京セラの創業者・稲盛和夫氏が、経営者が直面する永遠のテーマに取り組んだ名著 『アメーバ経営 ひとりひとりの社員が主役』 (日経ビジネス人文庫)。稲盛氏が自ら編み出した「アメーバ経営」とはどのようなものなのか。その核となった「京セラ会計」とは? コーン・フェリー・ジャパン前会長の高野研一氏が本書を読み解きます。 『ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕』 (高野研一著、日本経済新聞社編/日本経済新聞出版)から抜粋。
単なる経営手法ではない
本書は、京セラの創業者である稲盛和夫氏が、自ら編み出した「アメーバ経営」について記述した本です。「ひとりひとりの社員が主役」という副題がついているとおり、いかにすれば社員にオーナーシップを持たせることができるのか、個人のやりたいことと、組織全体の利益との調和を図ることができるのかといった、経営者が直面する永遠のテーマに取り組んだ名著といえます。
表紙をめくると、稲盛氏自身の言葉で、「企業経営に心血を注いで五十余年―。人間のあり方、リーダーのあり方、経営のあり方を学び、アメーバ経営を創り出すことができました」と書かれています。ここから分かるのは、稲盛氏にとってアメーバ経営とは、単なる経営手法ではなく、人や会社をつくるための哲学にまで昇華されたものであるということです。
稲盛氏は鹿児島大学工学部を卒業した後、京都の碍子(がいし)メーカー・松風工業に入社しました。そこで当時新しい分野であったニューセラミックスについて研究し、その事業化に成功しました。
ところが、上司が代わり、新しく就任した研究部長と意見が合わず、7名の同志とともに現在の京セラ(当時・京都セラミック)を創業する決断をしました。その当時、稲盛氏には創業資金を捻出する余裕も、事業経営の経験もありませんでした。しかし、幸いにも稲盛氏たちの試みに期待を寄せ、資金を支援してくれる人たちに恵まれました。特に、宮木電機の専務であった西枝一江氏は、「あなたは考え方がしっかりしていて、見所があると思ったのでお金を出したのです。あなたの技術を出資とみなして、あなたにも株を持ってもらいます」と、オーナー経営者としての道を歩ませてくれました。
こうして、信頼できる仲間たちと、稲盛氏に期待を寄せる出資者を得て、京セラはパートナーシップを基礎とした会社として船出したのです。これが後に稲盛氏がたどり着いた「ひとりひとりの社員が主役」という経営哲学に大きな影響を与えたことは間違いないでしょう。経営者と労働者という関係ではなく、同じ目的のために努力を惜しまない同志が集まり、真の仲間意識が生まれる姿を追求したのです。
稲盛氏は、人の心というのは非常に移ろいやすいものでありながら、ひとたび結ばれると世の中でこれくらい強固なものはないと言います。アメーバ経営は、こうした人の心がつながりあって、あたかもひとつの意志の下、すべてが調和しているように機能する状態を理想としています。「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」という京セラの経営理念の中には、アメーバ経営がゴールとする姿が鮮明に描き出されています。
京セラは当初28名の社員でスタートしましたが、すぐに事業は急成長を始め、5年もしないうちに100名を超え、やがて300名まで増えていきました。そのころから、稲盛氏ひとりで開発から製造、販売のすべてを切り回していくことが難しくなっていきます。そんなとき、稲盛氏の頭の中に、会社を20〜30名の小集団に分けてみたらどうだろうかというアイデアが湧いてきたのです。
さらに稲盛氏は、どうせ小集団に分けるのであれば、それぞれの組織を独立採算制にできないだろうかと考えました。各組織にリーダーを置き、小さな町工場として経営していける状態を追求したのです。その際、会計知識を持たない人でも分かるように、損益計算書に工夫を凝らし、「時間当たり採算表」を作成しました。これが後にアメーバ経営の核になっていく京セラ会計の始まりです。
稲盛氏が捨て去った常識
京セラ会計は、「売上を最大に、経費を最小にすれば、その差である付加価値は最大になる」という、至極あたりまえの原則に基づいた事業評価の「ものさし」であるわけですが、現実のビジネスでは、このシンプルな原則が往々にして忘れ去られがちになります。
メーカーであれば営業利益率5%、流通業であれば数%もあればいいといった業界の常識に基づき、実績がそれを満たせばそこで満足してしまいます。しかし、「売上を最大に、経費を最小にする」という原則からすれば、利益はいくらでも増やすことができると稲盛氏は考えます。モノの見方次第で、利益拡大のポテンシャルが見えたり、見えなかったりするということです。
あるいは、収益性だけを問う株主の声に押されて、本来減らしてはいけない研究開発費を削って将来の売上ポテンシャルを失ってしまったり、本来は削らなければいけない無駄な固定費を、過去のしがらみにとらわれて高止まりしたまま放置し、成長投資のための原資となるべき利益を失ったりしてしまうことがよくあります。
経営を預かるリーダーが最も注意しなければならないのは、こうした「業界の常識」「株主のプレッシャー」「過去のしがらみ」といったものに安易に流され、シンプルな経営の原則を忘れて、本末転倒な打ち手に飛びついてしまうことです。そうして、せっかく目の前にある成長のチャンスを見失ってしまうのです。こうした状態を避けるために、経営の原則を分かりやすく伝えるのが京セラ会計なのです。
稲盛氏は、「私は経営に無知であったがゆえに、いわゆる常識というものを持ち合わせていなかったので、何を判断するにも、物事を本質から考えなければならなかった」と言います。そこから、経営における判断は、世間でいう筋の通ったこと、つまり「人間として何が正しいのか」ということに基づいて行わなければならないという結論にたどり着きます。それは、公平、公正、正義、勇気、誠実、忍耐、努力、親切、思いやり、謙虚、博愛といった言葉で表されるもので、世界に通用する普遍的な価値観であると稲盛氏は考えます。
そうした物事の本質に沿って考えを進めていった結果として、「この採算表であれば容易に理解できるから、すべての従業員が経営に参加することができる。つまり、リーダーを育てると同時に、経営に関心を持ち、経営者マインドを持った従業員を社内に増やしていくことができる」という考えにたどり着きます。こうして、京セラ会計は、「ひとりひとりの社員が主役」という稲盛氏の民主的な理念を実現するための手段になっていったのです。
あるアメーバの赤字脱却に関わった若い女性はこう言います。「赤字から立ち直るまで、ずいぶんと苦しい思いをしましたが、みんなで励まし合いながら、改善プロジェクトに取り組んできました。メンバーの知恵を集め、周りの人たちの協力があってはじめて目標は達成されます。その協力関係を支えるのは、互いに信じ合える人間関係です」。これにはさすがの稲盛氏も、「まるで経営者のような」と舌を巻いています。
『アメーバ経営 ひとりひとりの社員が主役』
組織を「アメーバ」と呼ばれる小集団に分け、独立採算にすることで、ひとりひとりが採算を考える、市場に柔軟な戦う組織をつくる。これまでの常識を覆す独創的経営管理手法を詳解。組織づくりに悩んでいるマネジャー、リーダーを目指す人、必読!
稲盛和夫(著)/日本経済新聞出版/713円(税込み)