2022年8月に逝去した京セラ創業者の稲盛和夫氏。「どうすれば会社経営がうまくいくのか」という経営の原理原則をまとめた「経営12カ条」を自身の言葉で解説する書籍の発行準備を進めていた。同書の内容を基に、稲盛経営の集大成ともいうべき12の経営の原理原則を一つずつ紹介していく。今回は第6条「値決めは経営」。

私は、かつて京セラの役員を登用するとき、商いの原点がわかっている人でなければならないと考え、その登用試験として「夜鳴きうどん屋の経営」を考えたことがあります。
うどん屋の屋台の設備が買えるくらいの資金を役員候補に渡し、彼らに商売をさせてみて、何カ月後かに資金をどれだけ増やして帰ってくるか、それを競わせようとしたのです。なぜ、そのようなことを考えたのか。私は、屋台のうどん屋の商売に、経営の極意がすべて含まれていると考えたからです。
たとえば、うどんを出すとすれば、出汁は何からどのようにしてとるのか、麺は機械打ちにするのか手打ちにするのか、さらに具のかまぼこはどれくらいの厚みのものを何枚載せるのか、ネギはどこで仕入れてくるのかなど、たくさんの選択肢があり、それがそのままコストに跳ね返ってきます。つまり、うどん1杯とはいえ千差万別で、経営する人によって、まったく違った原価構成のものになっていくわけです。
また、屋台をどこに置き、いつ営業するのかという、出店立地の問題もあります。繁華街で酔っぱらい客を狙うのか、学生街で若者をターゲットとするのか、すべてその人の才覚が表れるのです。
そして、そのような諸条件をすべて決めたうえで「値決め」があるわけです。学生街で商売をしようとする人は、売値を抑えて数をたくさん売ろうとするでしょう。繁華街では、高くてもおいしい、高級感あふれるうどんにして、数は少なくても利益が出るようにしようとするでしょう。
つまり、うどん屋の商売には、経営のさまざまな要素が凝縮しており、その値決めひとつで、経営の才覚があるかどうかを測ることができるのです。そのため、役員登用の登竜門としたいと考えたのです。実際には実施していませんが、経営の死命を制するのは値決めであるということを固く信じています。
「最高の値段」を射止める
製品の値決めに当たっては、さまざまな考え方があります。前述したように価格を下げ、利幅を少なくして大量に売るのか。それとも価格を上げ、少量販売であっても利幅を多くとるのか。その価格設定はいくらでもあり、まさにそれは経営者の思想の反映であると言ってよいのです。
しかし、ある価格を決めたときに、どれだけの量が売れるのか、またどれだけの利益が出るのかということを予測するのは非常に難しいことです。価格が高すぎて製品が売れなかったり、逆に売れたとしても価格が安すぎて利益が出なくなったり、値決めをひとつ間違えただけで大きな損失を被ることになってきます。
製品の価値を正確に判断したうえで、製品1個当りの利幅と販売数量との積が極大値になる、ある一点を求め、それで値決めをしなくてはならないのです。その一点とは、お客様が喜んで買ってくださる「最高の値段」でなければならないと考えています。
この一点を見抜けるのは、営業部長や一営業担当ではなく、経営トップでなければならないはずです。これは、値決めに当たって大切なことです。

仕入れやコストダウンと連動して考える
しかし、その値段で売ったからといって、すべてがうまくいくとは限りません。お客様が求める最高の値段で売ったけれども利益が出ないというケースも多々あります。問題は、決まった価格のなかで、どのようにして利益を出していくかです。
ただ単に安い値段で注文をとってくるだけでは、製造部門がどんなに苦労しても利益は出ません。営業部門には、なるべく高い値段で売ってもらわなければなりません。しかし、そうして決まった価格で利益を出せるかどうかは、製造部門の責任です。
一般的には、ほとんどのメーカーが原価主義をとっており、「原価プラス利益」で売価を決めています。しかし、競争の激しい市場では売値が先に決まってしまうため、原価に利益を積み上げた価格では売れません。といって、さらに値段を下げて売ると、利益がふっ飛んで、たちまち赤字に陥ってしまいます。
私は技術者たちに「新しい製品や技術を開発するのが技術屋の仕事だと思っているかもしれないが、それだけではない。どのようにしてコストを下げるかを考えることも優秀な技術屋の仕事だ」と繰り返し言い、コストダウンの取り組みを強く促してきました。
熟慮を重ねて決めた価格で最大の利益を生み出すには、「経営努力」が必要なのです。その際には、材料費がいくら、人件費がいくら、諸経費がいくらかかるといった固定観念や常識は一切捨て去るべきです。仕様や品質など、与えられた要件をすべて満たす範囲内で、最も低いコストで製造する努力を徹底して行うことが不可欠です。
次回は第7条「経営は強い意志で決まる」
[日経ビジネス電子版 2022年10月12日付の記事を転載]