情報を集めてもアウトプットが苦手、という人は「自分が言いたいことは何か」を考え、「結論から言う」のがお勧めです。また、集めるだけではなく、うまく情報を使い、自分のキャリアをデザインするためには何を心がけたらいいのか。情報の波におぼれず、うまく付き合うための方法を一橋大学名誉教授の石倉洋子さんが語る。連載第3回。
自分の能力をファクトベースで把握
限りある自分のエネルギーをポジティブなことに使い、何にどれだけ時間を使っているかを可視化する。そうすると自分のペースがつかめ、「この仕事をするにはこのくらいの時間がかかる」と分かるようになってきます。
私はフリーランスとしてキャリアをスタートし、今もさまざまなプロジェクトに関わっているので、自分でギャランティ(報酬)の交渉をしなくてはなりません。交渉は労力のかかることでもあるので、その業界の規定があればそれに準じますが、ない場合には「どのくらいの時間で、どのくらいの成果を出せるか」は交渉材料となります。もちろん、プロジェクトに興味があれば、報酬よりもやりがいを取ることもあります。
ビジネスパーソンのみなさんも、これからは社内だけではなく、副業や復業などで仕事の幅を広げていく機会が増えるでしょう。そうしたときに自分の能力をファクトベースで把握しておくことは役立ちます。
なるべく早く仕事に取りかかるのも大事。先手必勝です。私は締め切りに遅れるのは絶対にいやなので、締め切りよりも早めに終わらせることが多いですね。初動が早ければ、「この部分のリサーチは○○さんにお願いしよう」といった手も打てます。
私がコンサルティング会社にいたときは、仮説を立て、それに関連した情報や資料を探すのが鉄則でした。思うようなものが出てこなかったら、それは仮説が間違っている可能性が大きい。「もっと調べれば出てくるんじゃないか」という誘惑にかられますが、深掘りしても何も出てこない場合も往々にしてあります。何かをリサーチするときは、「望み通りの情報が得られないときは仮説が違っているかもしれない」と考えるようにすると、切り返しが早くなります。
人よりも先に意見を言う
情報を集めてもアウトプットが苦手、という人もいるかもしれません。そんなときは「自分が言いたいことは何か」を考え、「結論から言う」のがお勧めです。もう、出だしや序章のようなところは捨ててもいい。あれこれ細部にこだわり過ぎていると、みんなが知っているような、パッとしないことしか言えなくなってしまいます。仕事では「人よりも先に」「人と違うことを言う」ように心がけましょう。
「みんなが知っていること」という観点ですと、私にとって本は既知の場合が多いですね。最新の情報が1冊の本にまとまるまでにはタイムラグがありますし、その間にその情報が貴重なものではなくなってしまう。例えば、今年のダボス会議では食糧危機などについて問題提起されましたが、後から本を読むより、インターネットのライブ中継を見たほうが早いし、確実です。だから情報を得る場合には本に限らなくてもいいと考えています。
一方で、本は編集や校正作業を経ていますから、情報としては信頼度が高いものです。じっくり何かを考えながら、ページを行きつ戻りつして読むには紙の本がいいですね。個人的な感想ですが、電子書籍は手軽にたくさん読める反面、読み飛ばしてしまい、「何が書いてあったんだったっけ」となることもあります。
最近読んで、感銘を受けたのは『 戦争中の暮しの記録 』(暮しの手帖編集部編/暮しの手帖社)。こちらは1968年に刊行された『暮しの手帖』の特集「戦争中の暮しの記録」を書籍化したものです。戦争に巻き込まれた庶民が、自分たちが経験したことをつづった、まさに「暮しの記録」。何年か前に読んだときにも印象深い本でしたが、ロシアによるウクライナ侵攻を目の当たりにしていると、「戦争とはこういうことか」と心に迫るものがあります。
また、いつ読んでも感銘を受けるのは『 安藤忠雄 仕事をつくる 』(安藤忠雄著/日本経済新聞出版)と『 LIFE SHIFT(ライフ・シフト) 100年時代の人生戦略 』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著/池村千秋訳/東洋経済新報社)ですね。
先行きの見えない時代だからこそ、これからは「自分でどう仕事をデザインするか」が求められるでしょう。コロナ禍でリモートワークが一般的となり、自由度が増した部分もあります。いわば自分の時間と人生をどう使うか、自分は何を目的に人生を送るかは個人の腕の見せどころ。そうしたときに、この2冊はヒントとなると思います。
人生戦略を立てるときに情報はすごく大きな要素ですから、連載第1回「 石倉洋子の情報収集術 完璧を目指さず、初動を早く 」でもお話ししたように、なるべく幅広く取り入れる。そして自分の意見としてアウトプットする。それを繰り返しているうちに、「これは大事な情報だな」「これはそれほどでもない」という勘所も分かるようになってきます。
人と比べる必要もないし、考え過ぎる必要もない。ぜひフットワーク軽く一歩を踏み出し、自分で自分の人生をデザインしてください。
私もまだまだ、やりたいことがたくさんあります。よく、「自分は『人生をやりきった』と言って終えたい」と言う人もいるけど、私は「まだまだやり残したことが山ほどある」と言って終わりにしたいと思っています(笑)。
取材・文/三浦香代子 構成/雨宮百子 写真/小野さやか
『 世界で活躍する人の小さな習慣 』
「成果が出なければ、すっぱり見切る」「意識してつきあう人や場所を変える」「完璧は目指さない」――。数々の企業の社外取締役を務め、ダボス会議などで広く活躍する著者が、次世代のリーダーに向け、「世界標準」の働き方や考え方のコツを伝授します。
石倉洋子著/日本経済新聞出版/880円(税込み)