DX(デジタルトランスフォーメーション)で後れを取る日本企業。デジタル化そのものへの対応も遅く「デジタル敗戦」ともいわれる状況に陥っている。DXでの成果が求められる今こそ、デジタル敗戦の要因を理解した上で「ソフトウェアファースト」、つまり「ソフトウェアの手の内化」に取り組む必要がある。連載第5回は『ソフトウェアファースト第2版 あらゆるビジネスを一変させる最強戦略』著者・及川卓也さんが本書に込めた思いをまとめた「おわりに」を抜粋してお届けする。

 「プロダクトが希望になる」と言った若い知人がいます。

 彼は生きる目標を見失いかけた時、あるコミュニティサービスにめぐり逢い、それによって人生が劇的に変わりました。そのサービスを使うことで日々がいきいきと輝き始めただけでなく、そのサービスの生みの親が語るサービスにかけた想いに触れ、彼は自分もそのようなプロダクトを生み出したいと強く感じるようになりました。

 本書は、一貫してプロダクトの重要性を訴えてきました。顧客を理解し、顧客が真に求めているものを提供するプロダクトは、いつの時代も必要とされ続けています。

 特に昨今は、米国のIT企業に関する数多くのニュースを、日本の私たちも毎日のように目にしています。彼らの提供するプロダクトが社会に与える影響の大きさゆえです。グーグル、マイクロソフト、アマゾンなどの企業は、優れたプロダクトを通じて世界中の人々の日常を変え続けています。

 彼らほど多くの顧客を持たずとも、我々の周りはプロダクトであふれています。身近なものでは、社内で使うシステムや各種ツールなどもそうです。社内プロダクトであっても、顧客である社員を理解し、適切に開発され、継続的に改善されることで、企業全体の生産性や社員のモチベーションに大きく影響するのです。

「楽しいから」プロダクトづくりに人生を捧げてきた

 筆者がプロダクトづくりに携わるようになったのは、社会人になってからです。大学を卒業してすぐにソフトウェア技術者としてのキャリアをスタートさせたわけですが、当初からプロダクトというものを意識していたわけではなく、プロダクトづくりにこだわってキャリアを形成してきたわけでもありませんでした。しかし、振り返ってみると、30年以上の社会人人生のすべてをプロダクトづくりに捧げてきたことに気付きます。

 自分でもなぜプロダクトづくりを続けているのだろうと考えてみることがあります。その答えは結局、「楽しいから」に尽きると思います。筆者と同世代には大企業の役員や起業して上場させた創業者、アカデミックの世界で大きな研究成果を残した人がたくさんいます。そうした方々と比べると、筆者はただ1つのことをやり続けただけなのですが、それでも嬉しいことに、多くの企業から支援の依頼を受けたり、若い世代からアドバイスを求められたりしています。筆者のようになりたいと言ってくれる人もいます。いや、もっと他の人を参考にしたほうが良いのではないかと思うこともありますが、それでも皆さんに言えるのは、やりがいのあること、楽しいと思えることを愚直に続けるだけで、少なくとも筆者のような人間にはなれるのだということです。

 日本企業のお手伝いをしていると、のれんに腕押しのような感情を抱くことがあります。いかにこちらが熱く語っても、「この人には響いていないな」と感じることが多くあります。筆者の話が的外れであったり、説得力に欠けている可能性も否めませんが、そうした方々はどんな話であっても必要以上の感情移入はせず、極めてドライに対応しているように見えます。どこか諦めがあるのでしょうか。もしくは必死に努力しても報われないと思っているのでしょうか。

 もし筆者をロールモデルとするならば、1つだけお伝えできることがあります。冒頭の友人の話ではないですが、プロダクトが希望を生み、希望は連鎖していくということです。筆者は楽しかったからプロダクトづくりを続けただけですが、楽しいのは1%で、99%は辛いことや大変なことです。しかし、その1%の楽しさは他のすべてを忘れさせるものです。プロダクトを使ってくれた人が喜んだ顔。プロダクトによって劇的に便利になった暮らし。これらを見ることで、また次も頑張ろうと思えるようになります。もしかしたら、今は努力の先に何が見えてくるのか分からず、必要以上の軋轢(あつれき)や対立を避けているのかもしれません。しかし、登山と同じように、その努力の先には苦しい山道を登り切った者にしか見えない景色が広がっているのです。ぜひこれを目指してほしいと心から思います。

 筆者がマイクロソフトでウィンドウズの開発を担当していたころ、セキュリティ問題が頻発したことがあります。ソフトウェア開発者やセキュリティ技術者が集まる場に呼ばれ、まるで公開裁判のように質問を浴びせられ、対応を迫られました。非常に厳しい状況に直面し、逃げ出したくなることもありましたが、実際に使っているユーザーのリアルな状況を肌で感じ、本社と至急連絡を取り対応を進めました。その際、国際電話では埒(らち)が明かないと判断し、日本側のサポート担当者およびマーケティング担当者とともに本社に乗り込み、必要な措置について直談判しました。その結果、ほどなくして適切な対応が取れるようになりました。その後も厳しい状況はありましたが、次第にユーザーから感謝の言葉をいただけるようになり、ほっとしたことを覚えています。

 ちなみに、この時の出張は1泊3日の強行軍でした。帰国便の飛行機の中で、行きの便にも乗っていたキャビンアテンダントが「あれ、お客様、昨日到着されたばかりですが、もう戻られるのですか?」と驚いていたのを覚えています。

 当時のウィンドウズは、セキュリティ問題があっただけでなく、市場で強過ぎる存在だったこともあり、風当たりが厳しい状況にありました。それでも筆者は、ウィンドウズは必ず世の中を良くするプロダクトだと強く信じていました。だからこそ、このような辛いことがあっても、今は少しずつ理解してもらうための過程なのだと捉え、決して苦ではありませんでした。

ソフトウェアがプロダクトの武器になる

 本書では、プロダクトがソフトウェアを武器に顧客への価値を最大化させる方法を説明しています。顧客が対価を払ってでも得たい価値を提供することで、収益が上がり、その結果、再度顧客価値の増大のために投資を行うという好循環サイクルが回り続ける──これにより企業としての持続的な成長が可能となります。

 ここで重要となるのがソフトウェアです。進化が早く、適応領域も広く、実体を持たない──こうしたことから柔軟に変容可能なソフトウェアが世の中を変えています。これを使わない手はありません。

 しかし、このソフトウェアの開発も、その周辺の業務も、筆者が社会人になったばかりのころはまだハードウェアの付属品として扱われることが少なくありませんでした。ソフトウェアはハードウェアがないと動かすことさえできないため、ハードウェアに組み込まれた形でのみ提供されていました。また、ハードウェアとソフトウェアが分離されていても、価格差が大きかったため、ソフトウェアはハードウェアのおまけとして納品される時代でもありました。

 ソフトウェアの実力が正しく評価されていないことに警鐘を鳴らすのが本書の目的ではありますが、確実に世の中が変わっているのも事実です。筆者の社会人人生の中でも、当初は存在しなかったようなプロダクトや職業が生まれています。

 筆者がマイクロソフトに勤務していた時、これぞコンピューター社会を象徴するとさえ思うプロダクトがありました。それがエンカルタです。

 マイクロソフト エンカルタは、1993年から2009年まで開発・販売されていた電子百科事典です。膨大な知識をまるで魔法のように手元のコンピューターで瞬時に引き出せるこのソフトウェアは、当時最先端の技術を駆使し、画像、音声、動画を豊富に収録していました。1990年代初頭には、このエンカルタこそが教育に革命をもたらすと信じられ、多くの家庭や学校で利用されました。特に教育熱心な保護者にとって、エンカルタは子どもたちの学びのツールとして欠かせない存在となってきたのです。しかし、その背後で、インターネットの普及が進み、新たな挑戦者が現れました。それがウィキペディアです。

 ウィキペディアが登場した当初、世界中のボランティアが共同作業で百科事典を作り上げていくというアイデアは、多くの人々にとって「安かろう悪かろう」の典型と見なされていました。情報の信憑性が疑問視され、権威ある百科事典を置き換えることなど不可能だと考えられていたのです。エンカルタの成功を必ずしも確信していたわけではなかった筆者でさえも、まさかこのプロダクトが不要になるとは想像もしませんでした。

 しかし、ウィキペディアは急速に成長し、エンカルタを凌駕する存在となりました。誰もが自由に編集できるこのプラットフォームは、情報の網羅性と迅速な更新により教育や研究に不可欠なツールとして認知されるようになったのです。気が付けば、エンカルタは2009年にその役割を終え、一方、ウィキペディアはその地位を揺るぎないものとしています。

 新たな技術やサービスの台頭とともに、新しい職業も生まれています。クラウドコンピューティングやスマートフォン関連の仕事は、すべてここ20年ほどで生まれたものです。仮想現実(VR)や拡張現実(AR)も、20年前には日常で使える技術としては存在していませんでした。

 本書執筆中の今も、新しい職種が次々と生まれていると言っても過言ではありません。特に生成AIは、人間の作業の一部を肩代わりし、人間が持つ本来の可能性を拡張させる技術として、この数年で劇的に進化し、今後どこまで革新をもたらすかは計り知れません。実際、この生成AIのスキルを活かした新しい仕事も生まれています。その1つがプロンプトエンジニアリングです。これは、人間の話し言葉で指示して生成AIを活用する技術を指します。ソフトウェア開発の現場では、生成AIを使ったプログラミングが必須のスキルになると予測されています。このように、今この瞬間にも新しい仕事が生まれ、それを担当する職種も誕生しているのです。

「おもちゃ」こそが世の中を変える

 誕生したばかりの新しい技術は、おもちゃのようなものと捉えられることがあります。しかし、そのおもちゃが世の中を変えてきています。

 例えば、パーソナルコンピューターの登場当時、それはコンピューターマニアの週末の遊び道具と見なされていました。コンピューターサイエンスを学び、本格的なコンピューターの研究開発をしているエンジニアたちは、パーソナルコンピューターを担当したがらないこともありました。しかし、パーソナルコンピューターはダウンサイジングの始まりを告げ、産業構造を大きく変える存在となりました。

 クラウドも同じです。インターネットの黎明期には、ウェブ技術は「ゆるい情報共有のツール」に過ぎませんでした。これが進化して国や企業の基幹業務を支えるものになるとは誰も思っていませんでした。おもちゃと思われていたものが世界を変える。これが1つの法則です。

 この法則は、新しい技術が最初は過小評価されるという現象を示しています。新しい技術が誕生した時、多くの人々はその可能性に気付かず、ただの遊び道具として扱います。しかし、その技術が進化し、応用されることで、最終的には産業や社会に大きな変革をもたらします。

 だからこそ、自分が楽しいと思ったら、周りの評価に左右されず、自分の本能に従ってみることが重要です。初めはおもちゃのように見えたとしても、それが未来の世界を形づくる鍵となるかもしれないのです。

 ソフトウェアファーストの本質は、今はおもちゃのように見える新しい技術を、「面白い」と思える心を持つことです。年齢を重ねると、新しいことを覚えるのが億劫になったり、興味を失ったりすることがあるかもしれませんが、それではいけません。変化を楽しいと感じることが大事なのです。

 筆者は、歳を重ねても変化を楽しみ続けてほしいと思っています。新しい技術やトレンドに対して、子どものような好奇心と冒険心を持ち続けることが、ソフトウェアファーストを実践する鍵となります。変化を恐れず、その可能性を楽しむことで、未来を切り開く力となるのです。

 自動車業界は今、電動化やソフトウェア化により100年に一度の変革期の真っ只中と言われますが、IT業界では10年に一度かそれ以上に短い期間で同様の大きな変革が起きています。この変化を負担に感じる人もいれば、逆にワクワクする人もいます。筆者は心から楽しいと感じてきました。この業界で働くことができて、本当に良かったと思っています。

変化を楽しみ、挑戦し続けよう

 日本はここ30年以上、大きな失敗を恐れるあまり、小さな失敗を繰り返してきました。その小さな失敗は、時には失敗とも見なされないようなものでした。しかし、先進国の中で日本だけが経済成長をしていない現実こそが、まさに失敗そのものです。チャレンジしないことこそが真の失敗なのです。

 筆者も普通に会社勤めをしていたら、間もなく定年を迎える年齢です。50歳を過ぎてからは、次の世代に何を残せるかを強く意識するようになりました。同じような立場の50代以降の方々には、定年までの安泰を考えるのではなく、未来に対して自分がどのように貢献できるかを考えていただきたいのです。

 見ていると、自分の代で大きな失敗をすることを恐れるあまり、大きなチャレンジを避ける人が多いように感じます。驚くことに、「自分は勝ち逃げられる」と口にする人もいます。しかし、それではいけません。企業の未来、日本の未来、そして世界の未来を考えて行動してほしいのです。勝ち逃げを狙うのではなく、積極的にチャレンジしてほしいのです。

 自分さえ良ければ、自社さえ良ければという考えを捨て、常に広い視野を持ち、日本だけでなく、世界を見てほしい。そして、未来を見据えてチャレンジしてほしいのです。これはシニア世代だけでなく、すべての世代に訴えたいメッセージです。未来を築くためには、失敗を恐れず、新しいことに挑戦し続ける勇気が必要なのです。

 本書で一貫して主張してきたのは、ソフトウェアが現代のビジネスにおいて最も重要な要素であるということです。ソフトウェアファーストのアプローチは、単なる技術的な選択ではなく、企業戦略の根幹に据えるべき考え方です。

 第一に、ソフトウェアは顧客価値の最大化に直結します。顧客が真に求めるものを理解し、それを実現するための手段としてソフトウェアを活用することで、競争優位を築くことができます。

 第二に、ソフトウェアは事業価値の最大化にも直結します。ソフトウェアを使ったリカーリング(継続課金)ビジネスモデルは、持続可能な収益を生み出し、ビジネスをスケールさせる力を持っています。

 第三に、ソフトウェアは企業の適応力と迅速性を高めます。変化する市場環境や顧客ニーズに迅速に対応するには、柔軟かつスピーディーなプロダクト開発が不可欠です。ソフトウェアを中核に据えることで、企業は変化に対する耐性を持つだけでなく、変化を起こす側に回ることも可能になります。既存の仕組みや業界構造を抜本的に変革する、いわゆるディスラプター(破壊者)となり得るのです。

 最後にお伝えしたいのは、ソフトウェアファーストだからと言って、ソフトウェアだけを考えれば良いわけではないということです。本書はソフトウェアに焦点を当ててきましたが、ハードウェアも大事です。ソフトウェアとハードウェアは対立するものではなく、どちらかを採用したらどちらかを切り捨てるものでもありません。両者は連携して機能する技術です。

 実はハードウェアで実現したほうが良いケースもあります。ソフトウェアは柔軟性が高く、更新が容易な一方で、消費電力や実行速度の面ではハードウェアに劣ります。そのため、消費電力を抑えたい場合や高速な処理が必要な場合には、ソフトウェアでもできることをハードウェアにオフロードする(肩代わりさせる)のが有効です。

 重要なのは、ソフトウェアとハードウェア、2つの選択肢を持ち、目的に応じて最適な選択ができることです。そして、どちらを選んでも自社で対応できるのが一番強い。日本は伝統的にハードウェア分野に強みを持っています。従って、ソフトウェアの力を強化すれば、相乗効果でさらに競争力を高めることができるのです。

 ソフトウェアファーストとは、ソフトウェアを最初から考えようということであって、ソフトウェアがハードウェアよりも大事ということではありません。ソフトウェアを新たな武器に企業競争力を高めることで、日本がもう一度発展していくことを望んでいます。

最後に

 今回の改訂版(第二版)を書くことになったきっかけは、内容は陳腐化していないものの、紹介されている事例が古くなっているとの指摘を受けたことでした。当初は事例の更新だけを予定していましたが、書き始めてみると「はじめに」でも記したように、5年の歳月を経て、日本企業の間でもソフトウェアファーストの理解が広がり、実践する企業が増えていることが分かりました。また、技術も大きく変化していました。

 そのため、本書の内容を抜本的に書き換えることになりました。完全に別の書籍にしても良かったかもしれませんが、ソフトウェアファーストの重要性を引き続き訴えたいと考え、改訂版という形を採りました。

 執筆においては、第一版(初版)と同様にプロダクトマネジメントの手法を可能な限り取り入れました。バージョン1である第一版のフィードバックを参考にし、Eコマースサイトのレビューも分析し、ターゲット読者をより明確にしました。技術的には平易な説明を心掛け、専門用語の使用を避けるよう努めました。これも第一版を振り返った結果です。

 最後に、改訂版の執筆にあたりご協力いただいたすべての方々に心より感謝申し上げます。本書が少しでも多くの読者の方々に役立ち、ソフトウェアファーストの理念が広まることを願っています。

 プロダクトと、それを支えるソフトウェアが皆様の希望となりますように。

(写真:Photocreo Bednarek/stock.adobe.com)
(写真:Photocreo Bednarek/stock.adobe.com)
ソフトウェアで新たな価値を生み出そうとする企業と、そうでない企業との差は、さらに開きつつあります。今こそソフトウェアを武器に真のDXに取り組む時です。 ソフトウェアの進化スピードと柔軟性を武器にして(手の内化して)、事業価値や顧客体験を向上させるプロダクト(製品やサービス)を生み出す方法を解説します。

及川卓也著、日経BP、2420円(税込み)

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