2022年8月に逝去した京セラ創業者の稲盛和夫氏。「どうすれば会社経営がうまくいくのか」という経営の原理原則をまとめた「経営12カ条」を自身の言葉で解説する書籍の発行準備を進めていた。同書の内容を基に、稲盛経営の集大成ともいうべき12の原理原則を一つずつ紹介していく。今回は第7条「経営は強い意志で決まる」。

(写真:PIXTA)
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 夢を描き、「こうありたい」という強い願望を持つだけでよいなら、素晴らしい会社がたくさんできるはずです。しかし、そのような会社が少ないのはなぜでしょうか。どの会社の経営幹部も「こうありたい」という願望を持ち、「会社を立派に運営したい」と考えているはずです。

 問題は、願望を持つことができても、実行できないところにあります。たとえば、「新製品を開発したい」という願望があったとします。いち早く新製品を開発しないと市場を失い、事業の永続性が危ぶまれる恐れがあります。しかし、「新製品を開発したい」と頭だけで考えてはいないでしょうか。それは、心の底から出た強い願望であり、魂の叫びと呼べるものでしょうか。

 頭だけで考えているなら、「できるものならやりたい」という程度です。ですから、新製品開発に当たってふさわしい技術者が社内にいないとか、莫大な設備投資を要するなどといった難題に直面したとき、そうしたこともすべて頭で受け取ってしまいます。「こうありたいと思っていたが、さまざまな問題があってそうはできないということが理解できた」と合理性や常識で考えてしまうのです。

 頭で受け取って理解すればするほど、「こうありたいと思っていた願望は実現不可能である」という結論へと自らを導いていってしまいます。私の造語ですが、このような人を私は「状況対応型の人」と呼んでいます。

 一方、心の奥底から「こうありたい」という強い願望を持つ「原理原則型の人」は、その願望が信念にまで達していますから、「どんなに難しい局面でも何とかしてその問題を解決して実現したい」と考えています。

 実は、そう思うところから、創意工夫や努力が生まれるのです。「状況は我に利あらず」と理解したとき、自分の願望は無謀なものだったとして、それを捨て去るのか、あるいは次の瞬間から勇気を奮い起こし、問題を克服するための努力や創意工夫を重ねていくのかではたいへんな違いがあります。

 人生や企業経営において素晴らしい歩みをしている人とそうでない人、または平々凡々と進む人との違いはまさにここにあります。魂からほとばしる信念の持ち主である「原理原則型の人」であってほしいと思います。

『経営12カ条 経営者として貫くべきこと』(稲盛和夫著、日経BP 日経新聞出版)
『経営12カ条 経営者として貫くべきこと』(稲盛和夫著、日経BP 日経新聞出版)

強い意志はどこから生まれるか

 私は会社を経営していくなかで「組織のリーダーが採算を合わせられない、黒字にできないのはおかしい」と思ってきました。もちろん、仕事を始めて最初の2カ月、3カ月は赤字ということがあるかもしれません。しかし、半年もやって赤字であるというのは私には信じられないくらいです。強い意志があれば必ず、黒字に転換できると思っています。

 その証拠に、セラミック部品は毎年値下がりするなかで、それでも採算を出してきました。たとえば、電子部品のコンデンサは過去に大きな黒字を出していましたが、急激な需要の減少と競争激化で単価が何割も値下がりして採算が合わず、たいへんな赤字を出しました。日本国内の工場でも1年以上赤字を続けたと思います。中国の上海工場に生産を移管しても最初のうちは赤字を出していました。

 しかし、あきらめることなく採算を出す努力を重ね、いまでは黒字に回復し、10%以上の連結利益をあげられるようになりました。さらに利益をあげていくめどが立ったというのです。

 一時期は過去の繁忙期に比べて単価が半値ぐらいになってしまい、コンデンサをつくっても金輪際、採算が合わないのではないかと思われたほどでした。そこから再度はいあがってきて、10%を超える利益率が狙えるまでになったのです。

(写真:千倉 志野)
(写真:千倉 志野)

 このように、急激な円高や毎年の厳しい値下げといった、凄まじく厳しい経営環境のなかで黒字を出していくためには強い意志力が要求されます。「強い意志」というと皆さんは「闘争心」を想像されるかもしれませんが、この場合の強い意志とは、可能性を信じることから生まれてくる「内なる闘志」です。

 たとえが悪いかもしれませんが、フランスの軍人、ナポレオン・ボナパルトは「余の辞書に不可能という文字はない」という自信に満ちた言葉を残したそうです。私はそこまで不遜なことは言いませんが、それでも私自身の強い意志がどこから出てくるのかと言えば、私の心のなかに、可能性を信じる楽観的な思いがあるからです。

 つまり、「可能性がある」と信じることが必要なのです。皆が「もうダメだ」と思うようなときでも、「絶対に可能性がある」と心のなかで信じているからこそ、強い意志が湧きあがってくるのです。強い意志とは、可能性を信じることから生まれてくるのです。

 可能性を信じているときは、たとえ行き詰まったとしても「何とかなるはずだ」と思い、あらゆる知恵をめぐらせます。「どうすればこの局面を打開することができるのか」「いままでのやり方ではダメだったが、それとは別に何かもっとよい方法があるはずだ」と懸命に考えるのです。

 「この厳しい経営環境のなかで黒字にするのは困難だ」と思うか、それとも「必ず可能性があるはずだ」と信じ、厳しい状況を克服する方法を考えるのか、それにより、結果はまったく違ってきます。強い意志は、可能性を信じ、創意工夫を繰り返すことと不即不離の関係にあるのです。

 人間の知恵、人間の意志というものは本当に凄まじいもので、やる気さえあれば何でもできるのです。それはまさに人間が持つ不可思議な力の表れであり、「もうダメだ」とあきらめたときが失敗なのであって、「必ず血路が開けるはずだ」という強い意志を持った人だけが、成功への道を歩いていけるのです。

(写真:PIXTA)
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次回は第8条「燃える闘魂」

日経ビジネス電子版 2022年10月19日付の記事を転載]