり、自分は「すべての人」と同じであると感じ、他の人々と同一であることに喜びを見いだしている人のことです。

 そうした意味で、近代化に伴い台頭してきたブルジョアジー(有産階級)の専門家(技師、医者、財政家、教師など)、その中でも特に、科学者こそが狭い世界に閉じこもった大衆人の典型であり、「近代の野蛮人」であると、オルテガは激しく批判しています。

「野蛮性への後退」を批判

 そして、「大衆の反逆」とは、20世紀になって圧倒的な多数となった大衆が社会的権力の座に登り、支配権を持つようになったことだとして、今日の特徴は、「凡俗な人間が、おのれが凡俗であることを知りながら、凡俗であることの権利を敢然と主張し、いたるところでそれを貫徹しようとするところにある」と語っています。つまり、大衆の反逆とは、「人類の根本的な道徳的退廃に他ならない」というのです。

 オルテガは、「大衆」の対極に「貴族」を置きます。過去から受け継がれ生活に根づいた知を身につけ、自分と異なる他者と共存しようとする我慢強さや寛容さを持ち、自らに課せられた制約を積極的に引き受けてその中で能力を発揮することを旨とするリベラリズム(自由主義)を身につけている人こそが、オルテガにとっての「貴族」でした。

 そして、「政治において、最も高度な共存への意志を示したのは自由主義的デモクラシー」であり、これは「隣人を尊重する決意を極端にまで発揮したもの」「至上の寛容さ」「多数者が少数者に与える権利」なのだとして、リベラリズムを積極的に擁護します。

 オルテガがリベラルに対立する存在として捉えたのは、ファシズム(全体主義)でありボリシェビズム(マルクス・レーニン主義)でした。彼はこれらを人類の歴史的文化を放棄した「野蛮性への後退」だとして厳しく批判しました。

 本書が出版された当時は、スペインでは軍事独裁政権が続いており、またマルクス・レーニン主義を掲げたソ連が成立し、ドイツではナチスのファシズムが台頭し始めた時期でもありました。こうした時代背景の中で、社会の大衆化に警鐘を鳴らした本書は出版と同時にベストセラーになり、各国で翻訳・出版されました。

(写真:Shutterstock)
(写真:Shutterstock)

オルテガとは何者か

 最後に、著者のホセ・オルテガ・イ・ガセットについて改めてご紹介しましょう。

 彼はマドリード大学で哲学博士号を取得した後、カント研究のためにドイツに留学。帰国後、マドリード大学の形而上学教授に就任し、評論家としても活動しました。スペイン内戦後は、フランス、アルゼンチンなどに亡命し、帰国後は、著作活動を通してスペインの知的復興に力を尽くします。

 「輪転機の上に生まれ落ちた」といわれるほど一族には出版関係者が多く、父親はスペインの有力新聞の編集主幹、母親はその新聞創立者の娘。オルテガの関心は形而上学にとどまらず、その著述は、文明論や国家論、文学や美術など多岐にわたっています。自らの思想を体系的に構築しようとはせず、「明示的論証なき学問」と呼び、エッセーや啓蒙的な論説や一般市民を対象とした公開講義などによって表現しました。

日経ビジネス電子版 2021年6月8日付の記事を転載]

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