古今の名著200冊の読み解き方を収録した新刊 『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』 著者・堀内勉氏が、古典を題材に識者と対談を重ねてきた当連載。第1回のゲスト、経営共創基盤グループ会長の冨山和彦氏が選んだ「読むべき1冊」は『君主論』だった。本書から何を学ぶべきか、『読書大全』収録の書評を抜粋・再編集して紹介する。冨山氏との対談と併せて、より多角的な読書体験へ、ようこそ。

『君主論』
「近代政治学の祖」ニッコロ・マキャベリの著作。歴史上のさまざまな君主を分析し、そのあり方を論じている。
マキャベリとは何者か
『君主論』(伊:Il Principe 1532年刊)は、イタリア・ルネサンス期の政治思想家・外交官にして「近代政治学の祖」ニッコロ・マキャベリ(1469~1527年)が著した政治思想書。政治を宗教や倫理から独立させて近代政治学の礎を築くことになった1冊です。歴史上のさまざまな君主を分析し、君主とはどうあるべきものか、権力を獲得して保持し続けるにはどのような力量が必要かなどを論じています。
マキャベリは1498年、フィレンツェ共和国の第2書記局(軍事・外交担当)の長に就任。若き外交官として当時の同盟国フランスをはじめ、神聖ローマ帝国などさまざまな大国との交渉を行いました。その中で、軍人であり政治家でもあったヴァレンティーノ公(ヴァランス公爵)チェーザレ・ボルジア(1475~1507年)との交渉の最前線に立たされたことが、『君主論』執筆のきっかけとなりました。
マキャベリは交渉を重ねる中で、誠意だけでは問題が解決しないことを学びます。そして、クーデターで政府を追放されていた時に本書を書き上げ、メディチ家に献上しました。
イタリア統一にふさわしいのは誰か
当時、イタリアは多くの小国に分裂して混乱していました。本書においてマキャベリは、抽象的な君主像を説くのではなく、イタリア統一を実現し得るのはいかなる君主かという視点から、ギリシャ・ローマ時代からの歴史上の実例を数多く挙げ、その成功・失敗理由を分析して、多くの具体的な提言を行っています。
もともとは共和主義者だったマキャベリですが、国の混乱した現実に直面することで、ボルジアのような、強力な君主によるイタリア統一が必要だと考えるに至りました。
君主が善良で慈悲深い人間であることは称賛すべきだとしつつも、現実を見ればそうした君主は必ず没落するとして、愛される君主より恐れられる君主のほうが安全だといいます。人間は利己的で偽善的であり、たとえ従順に見えても利がなくなれば反逆しますが、君主を恐れていれば反逆しないからです。政治の決断には非情であってもぶれない姿勢が重要だと考えていたマキャベリは、その冷酷さで誰からも恐れられたボルジアこそ、理想的な君主像だとしたのです。
ボルジアは聖職者になるために育てられ、枢機卿にまで上り詰めましたが、23歳の時に還俗(げんぞく)しヴァランス公爵となった人物です。1499年からロマーニャ地方統一に向けて進撃を開始。イモラ、フォルリ、チェゼーナ、ペーザロ、リミニ、ファノ、ファエンツァ、ボローニャ、ウルビーノ、カメリーノを支配下に置き、ロマーニャ公爵となりました。レオナルド・ダ・ヴィンチを土木建築技師として迎えて所領地の整備を進めるなど、イタリア統一を視野に入れていましたが、31歳で戦死しました。

マキャベリズムの誤解と再評価
現代でもよく使われる「マキャベリズム」という言葉は、いかなる権謀術数であっても、政治目的のためなら許されるという考え方をいいます。今では単に「目的のためには手段を選ばない」という意味で使われる場合もありますが、本来は人間の本質を直視した、重要な倫理的問題を提起している言葉です。
また本書には、恩恵や賞罰の与え方、さまざまな人間集団をまとめる術、部下への接し方、他人との距離の取り方など、人間関係についても具体的に多くのことが記されています。理想主義的な思想の強いルネサンス期に、人間の現実の姿を観察することで、政治は宗教や道徳から切り離して考えるべきであるという現実論を説いた本書は、当時の社会では画期的であった半面、その後、長い間、道義や倫理を無視した冷酷な権力論を説いたものと考えられてきました。こうした文脈で、菅義偉前首相も自著 『政治家の覚悟 官僚を動かせ』 の中で、マキャベリの言葉を信奉していることを書いています。
ところが18世紀になると、ルソーが『社会契約論』の中で、「王公に教えをたれるとみせかけて人民に偉大な教訓を与えた君主論は共和主義者の教科書」であるとして再評価されます。さらに、モンテスキューやヘーゲルも本書を支持したことで評価は一変し、マキャベリは「近代政治学の祖」と考えられるようになりました。
プロイセンのフリードリヒ大王は、ヴォルテールがマキャベリを称賛したことに対して『反マキャベリ論』を書き、その反人道性を批判しましたが、実際には大王自身もマキャベリズムを駆使したといわれています。
[日経ビジネス電子版 2021年5月31日付の記事を転載]
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