新型コロナウイルス禍では、米国の失業率が激しく上下したのに対して、日本の失業率は米国ほど変動しませんでした。その背景には、日米の雇用慣行の違いがあります。ビジネスで成果を上げるうえで必須のスキルである経済データの読み方を解説した日経文庫『コンサルタントが毎日見ている経済データ30』(小宮一慶著)から抜粋して解説します。

「完全雇用」でもゼロにならない失業率

 世界中の投資家やエコノミストのほか、あらゆる分野のビジネスパーソンがもっとも注目している指標の1つに米国の雇用統計があります。雇用統計とは、失業している人数や就業している人数などを調べてまとめたもの。新型コロナウイルス禍におけるこの指標の変遷から、米国内の景況感のみならず雇用慣習まで読み解くことができます。当時の米国企業の動きが如実に表れていますので、経済が危機的状況に陥ったときにどのようなことが起こるのか、数字を追いながら見ていきましょう。

 米国の雇用統計は、米国労働省が毎月第1金曜日の午前8時30分(米国東海岸時間)に発表します。日本時間では金曜日の午後9時30分(米国が冬時間なら午後10時30分)です。雇用統計は米国景気をつぶさに反映する指標ですから、発表される数字によって、外国為替、株式、債券などの市場価格が大きく動く場合が多々あります。日本国内の市場関係者の中には、会社に遅くまで残ってモニター画面に釘付けになっている人も少なくありません。

 米国の雇用統計には主要な指標が2つあり、1つは失業率です。失業率は、働く意思のある人の中で実際に働いていない人の割合を表すものです。失業者数を労働力人口(失業者数+就業者数)で割って算出しています。

 具体的には、16歳以上で働く意思のある人を対象に、その時点で就業中か失業中か、失業中なら就業可能かどうか、過去4週間以内に求職活動を行ったかどうかを労働省が調べて失業者数を決定します。

 一般的に景気が良くなると失業者は減り、失業率も下がります。なお、失業者には転職待ちの人たちも含まれますから、米国では3%台ぐらいでほぼ完全雇用(働く意思と能力を持ち、就職を希望する人たち全員が仕事を持っている状態)だといわれています。

 ちなみに日本の場合は、米国よりも雇用の流動性が低いことから2%台でほぼ完全雇用と見られています。

 米国内で新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた2020年の前半、失業率は大きく動きました。当時のトランプ大統領が国家非常事態を宣言したのは同年3月13日。みなさんもご存じのように、その後、世界中の経済活動が一時的に停止しました。

 失業率の推移を見ると、2020年1月は3.6%、2月は3.5%でほぼ完全雇用だったといえます。このとき、トランプ大統領はコロナを「中国ウイルス」と連呼し、状況を甘く見ていました。失業率が上がらなかったから、それほど経済に影響はないと考えていたのです。

 ところが、その直後に状況が一変します。3月は4.4%、4月はなんと14.8%と、一気に10ポイント以上も上昇したのです。さらには5月も13.2%、6月は11.0%と高水準が続きました。米国では、働く意思のある人の10人に1人が一気に職を失うという異常事態に陥ったのです。

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世界が注目する「非農業部門雇用者数」

 ここで、雇用統計のもう1つの重要な指標である非農業部門雇用者数の増減数にも触れておきます。こちらも失業率と同じく、世界中が注目している経済指標です。農業を除いた企業や事務所を対象に、給与支払い帳簿をもとに雇用者が前月よりどのぐらい増減したかを調査してまとめた数字です。一般的にこの指標は、月に20万人ほど増えていれば雇用は安定し、景気も順調に拡大していると判断します。

 また、非農業部門雇用者数の増減数は事前の予想と発表された数字との間に大きな乖離があると、外国為替や株式などのマーケットが大きく変動することがあります。例えば予測より大きな数字が発表されると、「思っていたより景気が拡大しているから、米国の中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)は、インフレを懸念して政策金利を上げる(あるいは下げない)のではないか」との見方が強くなる傾向があり、円/ドル相場が大きく動く場合も少なくありません。

 では、先ほどと同じようにコロナ禍の非農業部門雇用者数の増減数を見ていきます。2020年1月は前月比25万3000人増、2月は26万4000人増となっており、先に見た失業率同様この段階での雇用は安定していました。ところが3月に入ると141万1000人減、4月はなんと2047万7000人減と大幅に減少。私はこの数字を最初に見たとき、ケタが間違っているのではないかと思ったほど驚きました。

 ところがその後、大きな変化が見られました。失業率は2020年4月にピークを迎えてから下がり始め、同年末の12月には6.7%。2021年12月には3.9%まで下がりました。非農業部門雇用者数の増減数も2020年5月は261万9000人増、6月は461万5000人増と戻り始め、その後も安定的に増加していきました。つまり、米国の雇用はコロナ禍の到来によって急速に落ち込みましたが、その後は速いスピードで回復していったのです。

米国と日本の動きが異なる理由

 一方で、日本の雇用はどのように動いていたのでしょうか。米国と比べるととても興味深いことが分かります。一部の都道府県で最初の緊急事態宣言が発令されたのは2020年4月7日。この前後の完全失業率を見てみます。完全失業率は総務省が発表する指標で、労働力人口(満15歳以上で働く意思を持つ人)に占める完全失業者(仕事に就いていない、仕事があればすぐに就くことができる、仕事を探す活動をしていたという3つの条件を満たす人)の割合です。

 この指標は、調査員がランダムに選んだ約4万世帯のうち、満15歳以上の約10万人を対象に就業状況を調べて算出されます。ただ、この調査方法にはバイアスがかかりやすいという指摘があります。景気が悪化して求人が激減すると、「どうせ就職できないだろう」とあきらめてしまう人もいるからです。すると、本当は働きたいけれどあきらめた人は「働く意思がない」と答えて完全失業者から外れてしまい、完全失業率が低めに出てしまう可能性があるのです。

 さて2020年1月の完全失業率は2.4%、2月は2.4%、3月は2.5%と、ここまではさほど変化はありません。続いて緊急事態宣言が出た4月は2.6%、5月は2.8%、6月は2.8%とじわじわと上昇。ピークは10月で3.1%まで上がりました。米国に比べ上昇し始めるのが遅いうえ、1カ月で10ポイント増加した米国に対し上昇幅もとても小さくなっていますね。さらに先を見ると緩やかに下降し、ウィズコロナ政策が進み始めた2022年には2.5~2.6%程度で安定しています。

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 つまり、日本は、米国ほど急激な動き方をしていないということに注意が必要です。逆にいえば、米国の雇用統計は極端に動くのです。これはなぜでしょうか。

 理由は、雇用慣行の違いです。米国企業は日本企業と違って、業績が悪化するとすぐにレイオフ(一時帰休)を実施して人員を減らし、会社の規模を小さくして経営の自由度を確保しようとするのです。このように景気が動くと早い段階で雇用者数が増えたり減ったりするので、この数字の増減がそのまま景気の良し悪しを反映すると考えられています。

 ただ、コロナ禍で米国企業が迅速に動いた背景には、もう1つの要因がありました。それはトランプ大統領(当時)の経済対策です。米国では失業すると給与の6~7割程度の失業保険が支給されるのですが、このときは従来の支払い額に加えて毎週600ドルが加算されました。これによって就業時よりも収入が増える失業者も少なくなく、当面は生活に困ることがなくなったのです。企業もレイオフをして規模を小さくすることで、経営の自由度を得ることができました。

 2020年は11月に大統領選挙を控えていましたから、トランプ大統領は国民からの支持を集めるためにも、コロナ対策で大盤振る舞いをしたのではないかとの見方もできます。いずれにしても、米国の政府や産業界の動きは非常に速かったといえるでしょう。

コロナ禍が始まった頃、米国の失業率は急上昇した(写真はイメージ)(写真:joyfotoliakid/stock.adobe.com)
コロナ禍が始まった頃、米国の失業率は急上昇した(写真はイメージ)(写真:joyfotoliakid/stock.adobe.com)
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 一方、日本の企業は簡単に解雇ができません。そこで、コロナ禍でどのような政策が取られたのかというと、企業への支援です。日本では企業が雇用を維持できるようにするために、政府が雇用調整助成金を出したり、売り上げが大幅に落ち込んだ事業者には持続化給付金を出したりしました。

 つまり、米国では企業ではなく失業者を直接支援することで経済を維持し、日本では企業や事業者を支援して、失業する可能性のある人を企業内にとどめることで、失業者の数を抑えて経済を維持したのです。その結果、米国の雇用統計は大きく動きやすい一方、日本では動きが緩やかになります。どちらがいいか悪いかという話ではなく、各国の雇用慣行の違いが顕著に出た事例だといえるでしょう。

 このように、指標には景気の動向のみならず、各国の考え方までもが表れるのです。

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小宮一慶著/日本経済新聞出版/1100円(税込み)