2022年8月に逝去した京セラ創業者の稲盛和夫氏。「どうすれば会社経営がうまくいくのか」という経営の原理原則をまとめた「経営12カ条」を自身の言葉で解説する書籍の発行準備を進めていた。同書の内容を基に、稲盛経営の集大成ともいうべき12の経営の原理原則を一つずつ紹介していく本連載。今回は第3条「強烈な願望を心に抱く」。

(写真:PIXTA)
(写真:PIXTA)

 精神論だと笑われるかもしれませんが、極端に言えば、心に抱く思い、願望がわれわれの人生を決めるのだと思います。あなたがいま歩いている人生は、あなたが心に描いたとおりのものです。

 ともすると、自分が歩いている人生を、他人任せにしている人がいます。自分自身がつくったものだとは思わず、いろいろなことがあっていまの人生になっていると思いがちですが、そうではありません。まさにあなたの心が招いたもの、あなたの思いが、現在のあなたをつくっているのです。

 そういう意味では、どのような思いを心に抱くのかが一番大事です。

 こうした思いについて、思い出すことがあります。京セラを創業して、まだ間もないころだったと思います。どうすれば経営がうまくいくのかわからなかった私は、松下幸之助さんが出されていた小冊子『PHP』を買って読んでいました。従業員と輪読もし、経営の何たるかを少しでもかじろうと思っていたわけです。

 ちょうどそのころ、幸之助さんの講演会がありました。ぜひともお話を聞きたいと思い、仕事の合間を縫って駆けつけたのですが、座る席がなかったので一番後ろで立って話を聞きました。

 幸之助さんは「ダム式経営」のお話をされました。「雨が降ったとき、ダムに水を貯めて洪水を防ぎ、日照りのときには放水して渇水を防ぐ。経営も同じで、景気のよいときに利益が出たら、それを蓄積して、景気の悪いときに備える。そんなダムのような余裕のある経営をしなければならない」といった内容のお話でした。

 講演が終わってから、お年を召した方が質問されました。

 「幸之助さんのお話は素晴らしいと思います。しかし、余裕のあるダム式経営をすべきだとおっしゃいましたが、私には余裕がないのです。余裕のある経営をするには、どうすればよいのでしょうか。具体的に教えてくれなければ、われわれには何の参考にもなりません」

『経営12カ条 経営者として貫くべきこと』(稲盛和夫著、日経BP 日経新聞出版)
『経営12カ条 経営者として貫くべきこと』(稲盛和夫著、日経BP 日経新聞出版)

 幸之助さんは、その質問に一瞬詰まられました。私が幸之助さんなら「具体的なことなど私も知りません。私も知りたいくらいです」と答えたでしょうが、幸之助さんは一呼吸おいたあと、こうおっしゃったのです。

 「そう思わんといけまへんなあ」

 余裕のある経営をしなければならない、と思わなければならないのです。思ったところでできるわけがないと思ってしまいますが、それは違います。そう思うことが第一なのです。幸之助さんはこうおっしゃりたかったのです。

 「あなたは、思ったところで意味がないと考えているから、できないのです。まず、思うことから始める。そうありたいと思えば、何としてもそれを実行しようと思うはずです。だからまず、思わんといけまへんな」

 そもそも、思ってもいないことをできるわけがありません。思うということが、われわれの人生をかたちづくっているのです。思うからこそ、われわれは行動に移し、言葉に出します。われわれが行ってきた結果はすべて、思いがつくってきたのです。

(写真:陶山 勉)
(写真:陶山 勉)

思いがあれば必ず実現するか

 1982年、京都セラミック株式会社が新生「京セラ株式会社」として新たな船出をするとき、経営スローガンとして私が社内に掲げた言葉があります。

 新しき計画の成就は、只不屈不撓(ふくつふとう)の一心にあり。
 さらばひたむきに只想え、気高く、強く、一筋に。

 これは、積極的思考を説き、悟りを開いたヨガの達人、中村天風さんが、新しい計画や目標を達成するために必要な心構えについて述べられた言葉です。

 中村天風さんは続けてこうおっしゃっています。

 よしや、かりに人生行路の中途、滔々(とうとう)たる運命の濁流になげこまるるとも、また不幸病魔の擒(とりこ)となることありとも、夢にも悶(もだ)ゆる勿(なか)れ、怖るる勿れ。

 これは、道半ばにして運命に翻弄されたとしても、不幸に見舞われたとしても、あるいは病に取り憑かれたとしても、成功することをただ一途に思い続けなさい。思い悩むことや悶え苦しむこと、恐れることがあっては絶対になりません、という意味です。つまり、新しい計画や目標が達成できないのではないかという疑念を少しでも持ってはならない。そうした疑念一切を払拭しなければならないのです。

 多くの人は「こうしたい」と思っても、すぐに「このような難しい条件があるから」などと後ろ向きに考えはじめます。しかし、「こうありたい」という思いには、いささかなりとも曇りがあってはならないのです。難しいテーマに取り組むのならなおさらです。少しでも「これは難しいな」と思ったなら、絶対に事は成就しません。どうしてもこれを実現しなければならないという強烈な思いだけを抱き続けなければならないのです。

 「そう思うけれども、実際には難しい」といった否定的な言葉は絶対に口にしてはなりません。そのような疑念が湧いてきたなら、すぐにそれを払拭するように努めることが大切です。

 自分の可能性をただひたすらに信じ、その実現を単純に強く思い続けるだけでよいのです。何も心配することはありません。人間の思いというものは、われわれの想像を超える凄まじいパワーを秘めています。まずは一切の疑念を持たず、「何としてもそれを実現したい」という強烈な思いを抱くことです。

 もちろん、ただ思うだけですべてのことが成就するわけではありません。強く思ったならば、次には「誰にも負けない努力」(「経営12カ条」の第4条)を営々と重ねていくことが必要です。そうすれば必ず物事は実現します。

(写真:PIXTA)
(写真:PIXTA)

次回は第4条「誰にも負けない努力をする」

日経ビジネス電子版 2022年9月21日付の記事を転載]