2022年8月に逝去した京セラ創業者の稲盛和夫氏。「どうすれば会社経営がうまくいくのか」という経営の原理原則をまとめた「経営12カ条」を自身の言葉で解説する書籍の発行準備を進めていた。同書の内容を基に、稲盛経営の集大成ともいうべき12の経営の原理原則を一つずつ紹介していく本連載。今回は第4条「誰にも負けない努力をする」。

経営において一番大事なことは、トップや経営幹部たちが「誰にも負けない努力」をしていることです。それで会社経営が決まる、と言ってもいいくらいだと思います。
景気が悪くなったときでも愚痴をこぼさず、必死に努力をしている経営者たちがいます。普通ならこんなに景気が悪くなったのだからと愚痴をこぼしたり、不平を鳴らしたりするのでしょうが、「それでも何とかしなければならない」と必死に努力している会社もあります。そういう会社は、非常に堅実な経営をしており、少しくらいの不況がきてもびくともしません。
また、伝記を読むとわかりますが、偉大な発明や発見をした人たちは皆、長期間にわたって地味な仕事を一歩一歩続けてきた人たちばかりです。芸術家や一芸を極めた職人たちも皆そうです。
地味で単純な仕事に生涯を通じて打ち込んでいる人が立派な人になっていく。つまり、誰にも負けない努力をすることが「平凡な人」を「非凡な人」に変えていくのです。
私のように経営者としての才能もないかもしれない男が立派な経営者になるためにはどうしたらいいのか。どこにでもいそうな「平凡な人」を「非凡な人」に変えるのは、弛まぬ努力の積み重ねです。生涯を通じてそういう努力をしてきた人が、名人や達人と言われるようになるのです。
そのことに気づいてから私は、誰にも負けない努力を厭わずにできるようになり、今日も続けています。
私の場合は努力を続けるしかなかったので、ずっとそうしてきましたが、後になって気づいたこともあります。それは、地味な仕事を熱心にしているうちに仕事が好きになっていたことです。
それからは、朝早くから夜遅くまで、寸暇を惜しんで仕事をしました。はたから見れば、「なんであんなに仕事をするのだろう」とかわいそうに思うくらいに努力していたと思います。しかし、仕事を好きになり、惚れていました。仕事に惚れてしまったからこそ私は、今日までずっと走り続けることができたのだと思います。
「惚れて通えば千里も一里」という言葉があります。惚れた人に会いたいと思えば、千里の道のりすら苦ではなく、一里にしか感じられない。長丁場で努力を続けていく原動力になるのは、やはり「仕事が好きだ」ということです。仕事に惚れてしまえば、苦労と見えることでも苦労ではなくなります。
それに気づいてから私は、若い人たちに、「誰にも負けない努力をしなければなりませんが、それには秘訣があります。あなたがいまやっている仕事に惚れること、好きになることです。惚れて好きになれば、はたからは苦労と見えることでも本人にすれば苦でもありません」と話すようになりました。

努力と能力ではどちらが重要か
人生や仕事で結果を出すには「能力」が必要ですが、素晴らしいことをなしうるのは、バカみたいな「熱意」や「努力」があってこそです。さらには、皆がバカにするような熱意や努力こそ素晴らしいのだという「考え方」がたいへん重要だと思います。
私は、この「能力」「熱意(努力)」「考え方」という3つの要素で、人生や仕事の結果を決める方程式がつくれるのではないかと考えました。それが次に挙げる方程式です。人生や仕事の結果は、これら3つの要素の積で決まると思います。
人生・仕事の結果 = 考え方 × 熱意 × 能力
この方程式に従えば、落第しない程度の60点の能力しかなくても、80点の熱意で努力すれば4800点(=60点×80点)という結果が得られることがわかります。さらなる90点の熱意で努力すれば5400点(=60点×90点)の大きな結果が得られます。
しかし、優秀な大学を出た頭のよい人で90点の能力を持っていても、頭のよさにかこつけて30点の努力しかしなかったら、2700点(=90点×30点)の結果しか得られません。
そして、そこに「考え方」が加わります。考え方はマイナス100点からプラス100点まであり、その掛け算となるので、斜に構えて世の中をネガティブにとらえている、あるいは利己的に生きようとしているなら、結果はすべてマイナスになってしまいます。
私は、この方程式に従って、人生や仕事の結果がプラスになるように、さらには少しでも大きな結果を出せるようにしてきました。少しくらい能力がなくても、熱意ある努力を怠ることなくポジティブな考え方で取り組めば、素晴らしい結果がもたらされるのです。
次回は第5条「売上を最大限に伸ばし、経費を最小限に抑える」
[日経ビジネス電子版 2022年9月28日付の記事を転載]